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本編 第一部
73. 裁判当日
しおりを挟む皮肉なことに、裁判はレイブン伯爵家の城で行われることになった。
すでに異常事態だ。
普通なら、貴族裁判は王都にある王立裁判所で、王の立ち合いのもとで開かれる。それなのに、第三王子が立ち会うからという理由で、ルールを無視した形だ。
もし領内のもめごとなら、領主立ち合いの裁判が開かれるのが通例だが、領主がかけられる裁判が、領主の城で行われるなんてあきらかにおかしい。
アルフレッドは僕を裁判に同席させたくなかったようだが、僕は無理矢理参加した。
被害者を締め出す裁判もおかしい。
「ディル様、お顔の色が真っ青ですよ。無理しないでください」
「僕のせいなのに、ほうっておけますかっ」
心配してくれるネルヴィスに、僕は言い返す。
「……すみません、八つ当たりしました」
「不安でしかたないからというのは、理解しております」
ネルヴィスは僕の背中をポンポンと叩く。
裁判開始前、傍聴席に入ろうとすると、呼び止められた。
「ディル様!」
「タルボ!」
事件前と変わらない姿で、タルボが早足にやって来る。完璧に治療してもらえたようだ。
「この三日、やきもきしておりました。レフ先生がいるから大丈夫だろうとは思ってましたが、心配で心配で」
僕はタルボと無事を喜ぶハグをかわそうと思ったが、タルボは僕の周りをぐるぐると回って、念入りにチェックする。
「大丈夫ですね、良かった! ああ、こんな粗末な服を着せるなんて。あの魔獣の波のせいで、荷物がいくつか駄目になってしまって。私の服でよければ替えがありますが、サイズが大きすぎますよね。そうだ、仕立て屋に行って」
「タ、ル、ボ!」
ぶつぶつと思案するタルボを、僕は大きな声で呼ぶ。
「はっ、なんでしょうか、ディル様」
「服なんかどうでもいいです。そんな場合ではないんですよ。――とりあえず、無事を喜ばせてください」
僕が軽く腕を広げると、タルボは口を押えた。感激して泣き始める。
「ううっ、ぐすっ、ディル様、私は今、感動しています」
「大げさすぎます。かばってくれてありがとうございました。頭から血を流して動かないタルボを見て、肝が冷えたんですからね!」
軽くハグをかわして、タルボから離れる。タルボは涙をふいて、顔をしかめた。
「そういえば、聞きましたよ。おとりになって飛び出していかれた上、魔獣に殺されそうになったところをレイブン卿に救われたとか。それからこの馬鹿げた裁判のことも」
タルボが怖い顔で、小神殿の神官がいるほうをにらむ。彼らのいくらかはおびえたが、残りは反発して、目つきを鋭くした。
「タルボ殿、あなたが不在の間、私がおおいに手助けしましたので、大丈夫ですよ。保護者がいなくても、私ならディル様を守れるという証明になったかと」
ネルヴィスがにやりとして、タルボに優越感たっぷりに話しかける。
「それはそれは。我が主人のことをありがとうございます。ですが、一緒に宿に閉じ込められていてはしょうもないと思いますがね、フェルナンド卿」
うわあ。嫌味の応酬がすごい。
(この二人、仲が悪いよね……)
なんとなくそんな気はしていたが、今、確信した。
「どうしてキースはアカシア様を止めないんでしょうか。まったく! 傍仕えだからと、なんでも言うことを聞けばいいわけではありませんよ」
タルボの怒りは、今度はアカシアの傍仕えに向いた。
一通りのことを、レフから聞いているようだ。
僕は彼らと傍聴席に移動すると、声をひそめてタルボに話しかける。
「念のためにアカシアの契約書にサインして持ってきましたが……」
「「サインしたんですかっ?」」
タルボとネルヴィスの声が重なった。
「こういう時は仲が良いんですね」
感心する僕に、ネルヴィスが詰め寄る。
「絶対に反対だと言ったのに!」
「保険です。使うつもりはありません。あと一つだけ、命乞いのために使える最終手段がありますし」
今度はタルボが問う。
「まさか死ぬとか言い出しませんよね?」
やりかねないと言いたげだ。
「それも一手ですが、別案です」
こそこそと耳にささやくと、タルボは息をのんだ。
「に、妊娠したと言い出す……?」
「さすがに赤子の父親かもしれない相手を処刑できないでしょう? 神殿としては」
「……たまにものすごく豪胆ですね、ディル様」
額を押さえて、タルボはゆるゆると首を振る。
「それなら発情期の時期を考えて、私との子である可能性が高いですが、まあ、時間稼ぎには使えますかね。真実にするための協力が必要なら、がんばりますよ?」
ネルヴィスが僕の腰を引き寄せて、いたずらっぽく微笑むのを、タルボが押しのける。
「勝手に触らないでください」
ネルヴィスは眉をひそめ、タルボはにっこりと嫌味に笑う。
遠慮ない発言に、僕は顔を赤らめる。
「あくまで最終手段なので!」
僕だって子どもを道具みたいに使いたくはない。
シオンのためにできることを、あれこれと考えていた結果だ。
「そこまでしなくて済むようにがんばってきますよ」
ネルヴィスが椅子を立ったので、僕は目を丸くする。
「え? どちらに行くんですか?」
「レイブン卿の弁護人、私が担当します」
「はい!?」
さしものタルボも驚いたようで、すっとんきょうな声を上げる。僕は絶句した。
「ああ、ご褒美は、あなたとのデートで構いませんよ。王都でオペラにでも行きましょう」
「へ? は、はあ……」
そんなことのために、ライバルの弁護役を引き受けるのだろうか。
そういえば、ネルヴィスが僕にこれ以上のトラウマを植えつける事態を許さないと言っていたのを思い出す。どうやら本気だったようだ。
「よく分かりませんけど、一つだけ分かりました。ネルを敵に回すと怖い」
「全面同意です、ディル様」
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