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第三章:獅子の覚醒
第22話 獅子と薔薇の旗の下に
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私の演説は絶大な効果をもたらした。ローゼンベルク領の民衆はかつてないほどに結束し、その心は完全に私、ヴィクトリア・フォン・ローゼンベルクの下に集約された。父はその光景を満足げに見つめると「これからのローゼンベルクは、お前が動かせ」と、改めて私に全権を委任してくれた。
こうして私は名実ともに、ローゼンベルクの最高指導者となったのだ。
まず私が最初に着手したのは、軍の再編成と大規模な徴兵だった。王都との全面戦争は避けられない。そのためには今の倍以上の兵力が、どうしても必要だった。
「これよりローゼンベルク領内の、十七歳から四十歳までの全ての健康な男子に、兵役の義務を課すことを布告します!」
私が広場に集まった領民たちの前で新たな徴兵令を発表すると、意外なほどの歓声が上がった。普通、徴兵令は民衆から嫌われるものだ。しかし今のローゼンベルクは違う。
「やった!これで俺もヴィクトリア様のために戦える!」 「息子よ、ローゼンベルクの男として立派に務めを果たしてくるのだぞ!」 「女でも戦えるのなら戦いたい!」
若者たちは目を輝かせ、我先にと徴兵の受付に殺到した。老人たちは息子や孫の背中を誇らしげに叩いて送り出す。女性たちまでもが武器を取ることを望むほどの熱狂ぶりだった。
(……これが民の心を掴むということなのね)
私はその光景に胸を熱くしながらも、指導者として冷静に状況を見つめていた。ただ兵の数を増やせばいいというものではない。重要なのは、その質だ。
私は領内の全ての訓練場を視察して回り、自ら訓練の指導にも当たった。
「そこ!剣の振りが甘いわ!腰の回転をもっと意識して!」
私が一人の新兵の剣筋を手ずから直してやると、彼は顔を真っ赤にして感激に打ち震えていた。
「は、はい!ありがとうございます、ヴィクトリア様!」
「礼を言う必要はないわ。あなたたちが強くなることが、このローゼンベルクを守る力になるのだから。期待しているわよ」
私がにっこりと微笑みかけると、周りで見ていた他の兵士たちも「おおおっ!」と士気を高めていく。
私はただ厳しいだけでなく兵士一人一人に声をかけ、その労をねぎらった。彼らの家族構成や故郷の村のことまで、できる限り記憶するよう努めた。私が自分たちのことを、ただの駒ではなく一人の人間として見ている。その事実が、彼らの忠誠心を絶対的なものへと変えていくのだ。
訓練は過酷を極めた。しかし脱落者は一人も出なかった。皆「女神」と崇める私の期待に応えたい、その一心で歯を食いしばって訓練に食らいついてきた。
数週間もすると、あれほど素人同然だった新兵たちは見違えるように精悍な顔つきの兵士へと成長を遂げていた。ローゼンベルク軍の兵力は最終的に五千にまで膨れ上がった。しかもその一人一人が、私への狂信的なまでの忠誠心を胸に抱いている最強の軍団だ。
コンラートもその変貌ぶりに舌を巻いていた。
「……信じられません、ヴィクトリア様。あなたはまるで魔法を使ったかのようです。あれほどの短期間で、これほどの軍隊を……」
「魔法なんかじゃないわ、コンラート。これは皆の、故郷を愛する想いの力よ」
私は訓練に励む兵士たちの姿を見つめながら答えた。彼らは獅子と薔薇の旗の下に、自らの意志で集ったのだ。その結束力は金や恐怖で支配された王都の軍隊などとは、比べ物にならない。
ある日の夕暮れ、訓練を終えた兵士たちが焚き火を囲んで語らっているのが見えた。その輪の中心には一人の、吟遊詩人を名乗る若い兵士がいた。彼はリュートを奏でながら自作の歌を歌っていた。
その歌は私のことを歌った英雄譚だった。王都の悪を討つために立ち上がった、銀薔薇の戦姫の物語。
♪ 東の空に、銀の薔薇咲き誇る ♪ その名はヴィクトリア、我らが女神 ♪ 腐敗の王都に、鉄槌を ♪ 獅子と薔薇の旗の下に、正義の進軍始まる
兵士たちはその歌を一緒になって大声で合唱している。その歌声は力強く、そしてどこまでも楽しそうだった。彼らはこれから始まる戦いを恐れてなどいない。むしろ希望に満ちた、未来への行進曲として捉えているのだ。
(……この士気ならば、勝てる)
私は確信した。どんなに強力な敵が来ようとも、今のローゼンベルク軍は決して負けはしない。
私はそっとその場を離れた。私の存在が彼らのささやかな休息の邪魔をしてはいけない。指導者は時に、孤独でなければならないのだ。
自室に戻り、私は次の改革案にペンを走らせる。軍の次は経済。そして兵器。やるべきことは山のようにある。
