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本編

4:猫獣人は水仕事が苦手らしい

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 エドアはおっとりしていて心配になるが、コフィを入れる腕は達人だった。
 コフィというのは、おいしく淹れられるようになるまで、下積み十年かかる職人技らしい。翠も試しに淹れてみたところ、苦さとえぐみが残って、とても飲めたものではなかった。

 コーヒーと似たようなもので、焙煎やミルでひくといった工程は同じなだけに不思議なものだ。その代わり、シュシュの軽食やお菓子作りは手伝えるため、翠は彼女から少しずつ仕事を教わった。

 そんな翠だが、彼らにありがたがられたのは家事手伝いだ。特に洗濯と食器洗い。少しの術ならば体調に影響はないので、試しに水の魔力を使ってみたら、難なく扱えた。それで術を使って楽をさせてもらっているため、少し罪悪感があるのだが、二人は種族が猫なだけあって水に濡れるのが苦手らしく、洗濯が特に嫌いだったそうである。翠が洗濯を請け負うと、大喜びした。

 エドアが配達に行き、シュシュが店番をして、翠は店内で掃除や食器洗いなどの雑用をこなす。以前の召喚と同じで言葉は通じるし、なぜか文字を読めるので、計算なんかでも手助けしている。
 硬貨を見たのが初めてだったので、最初はエドアやシュシュに気の毒がられて泣かれながら教わったが、一月も経つと、翠はすっかりここでの生活になじんだ。
 そんなある日、妊娠で精神が不安定になりがちなシュシュが、落ち込みがちに打ち明けた。

「スイ君、あなたの働きぶりなら、大店おおだなでもやっていけるわ。こんな安月給で雇っていていいのか、心配になってきちゃった」
「……遠回しの解雇通告ですか?」

 これから物入りだろうし、従業員を雇うのがきついのかもしれない。深読みした翠の問いに、シュシュはふかふかの白い手を振る。

「そうじゃないわ。純粋に心配しているの」
「シュシュの言う通りだにゃん。文字の読み書きと計算ができれば、もっと良い仕事につけるものだよ」

 どうやらエドアも、この状況に胸を痛めているらしい。耳がぺたんと寝ている。

「俺、実は人間不信で、ここの人のことが怖かったんだ。でも、二人は本当に優しくしてくれて、気持ちが癒された。迷惑なら出て行くけど……そうじゃないなら、もう少しいてもいいかな? せめてシュシュさんが無事に出産するのを見届けるまでは」

 家族愛に飢えている翠は、猫人と人間という垣根を越えて、二人を家族のように思い始めていたところだった。だから、迷惑かもしれないと思うだけで、勝手に気持ちが沈む。

「スイ君ー!」

 涙もろいエドアは、翠をもふっと抱きしめた。

「ごめんにゃあ。そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだにゃあ! スイ君がいいなら、好きなだけいていいんだよ。子どもが生まれた後だって、手が足りなくて大変だと思う」
「そうよぉ。ヌコ族は子沢山なんだもの」

 シュシュが言うには、双子や三つ子が多いそうだ。

「……ありがとう。でも、いいの? 俺のほうこそ、全部を話しているわけでもないのに」

 いまだに自分が異世界人で、レンレシア神聖国の神子であったことを話す勇気はない。

「話したくなってからでいいにゃ」

 エドアの大きな手が、翠の頭をぽふっとなでる。

「あなたったら、スイ君を子ども扱いしないの」
「ごめんにゃあ」

 妻にたしなめられ、エドアは謝る。
 彼らが翠を子ども扱いするのは、翠が童顔で小柄という理由だけではない。そもそも獣人の平均身長が百八十センチと高いのだ。翠が百六十五センチなので、人間の見た目がよく分からない彼らには、余計に子どもっぽく見えるらしい。

「はは、大丈夫だよ、シュシュさん。改めてよろしくな、二人とも」
「うんうん、よろしくにゃ、スイ君」
「よろしくね」

 三人は出会った時よりもくだけた態度で、穏やかに笑いあった。
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