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第三章:獅子の覚醒
第24話 領民たちの歌
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私の断行した急進的な戦時体制への移行は、普通に考えれば民衆の生活に大きな負担を強いるものだった。男たちは徴兵され、畑仕事の担い手は激減した。領内の物資は軍需品が最優先され、生活必需品が不足し始める可能性もあった。
しかしローゼンベルクの領民たちは、誰一人として不平不満を口にしなかった。それどころか彼らは、自らの生活を犠牲にしてでもこの戦いに協力することを誇りに思っているようだった。
「ヴィクトリア様が我々のために命を懸けて戦ってくださるのだ。我々がこれしきのことで音を上げてどうする!」
村の長老がそう檄を飛ばすと、村人たちは一致団結してこの苦境を乗り越えようとした。男手が足りなくなった畑は、女や子供、老人たちが総出で耕した。皆で肩を寄せ合い、知恵を出し合い、助け合った。
「うちの野菜、持っていきな。兵隊さんたちに腹いっぱいの飯を食わせてやってくれ」 「この毛布が役に立つなら。夜はまだ冷えるだろうから」
城門には毎日、領民たちからの差し入れの品が山のように積まれた。彼らはけして豊かではない。それでも自分たちのなけなしの食料や財産を、私たちのために提供してくれるのだ。
その温かい想いに、私の胸は何度も熱くなった。
私は兵士たちの食事を作る炊き出しの場にも、頻繁に顔を出した。そこでは領内の女たちが自分の家の鍋や食材を持ち寄り、巨大な鍋で栄養満点のスープを煮込んでいた。
「あら、ヴィクトリア様!」
私の姿を見つけると、女たちは皆明るい笑顔で迎えてくれる。
「ヴィクトリア様も一杯いかがです?愛情だけはたっぷり入っておりますよ」
世話好きの宿屋の女将が、木の器にたっぷりのスープを注いで手渡してくれた。具沢山で素朴な、しかし心の底から温まる味だった。
「……美味しいわ」
私がそう呟くと、女たちは皆嬉しそうに顔をほころばせた。
「当たり前でございますよ。我らが女神様と息子や亭主たちのための飯でございますからね。不味いものが作れるもんですか!」
彼女たちの屈託のない笑顔。力強い言葉。その一つ一つが、私の力になっていく。
子供たちも自分たちにできることを探していた。彼らは小さな体で、工房から矢の束や修理の終わった武具を、一生懸命兵舎まで運んでいる。その姿は健気で、そして頼もしかった。
「ヴィクトリアお姉ちゃん!」
一人のそばかすの可愛い少女が私に駆け寄ってきて、一輪の野の花を差し出した。
「これあげる!お守りだよ!」
「……ありがとう。大切にするわね」
私はその花を受け取り、髪に挿した。少女ははにかんだように笑うと、また仲間たちと仕事に戻っていった。
(……ああ、そうだ。私が守りたいものは、これなのだ)
この何気なく温かい日常。このささやかな人々の営み。この美しい笑顔。
その全てを守るためならば。私はどんなことでもできる。
夜になると街の酒場は、訓練を終えた兵士たちや仕事を終えた職人たちでごった返した。彼らはけして上等とは言えないエールを酌み交わしながら、今日の出来事や戦への期待を大声で語り合っている。
そして必ず誰かが歌い始めるのだ。あの吟遊詩人の兵士が作った、私の歌を。
♪ 東の空に、銀の薔薇咲き誇る ♪ その名はヴィクトリア、我らが女神
最初は数人の声。それが一人、また一人と加わっていき、やがて酒場全体を揺るがすほどの大合唱となる。
♪ 獅子と薔薇の旗の下に、我らは一つ ♪ 進め、進め、同胞よ、新しい時代の夜明けは近い
その歌声は酒場の外にも溢れ出し、街中に響き渡った。家路につく人々がその歌声に足を止め、一緒に口ずさむ。母親が子供を寝かしつけながら、子守唄代わりにその歌を優しくハミングする。
領民たちの歌。それはローゼンベルクの新しい国歌のように、皆の心に深く浸透していった。それは私への賛歌であると同時に、彼ら自身の未来への希望の歌なのだ。
私は城の自室の窓から、その歌声が響いてくる街の灯りを見つめていた。孤独を感じることはもうなかった。私の心は常に、領民たちと共にあるのだから。
(みんな……。ありがとう)
私はそっと、窓ガラスに映る自分の姿に語りかけた。髪にはあの少女がくれた野の花が、まだ健気に咲いている。
「あなたたちのその想い、決して無駄にはしないわ」
