『「女は黙って従え」と婚約破棄されたので、実家の軍隊を率いて王都を包囲しますわ』

放浪人

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第六章:王都包囲と新時代

第59話 銀薔薇の宰相

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私が宰相に就任してから数ヶ月が過ぎた。季節は春から夏へと移り変わり、王都は革命の混乱が嘘のように活気と平穏を取り戻していた。

私の仕事は山積みだった。宰相の執務室はもはや私の戦場だった。敵は剣を持った兵士ではない。腐敗した法律、不公平な税制、そして旧態依然とした貴族社会の悪しき慣習。それら全てが、私が打ち破るべき敵だった。

私はまず民衆の生活を安定させることから始めた。リヒター宰相が導入した法外な重税を撤廃。代わりに貴族や大商人たちへの課税を強化した。もちろん貴族たちからの反発は大きかった。しかし私は一切妥協しなかった。

「不満があるのなら、いつでも私の首を取りにいらっしゃいな。……返り討ちにして差し上げますけれど」

私が貴族議会でそう言ってにっこりと微笑むと、誰もが顔を青くして黙り込んだ。『銀薔薇の宰相』は美しいが怒らせると誰よりも怖い。その評判はすでに王宮内に定着していた。

私は父ゲルハルトを王国軍の総司令官に任命し、軍の再編成も断行した。家柄や身分ではなく、実力のある者が正当に評価される新しい軍隊。新兵器の量産も進め、王国の防衛力はかつてないほどに強固なものとなった。

セドリック伯爵には貴族議会の議長を務めてもらった。彼の老獪な政治手腕は、頑固な貴族たちをまとめ上げるのに大いに役立った。彼は楽しそうにその役目をこなしている。新しい時代の誕生に立ち会えることが、この老政治家にとって何よりの喜びなのだろう。

そしてエリオットは国王として素晴らしい働きを見せていた。彼は持ち前の聡明さと誠実さで民の声を聞き、新しい法律の制定に尽力した。彼は決して玉座の上から偉そうに命令するような王ではなかった。自ら街に出て市民と言葉を交わし、国の問題を自分の目で確かめる。その謙虚な姿に、民衆は心からの敬愛の念を抱いていた。

私とエリオット。宰相と国王。我々二人のコンビは驚くほどうまく機能していた。私が大胆な改革案を提示し、それをエリオットが堅実な形で法制化していく。剣と盾。炎と水。我々は互いに足りない部分を補い合いながら、この国をより良い方向へと導いていった。

「……またこんな時間まで仕事をしているのか、ヴィクトリア」

その夜も私が執務室で書類の山と格闘していると、エリオットが夜食のサンドイッチを手にやってきた。こうして彼が私の仕事を気遣って様子を見に来てくれるのは、もはや日常となっていた。

「陛下こそ。貴方様もお休みになられては」

「君が休まないのに、私だけ休む訳にはいかないだろう?」

彼はそう言うと、私の向かいの椅子に腰を下ろした。

「……少し休憩にしないか。顔色が悪いぞ」

彼の優しい言葉に、私はようやくペンを置いた。確かに疲れは溜まっている。しかし不思議と嫌ではなかった。国が少しずつ良くなっていくのを実感できる。その喜びが、私の何よりの原動力となっていた。

「……ありがとう、エリオリオット」

私はつい昔の癖で彼の名を呼んでしまった。慌てて「陛下」と言い直そうとする。しかし彼はそれを手で制した。

「……二人きりの時はそれでいい。その方が落ち着く」

彼は少し照れくさそうに笑った。その笑顔に私の心も和んでいく。

私たちはしばらく他愛のない話をした。新しくできたパン屋の評判。最近読んだ本の感想。まるで普通の男女のように。この時間だけは、私たちは国王でも宰相でもなかった。ただのエリオットとヴィクトリアだった。

「……綺麗だ」

不意にエリオットが呟いた。窓の外の月明かりが、私の横顔を照らしていた。

「え?」

「……いや、何でもない」

彼は慌てて顔を逸らした。その耳が少しだけ赤くなっているのを私は見逃さなかった。私の胸も少しだけドキリと高鳴った。

私たちの関係はまだ何も始まってはいない。今は国を再建することで手一杯だ。しかし、いつかこの国が本当に平和になったその時には。私たちは国王と宰相ではない、別の関係になれるのだろうか。

そんな淡い期待が私の胸をよぎる。

銀薔薇の宰相。人々は私のことをそう呼ぶ。それは私の強さと華やかさを讃えた呼び名。しかし本当の私はただの一人の女性なのだ。恋に戸惑い、優しい言葉に胸をときめかせる。そんな普通の一面もあるのだということを、彼だけは分かってくれているような気がした。

私はサンドイッチを一口頬張った。素朴な味がした。それは彼が私のために作ってくれたものかもしれない。そんなことを思うと、頬が自然と緩んだ。

もう少しだけ、この戦場も、頑張れそうだ。彼のこの笑顔がある限り。
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