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愛・響き合う
13.今度はあなたの
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クリスマスコンサートに向けての練習も順調に進み、楽器の演奏に少しブランクがあった部員も調子を取り戻しつつ有って、全体練習でのハーモニーも段々と様になって来たのは12月も半ばに入っての事だった。
テレビのCMには盛んにクリスマスギフトや旅行、テーマパークのイベントな等々、華やかな映像が映し出され、フライングでお正月商戦の宣伝迄流れ始めていた。この季節、過ぎ去る時間は加速度がついてあっという間に終わってしまう一日に焦りを感じたりする。
「失礼しま~~~す……」
昼休みの喧騒の中、ちょっと躊躇いがちに教室の入り口からちょこんと顔だけ出し中をぐるんと見渡したのは摩耶だった。彼女にしては珍し動きに気が付いた凜は自分に用事が有るのかと思ってゆっくりと席を立ち自分の顔を自分で指差しながら彼女の方に向かって歩き出そうとしたのだが、その様子に気が付いた摩耶は、ちょっと困った顔を見せながら顔の前でひらひらと手を振って見せる。
その様子を見て話したいのは自分では無い事を察した凜は小さく横に首を傾げて見せる。その合図に対して、何時ものお弁当メンバーの紗久良と莉子、そして凜が机を並べて座っていたその中から紗久良をちょんちょんと指差して見せた。その仕草に凜は更に首を傾ける。摩耶と紗久良はそれ程密接な接点は無い筈でなぜ彼女を御指名なのか理由が良く分からなかったのだ。だが、呼んでいる事は確かな様なので、凜は紗久良の肩を指で軽く突くとそれに反応して見上げた彼女の視線を教室の入り口に指先で誘導した。
紗久良は少し怪訝そうな表情を見せた後、一瞬視線を合わせてからゆっくり立ち上がり摩耶の居る教室の入り口に向かって歩き出した。そして、教室の外に引っ張り出され。そして暫くして何事も無く戻って来た。
「どうしたの?」
凜の問いに彼女はちょこんと不思議そうな顔で首を傾げて見せただけだった。ただ、その様子を椅子に座りながら机に頬杖を突き、意味有り気なニヤニヤで見上げる莉子が少し気になったがその場は何事も無く起こる事無く昼休みは何となく終了し、五時限目の授業が始まった。そして凜と紗久良には莉子の呟きが届いてはいなかった、彼女は唇を少し動かす程度の小さな声で呟いていたのだ『今度はあなたの……』と。
★★★
「凜ちゃん、お正月はどうするの?」
「お正月……ですか…うん、たぶんおかぁさんと二人でだらだらしてると思います」
「初詣とかは行かないの」
「あ、そうですね、学校の友達と一緒に行くかも……」
「だったらその前に一度私のところに顔を出さない?」
「え、どうしてですか」
お茶碗を正座した膝の上に置いて少し不思議そうな表情で凜は恵美子に視線を送る。土曜の午後はお茶のお稽古、何時もの様に茶室で師範である恵美子に指導を受けている途中、彼女は年始の予定を何の前触れも無く尋ねたのだ。
「振袖、着て見ない?」
「……え、振袖」
「そう、折角女の子になったんですもの、少し艶やかな格好をしてみるのも良いんじゃないかしら、特にお正月の節目にね」
「は……はぁ…」
ちょっと困った表情を見せる凜、ここ最近は女の子がだいぶ板に付いて来ていてあまり違和感を感じる事無く暮らせては居るのだが本気で女の子らしい衣装を着た事は無く、改まったものと言えば学校のセーラー服以外は何となく流れでと言う感じだったから振袖と言う物に対して拒否反応は無かったものの心の中では戸惑いを覚えたが、その反面、ちょっぴり期待感を抱いてしまう自分の心にも少し焦りを覚えた。
★★★
「じゃぁ、写真館予約しておかないとね」
「え?」
「可愛い娘の晴れ姿、残しておきたいじゃない」
「……娘」
「七五三の時の羽織袴姿と振り袖姿の両方を残せるなんて、凜てばラッキーだと思わない?」
と言うのが昼間、恵美子からのお誘いの振袖の話をした時に見せた母の反応だった。自室で勉強机向かいながら頬杖を突き、宿題を片付けなければならない筈が考えが全纏まらず定まらない視線を天井に泳がせると思考が暴走し始める。
「ラッキー……なのかな…」
ほんの少し前まで自分は男子であること疑わずに過ごして来た訳だが、その認識はあっさりと覆されて気が付けば体は女の子になっていて、クラスの女子にも何となく溶け込んで、いつの間にか男子だった時の記憶は薄れ、男らしさの残骸は今野との男の友情位になってしまった昨今、そして振袖が着られる事に少しときめく自分は母が言う様にラッキーなのか。