この歌声が鳴り止まない限り。この結束が続く限り。私たちローゼンベルクは、絶対に負けない。
王都が我々のこの熱気を知るのは、まだ少し先のこと。彼らがその脅威に本当に気づいた時。全てはもう、手遅れなのだ。
しかしローゼンベルクの領民たちは、誰一人として不平不満を口にしなかった。それどころか彼らは、自らの生活を犠牲にしてでもこの戦いに協力することを誇りに思っているようだった。
「ヴィクトリア様が我々のために命を懸けて戦ってくださるのだ。我々がこれしきのことで音を上げてどうする!」
村の長老がそう檄を飛ばすと、村人たちは一致団結してこの苦境を乗り越えようとした。男手が足りなくなった畑は、女や子供、老人たちが総出で耕した。皆で肩を寄せ合い、知恵を出し合い、助け合った。
「うちの野菜、持っていきな。兵隊さんたちに腹いっぱいの飯を食わせてやってくれ」 「この毛布が役に立つなら。夜はまだ冷えるだろうから」
城門には毎日、領民たちからの差し入れの品が山のように積まれた。彼らはけして豊かではない。それでも自分たちのなけなしの食料や財産を、私たちのために提供してくれるのだ。
その温かい想いに、私の胸は何度も熱くなった。
私は兵士たちの食事を作る炊き出しの場にも、頻繁に顔を出した。そこでは領内の女たちが自分の家の鍋や食材を持ち寄り、巨大な鍋で栄養満点のスープを煮込んでいた。
「あら、ヴィクトリア様!」
私の姿を見つけると、女たちは皆明るい笑顔で迎えてくれる。
「ヴィクトリア様も一杯いかがです?愛情だけはたっぷり入っておりますよ」
世話好きの宿屋の女将が、木の器にたっぷりのスープを注いで手渡してくれた。具沢山で素朴な、しかし心の底から温まる味だった。
「……美味しいわ」
私がそう呟くと、女たちは皆嬉しそうに顔をほころばせた。
「当たり前でございますよ。我らが女神様と息子や亭主たちのための飯でございますからね。不味いものが作れるもんですか!」
彼女たちの屈託のない笑顔。力強い言葉。その一つ一つが、私の力になっていく。
子供たちも自分たちにできることを探していた。彼らは小さな体で、工房から矢の束や修理の終わった武具を、一生懸命兵舎まで運んでいる。その姿は健気で、そして頼もしかった。
「ヴィクトリアお姉ちゃん!」
一人のそばかすの可愛い少女が私に駆け寄ってきて、一輪の野の花を差し出した。
「これあげる!お守りだよ!」
「……ありがとう。大切にするわね」
私はその花を受け取り、髪に挿した。少女ははにかんだように笑うと、また仲間たちと仕事に戻っていった。
(……ああ、そうだ。私が守りたいものは、これなのだ)
この何気なく温かい日常。このささやかな人々の営み。この美しい笑顔。
その全てを守るためならば。私はどんなことでもできる。
夜になると街の酒場は、訓練を終えた兵士たちや仕事を終えた職人たちでごった返した。彼らはけして上等とは言えないエールを酌み交わしながら、今日の出来事や戦への期待を大声で語り合っている。
そして必ず誰かが歌い始めるのだ。あの吟遊詩人の兵士が作った、私の歌を。
♪ 東の空に、銀の薔薇咲き誇る ♪ その名はヴィクトリア、我らが女神
最初は数人の声。それが一人、また一人と加わっていき、やがて酒場全体を揺るがすほどの大合唱となる。
♪ 獅子と薔薇の旗の下に、我らは一つ ♪ 進め、進め、同胞よ、新しい時代の夜明けは近い
その歌声は酒場の外にも溢れ出し、街中に響き渡った。家路につく人々がその歌声に足を止め、一緒に口ずさむ。母親が子供を寝かしつけながら、子守唄代わりにその歌を優しくハミングする。
領民たちの歌。それはローゼンベルクの新しい国歌のように、皆の心に深く浸透していった。それは私への賛歌であると同時に、彼ら自身の未来への希望の歌なのだ。
私は城の自室の窓から、その歌声が響いてくる街の灯りを見つめていた。孤独を感じることはもうなかった。私の心は常に、領民たちと共にあるのだから。
(みんな……。ありがとう)
私はそっと、窓ガラスに映る自分の姿に語りかけた。髪にはあの少女がくれた野の花が、まだ健気に咲いている。
「あなたたちのその想い、決して無駄にはしないわ」
この歌声が鳴り止まない限り。この結束が続く限り。私たちローゼンベルクは、絶対に負けない。
王都が我々のこの熱気を知るのは、まだ少し先のこと。彼らがその脅威に本当に気づいた時。全てはもう、手遅れなのだ。
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