『「女は黙って従え」と婚約破棄されたので、実家の軍隊を率いて王都を包囲しますわ』

放浪人

文字の大きさ
50 / 60
第五章:正義の進軍

第50話 王都の門前にて

しおりを挟む
若き騎士ライナーが王都の城門にたどり着いたのは深夜のことだった。城壁の上から降り注ぐ松明の光が、彼がただ一人でありローゼンベルクの使者の旗を掲げていることを照らし出す。

「開門せよ!ローゼンベルク公爵代理、ヴィクトリア様からの最後通牒を携えてきた!」

ライナーの凛とした声が夜の静寂を破る。城壁の上はしばらくざわついていたが、やがて小さな通用門がギシリと音を立てて開かれた。彼はそこから一人、王都の中へと足を踏り入れた。

その頃、王宮の玉座の間ではアルフォンス王子とリヒター宰相が少数の側近だけを集め、今後の対策を練っていた。しかしそれはもはや会議と呼べるようなものではなかった。ただ互いを罵り合い、責任をなすりつけ合うだけの醜い言い争いだ。

「これも全て宰相、貴様の失策のせいだ!なぜあの小娘一人始末できんのだ!」 「それはこちらのセリフですな、殿下!貴方様がもう少し賢明であられたなら、このような事態には!」

その醜悪な光景を、玉座に座る老国王はただ虚な目で見ているだけだった。もはや彼に国を治める力は残されていなかった。

そこへ、ライナーが引き立てられてきたのだ。彼はその異様な雰囲気にも臆することなく玉座の前に進み出ると、高らかにヴィクトリアからの最後通牒を読み上げた。

しんと、玉座の間が静まり返る。誰もがそのあまりに傲慢で不遜な要求に言葉を失った。

最初に静寂を破ったのは、アルフォンス王子の甲高い笑い声だった。

「……は、ははは!はーっはっはっは!狂ったか、あの女は!この私に身柄を引き渡せだと!?笑わせてくれる!」

彼の顔は怒りで真っ赤に染まっている。

「聞け、使者よ!その小娘に伝えておけ!この王都の城壁を舐めるなと!お前たち反逆者どもは、この城門の前で野晒しとなり王国中の笑いものとなるのだ!」

「殿下、お待ちを!」

宰相が慌てて制止しようとする。彼はこの要求がただの脅しではないことを理解していた。しかしプライドを傷つけられたアルフォンスは、もはや誰の言うことも聞かなかった。

「ええい煩い!この臆病者めが!……おい、誰か!その使者の首を刎ねよ!そしてその首をあの小娘の元へ送り届けてやれ!それが我々の答えだ!」

その残酷な命令に、近衛騎士たちも一瞬ためらった。使者を斬ることは古来からの禁忌。それを破ることは、王家がもはや人の道をも外れたことを天下に示すようなものだ。

しかし王子の狂気に満ちた目に逆らえる者はいなかった。一人の騎士が剣を抜き、ライナーに迫る。ライナーは決して目をつぶらなかった。彼は死を覚悟し、ただ静かにその時を待った。

その、瞬間だった。

「――おやめなさい、兄上」

凛とした声が玉座の間に響いた。声の主は、今までずっと沈黙を守っていたエリオット第二王子だった。

「……エリオット!貴様、今私に指図したのか!?」

「指図ではありません。忠告です。これ以上、王家の名誉を汚すおつもりですか」

エリオットはゆっくりと立ち上がるとライナーの前に立った。まるで彼を庇うように。

「……この使者の命は私が預かります。彼を殺すことは許しません」

「き、貴様……!まさか反逆者に内通して……!」

アルフォンスの言葉を遮り、宰相が前に出た。

「……殿下。ここはエリオット殿下のお顔を立てましょう。使者の首を刎ねても状況は好転しませぬ。……それよりもこの者を地下牢へ。ヴィクトリアを生け捕りにした際の交渉材料として使えます」

宰相の言葉にアルフォンスは不満げだったが、渋々頷いた。こうしてライナーは一命を取り留めた。しかし我々の最後の警告は、事実上拒絶されたのだ。

夜が明け、朝日が地平線を照らし始めた頃。ライナーが戻ってこない、その事実が王都の答えを物語っていた。

私の本陣には重い沈黙が流れていた。兵士たちは皆、固唾を飲んで私の次の一言を待っている。平和的解決への最後の望みは絶たれたのだ。

私はゆっくりと立ち上がった。そして眼下に広がる王都を見据えた。朝日を浴びてその白い城壁は美しく輝いている。しかしその美しさとは裏腹に、あの都は今、狂気に満ちている。

(……ごめんなさい、ライナー。あなたの勇気を無駄にはしないわ) (……そしてごめんなさい、エリオット殿下。私はあなたの愛する都を火の海にしなければならないかもしれない)

