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第22話:王国の誠意と、父の涙
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翌日。
私とカイは、国王陛下に、正式に謁見の間へ招かれた。
玉座の間には、国王と、主要な大臣たち、そして、私の父であるリンドバーグ公爵の姿もあった。
父は、私と目が合うと、バツが悪そうに、そして痛ましそうに視線を逸らした。
その顔は、一晩で十年も老け込んだかのように、憔悴しきっている。
「ヴォルフガント公爵。そして、アリア様。昨夜は、失礼した」
国王は、昨日とは打って変わって、穏やかで、どこか下手に出るような口調で私たちを迎えた。
「昨夜の、公爵殿からのご提案。我が国としても、謹んで、お受けしたいと思う」
「ほう」
カイが、面白そうに眉を上げる。その態度は、どこまでも尊大だ。
「つきましては、アリア様を、正式に、ヴォルフガント公爵カイ殿の婚約者として、国家の名において認めるものとする。これは、国王である、私の勅命である」
国王の宣言に、大臣たちが、ざわめいた。
追放した令嬢を、一転して、公爵の婚約者として認めるという、前代未聞の沙汰。
けれど、もう、それに異を唱えられる者は、この場には誰もいなかった。
「そして、これは、我が国からの***『誠意』***の印だ」
国王が合図をすると、侍従たちが、山のような金銀財宝や、美しいドレスの数々、そして、いくつかの羊皮紙の巻物を、私たちの前に運んできた。
「リンドバーグ公爵家が、アリア様から不当に奪った、すべての資産。これを、三倍の利子をつけて返還する。さらに、王家から、慰謝料として、この国の北部に広がる、最も肥沃な土地を、ヴォルフガント公爵領に割譲しよう。どうか、これでお納めいただきたい」
あまりにも破格の条件に、私は目を見開いた。
土地の割譲など、通常は戦争に負けた国がすることだ。
それほどまでに、王国は、私の力を、そして、私の隣に立つカイの力を、必要とし、恐れているのだ。
「……まあ、いいだろう。受け取ってやる」
カイは、尊大な態度で頷いた。
(本当は、こんなもの、どうでもいいと思っているくせに……)
私には、分かった。
彼はただ、私が受けた屈辱を、何倍にもして相手に返さなければ、気が済まないだけなのだ。
その、子供っぽくて、獰猛な独占欲が、なんだか、くすぐったい。
「……アリア」
その時、ずっと石像のように黙っていた父が、震える声で、私の名前を呼んだ。
「……すまなかった」
彼は、その場に、がくりと膝をついた。
一家の主としてのプライドも、何もかもを捨てて、私に向かって、深く、深く、頭を下げた。
「私は……私は、お前の父親失格だ。リナの、あの巧みな嘘に惑わされ、お前のことを見てやれなかった。お前が、どれほど苦しみ、傷ついていたか、考えようともしなかった。……本当に、すまない……! 許してくれとは、言わん。だが、これだけは……」
父の肩が、小刻みに震えている。
床には、ぽつ、ぽつ、と、彼の涙の染みができていた。
リナが来てから、私に見向きもしなくなった父。
いつも、冷たい視線を向けてきた父。
憎んでいたはずだった。軽蔑していたはずだった。
でも、こうして、すべてを失った老人のように、涙を流して謝罪する姿を見ると、私の心の氷も、少しだけ、溶けていくのを感じた。
「……お父様」
私は、彼のそばに歩み寄り、その震える肩に、そっと手を置いた。
「もう、いいのです」
「……アリア……」
「過去は、変えられません。でも、これからのことは、変えられますわ。お父様も、リンドバーグ公爵家の当主として、そして、一人の人間として、ご自身の罪と、これから、しっかりと向き合ってください」
私の言葉に、父は、嗚咽を漏らしながら、何度も、何度も、頷いた。
「ああ……ああ……! ありがとう……! ありがとう、アリア……!」
これで、本当に、過去との決別ができた気がした。
もう、この王都に、私を縛るものは、何もない。
さあ、帰ろう。
私の、本当の居場所へ。
私の、愛する人の、待つ場所へ。
私は、カイの方を振り返り、にっこりと、心からの笑顔で微笑んだ。
彼もまた、その美しい青い瞳を、どこまでも優しく細めて、私に微笑み返してくれた。
