『「女は黙って従え」と婚約破棄されたので、実家の軍隊を率いて王都を包囲しますわ』

放浪人

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第六章:王都包囲と新時代

第51話 絶望の夜明け

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王都の夜は嘘のような静寂に包まれていた。城門は固く閉ざされ、市民たちは恐怖から家に閉じこもる。しかし彼らはまだ本当の絶望を知らなかった。ローゼンベルク軍の規模を、その目で見てはいなかったからだ。

そして、夜が明けた。王都の民を絶望の淵へと叩き落とす、運命の夜明けが。

最初に彼らの眠りを破ったのは音だった。一つではない。幾千、幾万と重なり合った、荘厳で、しかし腹の底を震わせるような角笛の音。それはまるで天の御使いが最後の審判を告げに来たかのような、圧倒的な音の奔流だった。

ブオオオオオオオオオオッ!

王都の東、南、北。三方を完全に埋め尽くす大軍勢から、一斉に勝利の角笛が放たれた。その音に叩き起こされた王都の市民と兵士たちは、何事かと城壁の上へ駆け上がった。そして彼らは見た。生涯忘れることのできない、絶望的な光景を。

地平線の彼方まで、見渡す限りどこまでも続く兵士の波。林立する槍の穂先が朝日を浴びて無慈悲にきらめいている。そしてその頭上には、数えきれないほどの旗、旗、旗。

黄金の獅子と白銀の薔薇をあしらったローゼンベルクの旗。山狼、岩山と槌、辺境諸侯の勇猛な旗。そして昨日まで王家に忠誠を誓っていたはずの、周辺諸侯たちの見慣れた旗までもがその中に混じっている。

その数、十万。いや、それ以上かもしれない。もはや正確な数など誰にも分からなかった。ただ分かるのは、この王都が完全に飲み込まれようとしているという絶対的な事実だけだ。

「……あ……あ……」

城壁の上にいた近衛兵の一人が腰を抜かし、その場にへたり込んだ。その顔は血の気を失い、まるで死人のようだ。彼の恐怖は瞬く間に城壁の上の全ての兵士たちに伝染した。

「……嘘だろ。あんな大軍……」 「我々は一万しかいないのだぞ!勝てるわけがない!」 「もう終わりだ……。我々は皆殺しにされる……」

戦う前から彼らの心は完全に折れていた。昨日まで辺境の田舎軍と侮っていた相手。その本当の姿は、彼らの想像を遥かに超えた巨大な怪物だったのだ。

宰相リヒターもまた王宮の最も高い塔の上から、その光景を目の当たりにしていた。彼の顔は蒼白を通り越し土気色になっていた。その蛇のような瞳が恐怖に大きく見開かれている。

(……馬鹿な。なぜだ。なぜ、これほどの大軍に……)

彼の頭脳は完全に混乱していた。ヴィクトリアが北から来ることは計算外だった。諸侯たちが次々と寝返ることも計算外だった。グリューネヴァルトが裏で手を結んでいたことなど夢にも思わなかった。彼の完璧だったはずの盤上は今や見るも無惨に破壊し尽くされていた。

「……まだだ。まだ終わってはおらん」

宰相は震える声で呟いた。

「籠城すればまだ勝機はある。この王都の城壁は難攻不落。食料も数ヶ月は持つ。……その間に他の忠実な諸侯からの援軍が来れば……」

しかし、その希望的観測がいかに脆いものであったかを彼はすぐに思い知らされることになる。ヴィクトリアの本当の恐ろしさは、その軍事力だけではなかったのだから。

包囲を完了したローゼンベルク軍は、しかしすぐには攻撃を開始しなかった。彼らはただ静かに王都を取り囲んでいる。その不気味な静けさが、かえって城内の人々の恐怖を煽った。

やがてローゼンベルク軍の陣営から奇妙な物体が姿を現した。ヴィクトリアが開発させた新型の移動式投擲機(トレビュシェット)だ。その数、五十台以上。それらがずらりと王都の城壁の前に並べられていく。

「……いよいよ攻撃が始まるぞ!」 「石が飛んでくるぞ!伏せろ!」

城壁の上の兵士たちが身構える。しかし投擲機が放ったものは、彼らの予想を完全に裏切るものだった。

ヒュルルルル……

奇妙な風切り音と共に空から舞い降りてきたのは石ではなかった。それは無数の白い紙切れだった。雪のようにひらひらと王都の中に舞い落ちてくる。市民たちが恐る恐るその一枚を拾い上げる。そこには、簡単だが心を揺さぶる言葉が記されていた。

『王都の市民たちへ。我らが敵は宰相と王子のみ。罪なき、あなたたちではない。門を開け放て。さすれば、あなたたちの平和な暮らしを約束しよう』

それは降伏を促すビラだった。そしてヴィクトリアの攻撃はそれだけでは終わらなかった。次に投擲機が放ったものに、王都の人々はさらに度肝を抜かれることになる。それはパンであり、チーズであり、干し肉だった。食料が空から降ってきたのだ。

絶望の夜明け。それは王都の支配者たちにとっての終わりの始まり。そして虐げられてきた市民たちにとっては、解放の希望の光が差し込み始めた瞬間でもあった。

ヴィクトリアの本当の戦いが、今、始まろうとしていた。

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