獅子と薔薇の旗の下に、ローゼンベルクは今生まれ変わろうとしていた。王国を内側から変革する巨大な力として。その中心に私がいる。その事実に私は、身の引き締まるような武者震いを感じていた。
こうして私は名実ともに、ローゼンベルクの最高指導者となったのだ。
まず私が最初に着手したのは、軍の再編成と大規模な徴兵だった。王都との全面戦争は避けられない。そのためには今の倍以上の兵力が、どうしても必要だった。
「これよりローゼンベルク領内の、十七歳から四十歳までの全ての健康な男子に、兵役の義務を課すことを布告します!」
私が広場に集まった領民たちの前で新たな徴兵令を発表すると、意外なほどの歓声が上がった。普通、徴兵令は民衆から嫌われるものだ。しかし今のローゼンベルクは違う。
「やった!これで俺もヴィクトリア様のために戦える!」 「息子よ、ローゼンベルクの男として立派に務めを果たしてくるのだぞ!」 「女でも戦えるのなら戦いたい!」
若者たちは目を輝かせ、我先にと徴兵の受付に殺到した。老人たちは息子や孫の背中を誇らしげに叩いて送り出す。女性たちまでもが武器を取ることを望むほどの熱狂ぶりだった。
(……これが民の心を掴むということなのね)
私はその光景に胸を熱くしながらも、指導者として冷静に状況を見つめていた。ただ兵の数を増やせばいいというものではない。重要なのは、その質だ。
私は領内の全ての訓練場を視察して回り、自ら訓練の指導にも当たった。
「そこ!剣の振りが甘いわ!腰の回転をもっと意識して!」
私が一人の新兵の剣筋を手ずから直してやると、彼は顔を真っ赤にして感激に打ち震えていた。
「は、はい!ありがとうございます、ヴィクトリア様!」
「礼を言う必要はないわ。あなたたちが強くなることが、このローゼンベルクを守る力になるのだから。期待しているわよ」
私がにっこりと微笑みかけると、周りで見ていた他の兵士たちも「おおおっ!」と士気を高めていく。
私はただ厳しいだけでなく兵士一人一人に声をかけ、その労をねぎらった。彼らの家族構成や故郷の村のことまで、できる限り記憶するよう努めた。私が自分たちのことを、ただの駒ではなく一人の人間として見ている。その事実が、彼らの忠誠心を絶対的なものへと変えていくのだ。
訓練は過酷を極めた。しかし脱落者は一人も出なかった。皆「女神」と崇める私の期待に応えたい、その一心で歯を食いしばって訓練に食らいついてきた。
数週間もすると、あれほど素人同然だった新兵たちは見違えるように精悍な顔つきの兵士へと成長を遂げていた。ローゼンベルク軍の兵力は最終的に五千にまで膨れ上がった。しかもその一人一人が、私への狂信的なまでの忠誠心を胸に抱いている最強の軍団だ。
コンラートもその変貌ぶりに舌を巻いていた。
「……信じられません、ヴィクトリア様。あなたはまるで魔法を使ったかのようです。あれほどの短期間で、これほどの軍隊を……」
「魔法なんかじゃないわ、コンラート。これは皆の、故郷を愛する想いの力よ」
私は訓練に励む兵士たちの姿を見つめながら答えた。彼らは獅子と薔薇の旗の下に、自らの意志で集ったのだ。その結束力は金や恐怖で支配された王都の軍隊などとは、比べ物にならない。
ある日の夕暮れ、訓練を終えた兵士たちが焚き火を囲んで語らっているのが見えた。その輪の中心には一人の、吟遊詩人を名乗る若い兵士がいた。彼はリュートを奏でながら自作の歌を歌っていた。
その歌は私のことを歌った英雄譚だった。王都の悪を討つために立ち上がった、銀薔薇の戦姫の物語。
♪ 東の空に、銀の薔薇咲き誇る ♪ その名はヴィクトリア、我らが女神 ♪ 腐敗の王都に、鉄槌を ♪ 獅子と薔薇の旗の下に、正義の進軍始まる
兵士たちはその歌を一緒になって大声で合唱している。その歌声は力強く、そしてどこまでも楽しそうだった。彼らはこれから始まる戦いを恐れてなどいない。むしろ希望に満ちた、未来への行進曲として捉えているのだ。
(……この士気ならば、勝てる)
私は確信した。どんなに強力な敵が来ようとも、今のローゼンベルク軍は決して負けはしない。
私はそっとその場を離れた。私の存在が彼らのささやかな休息の邪魔をしてはいけない。指導者は時に、孤独でなければならないのだ。
自室に戻り、私は次の改革案にペンを走らせる。軍の次は経済。そして兵器。やるべきことは山のようにある。
獅子と薔薇の旗の下に、ローゼンベルクは今生まれ変わろうとしていた。王国を内側から変革する巨大な力として。その中心に私がいる。その事実に私は、身の引き締まるような武者震いを感じていた。
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