私たちの新しい人生は、もう、始まっている。
私とカイは、国王陛下に、正式に謁見の間へ招かれた。
玉座の間には、国王と、主要な大臣たち、そして、私の父であるリンドバーグ公爵の姿もあった。
父は、私と目が合うと、バツが悪そうに、そして痛ましそうに視線を逸らした。
その顔は、一晩で十年も老け込んだかのように、憔悴しきっている。
「ヴォルフガント公爵。そして、アリア様。昨夜は、失礼した」
国王は、昨日とは打って変わって、穏やかで、どこか下手に出るような口調で私たちを迎えた。
「昨夜の、公爵殿からのご提案。我が国としても、謹んで、お受けしたいと思う」
「ほう」
カイが、面白そうに眉を上げる。その態度は、どこまでも尊大だ。
「つきましては、アリア様を、正式に、ヴォルフガント公爵カイ殿の婚約者として、国家の名において認めるものとする。これは、国王である、私の勅命である」
国王の宣言に、大臣たちが、ざわめいた。
追放した令嬢を、一転して、公爵の婚約者として認めるという、前代未聞の沙汰。
けれど、もう、それに異を唱えられる者は、この場には誰もいなかった。
「そして、これは、我が国からの***『誠意』***の印だ」
国王が合図をすると、侍従たちが、山のような金銀財宝や、美しいドレスの数々、そして、いくつかの羊皮紙の巻物を、私たちの前に運んできた。
「リンドバーグ公爵家が、アリア様から不当に奪った、すべての資産。これを、三倍の利子をつけて返還する。さらに、王家から、慰謝料として、この国の北部に広がる、最も肥沃な土地を、ヴォルフガント公爵領に割譲しよう。どうか、これでお納めいただきたい」
あまりにも破格の条件に、私は目を見開いた。
土地の割譲など、通常は戦争に負けた国がすることだ。
それほどまでに、王国は、私の力を、そして、私の隣に立つカイの力を、必要とし、恐れているのだ。
「……まあ、いいだろう。受け取ってやる」
カイは、尊大な態度で頷いた。
(本当は、こんなもの、どうでもいいと思っているくせに……)
私には、分かった。
彼はただ、私が受けた屈辱を、何倍にもして相手に返さなければ、気が済まないだけなのだ。
その、子供っぽくて、獰猛な独占欲が、なんだか、くすぐったい。
「……アリア」
その時、ずっと石像のように黙っていた父が、震える声で、私の名前を呼んだ。
「……すまなかった」
彼は、その場に、がくりと膝をついた。
一家の主としてのプライドも、何もかもを捨てて、私に向かって、深く、深く、頭を下げた。
「私は……私は、お前の父親失格だ。リナの、あの巧みな嘘に惑わされ、お前のことを見てやれなかった。お前が、どれほど苦しみ、傷ついていたか、考えようともしなかった。……本当に、すまない……! 許してくれとは、言わん。だが、これだけは……」
父の肩が、小刻みに震えている。
床には、ぽつ、ぽつ、と、彼の涙の染みができていた。
リナが来てから、私に見向きもしなくなった父。
いつも、冷たい視線を向けてきた父。
憎んでいたはずだった。軽蔑していたはずだった。
でも、こうして、すべてを失った老人のように、涙を流して謝罪する姿を見ると、私の心の氷も、少しだけ、溶けていくのを感じた。
「……お父様」
私は、彼のそばに歩み寄り、その震える肩に、そっと手を置いた。
「もう、いいのです」
「……アリア……」
「過去は、変えられません。でも、これからのことは、変えられますわ。お父様も、リンドバーグ公爵家の当主として、そして、一人の人間として、ご自身の罪と、これから、しっかりと向き合ってください」
私の言葉に、父は、嗚咽を漏らしながら、何度も、何度も、頷いた。
「ああ……ああ……! ありがとう……! ありがとう、アリア……!」
これで、本当に、過去との決別ができた気がした。
もう、この王都に、私を縛るものは、何もない。
さあ、帰ろう。
私の、本当の居場所へ。
私の、愛する人の、待つ場所へ。
私は、カイの方を振り返り、にっこりと、心からの笑顔で微笑んだ。
彼もまた、その美しい青い瞳を、どこまでも優しく細めて、私に微笑み返してくれた。
私たちの新しい人生は、もう、始まっている。
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