私は全ての感傷を振り払った。もう迷っている時間はない。

私は丘の上に立ち、集まった全ての将軍たちに向かって、静かに、しかしはっきりと最後の命令を下した。

「……全軍に伝えなさい」

皆が息を呑むのが分かった。

「――これより王都の包囲を開始する。蟻の這い出る隙間もないほど、完全な包囲網を敷け」

私の言葉に皆、力強くうなずいた。

「夜明けと共に我々の全ての旗を掲げなさい。そして角笛を吹き鳴らすのです。あの傲慢な王都の者たちに、絶望の夜明けが来たことを知らせるために」

王都の門前にて。私の長い旅路は、ついに最終目的地へと辿り着いた。ここから先は神々の領域。歴史の審判が下される聖なる戦いが始まろうとしていた。

第六章『王都包囲と、新時代』の幕開けだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

離婚したいけれど、政略結婚だから子供を残して実家に戻らないといけない。子供を手放さないようにするなら、どんな手段があるのでしょうか?

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 カーゾン侯爵令嬢のアルフィンは、多くのライバル王女公女を押し退けて、大陸一の貴公子コーンウォリス公爵キャスバルの正室となった。だがそれはキャスバルが身分の低い賢女と愛し合うための偽装結婚だった。アルフィンは離婚を決意するが、子供を残して出ていく気にはならなかった。キャスバルと賢女への嫌がらせに、子供を連れって逃げるつもりだった。だが偽装結婚には隠された理由があったのだ。

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さくら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

家族から虐げられた令嬢は冷血伯爵に嫁がされる〜売り飛ばされた先で温かい家庭を築きます〜

香木陽灯
恋愛
「ナタリア! 廊下にホコリがたまっているわ! きちんと掃除なさい」 「お姉様、お茶が冷めてしまったわ。淹れなおして。早くね」 グラミリアン伯爵家では長女のナタリアが使用人のように働かされていた。 彼女はある日、冷血伯爵に嫁ぐように言われる。 「あなたが伯爵家に嫁げば、我が家の利益になるの。あなたは知らないだろうけれど、伯爵に娘を差し出した家には、国王から褒美が出るともっぱらの噂なのよ」   売られるように嫁がされたナタリアだったが、冷血伯爵は噂とは違い優しい人だった。 「僕が世間でなんと呼ばれているか知っているだろう? 僕と結婚することで、君も色々言われるかもしれない。……申し訳ない」 自分に自信がないナタリアと優しい冷血伯爵は、少しずつ距離が近づいていく。 ※ゆるめの設定 ※他サイトにも掲載中

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

追放令嬢の発酵工房 ~味覚を失った氷の辺境伯様が、私の『味噌スープ』で魔力回復(と溺愛)を始めました~

メルファン
恋愛
「貴様のような『腐敗令嬢』は王都に不要だ!」 公爵令嬢アリアは、前世の記憶を活かした「発酵・醸造」だけが生きがいの、少し変わった令嬢でした。 しかし、その趣味を「酸っぱい匂いだ」と婚約者の王太子殿下に忌避され、卒業パーティーの場で、派手な「聖女」を隣に置いた彼から婚約破棄と「北の辺境」への追放を言い渡されてしまいます。 「(北の辺境……! なんて素晴らしい響きでしょう!)」 王都の軟水と生ぬるい気候に満足できなかったアリアにとって、厳しい寒さとミネラル豊富な硬水が手に入る辺境は、むしろ最高の『仕込み』ができる夢の土地。 愛する『麹菌』だけをドレスに忍ばせ、彼女は喜んで追放を受け入れます。 辺境の廃墟でさっそく「発酵生活」を始めたアリア。 三週間かけて仕込んだ『味噌もどき』で「命のスープ」を味わっていると、氷のように美しい、しかし「生」の活力を一切感じさせない謎の男性と出会います。 「それを……私に、飲ませろ」 彼こそが、領地を守る呪いの代償で「味覚」を失い、生きる気力も魔力も枯渇しかけていた「氷の辺境伯」カシウスでした。 アリアのスープを一口飲んだ瞬間、カシウスの舌に、失われたはずの「味」が蘇ります。 「味が、する……!」 それは、彼の枯渇した魔力を湧き上がらせる、唯一の「命の味」でした。 「頼む、君の作ったあの『茶色いスープ』がないと、私は戦えない。君ごと私の城に来てくれ」 「腐敗」と捨てられた令嬢の地味な才能が、最強の辺境伯の「生きる意味」となる。 一方、アリアという「本物の活力源」を失った王都では、謎の「気力減退病」が蔓延し始めており……? 追放令嬢が、発酵と菌への愛だけで、氷の辺境伯様の胃袋と魔力(と心)を掴み取り、溺愛されるまでを描く、大逆転・発酵グルメロマンス!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...