「ふぅ……」
ポツンと出る溜息。ただ、それが由縁で紗久良との関係が深まったのだから少なくとも不運ではないと考えなければいけないのか、もっとも女の子同士の愛は最後まで貫けるのかと言う迷いが無い訳ではない、ただ、大人になったら迎えに行と誓えた事はその場の勢いと言う訳では無くて自分の正直な気持ちだから今はそれを信じればいい。そこまで考えたところで少し思考の方向が変わる。
……もしも、僕が男の子のままだったら。
将来紗久良と結婚して家庭が出来て子供が生まれて、二人の遺伝子が未来に繋がって……いや、もし男の子のままだったら紗久良がロンドンに転校するという話が出たところでその関係は終わってしまっていた可能性が有る。臆病な性格だからおそらく言い出せなかっただろう、幼馴染と言う関係は発展することなくそのまま平行移動するだけで交わる事も無く、さよなら一言で途切れ、思い出となり後で懐かしく思い返す。そして更に時が過ぎれば思い出す事すら無くなるかも知れない。
そう考えれば自分が実は女の子な事が発覚した事はラッキーなのかも知れないと言えるかもしれない。何となく笑顔が浮かんでくる。一人でニヤニヤしている風景は少し気持ち悪き見えるかもしれないが、そんな事は度でも良い、僕は紗久良と一生暮らすんだ、凜は改めてそう心に決めた。
テレビのCMには盛んにクリスマスギフトや旅行、テーマパークのイベントな等々、華やかな映像が映し出され、フライングでお正月商戦の宣伝迄流れ始めていた。この季節、過ぎ去る時間は加速度がついてあっという間に終わってしまう一日に焦りを感じたりする。
「失礼しま~~~す……」
昼休みの喧騒の中、ちょっと躊躇いがちに教室の入り口からちょこんと顔だけ出し中をぐるんと見渡したのは摩耶だった。彼女にしては珍し動きに気が付いた凜は自分に用事が有るのかと思ってゆっくりと席を立ち自分の顔を自分で指差しながら彼女の方に向かって歩き出そうとしたのだが、その様子に気が付いた摩耶は、ちょっと困った顔を見せながら顔の前でひらひらと手を振って見せる。
その様子を見て話したいのは自分では無い事を察した凜は小さく横に首を傾げて見せる。その合図に対して、何時ものお弁当メンバーの紗久良と莉子、そして凜が机を並べて座っていたその中から紗久良をちょんちょんと指差して見せた。その仕草に凜は更に首を傾ける。摩耶と紗久良はそれ程密接な接点は無い筈でなぜ彼女を御指名なのか理由が良く分からなかったのだ。だが、呼んでいる事は確かな様なので、凜は紗久良の肩を指で軽く突くとそれに反応して見上げた彼女の視線を教室の入り口に指先で誘導した。
紗久良は少し怪訝そうな表情を見せた後、一瞬視線を合わせてからゆっくり立ち上がり摩耶の居る教室の入り口に向かって歩き出した。そして、教室の外に引っ張り出され。そして暫くして何事も無く戻って来た。
「どうしたの?」
凜の問いに彼女はちょこんと不思議そうな顔で首を傾げて見せただけだった。ただ、その様子を椅子に座りながら机に頬杖を突き、意味有り気なニヤニヤで見上げる莉子が少し気になったがその場は何事も無く起こる事無く昼休みは何となく終了し、五時限目の授業が始まった。そして凜と紗久良には莉子の呟きが届いてはいなかった、彼女は唇を少し動かす程度の小さな声で呟いていたのだ『今度はあなたの……』と。
★★★
「凜ちゃん、お正月はどうするの?」
「お正月……ですか…うん、たぶんおかぁさんと二人でだらだらしてると思います」
「初詣とかは行かないの」
「あ、そうですね、学校の友達と一緒に行くかも……」
「だったらその前に一度私のところに顔を出さない?」
「え、どうしてですか」
お茶碗を正座した膝の上に置いて少し不思議そうな表情で凜は恵美子に視線を送る。土曜の午後はお茶のお稽古、何時もの様に茶室で師範である恵美子に指導を受けている途中、彼女は年始の予定を何の前触れも無く尋ねたのだ。
「振袖、着て見ない?」
「……え、振袖」
「そう、折角女の子になったんですもの、少し艶やかな格好をしてみるのも良いんじゃないかしら、特にお正月の節目にね」
「は……はぁ…」
ちょっと困った表情を見せる凜、ここ最近は女の子がだいぶ板に付いて来ていてあまり違和感を感じる事無く暮らせては居るのだが本気で女の子らしい衣装を着た事は無く、改まったものと言えば学校のセーラー服以外は何となく流れでと言う感じだったから振袖と言う物に対して拒否反応は無かったものの心の中では戸惑いを覚えたが、その反面、ちょっぴり期待感を抱いてしまう自分の心にも少し焦りを覚えた。
★★★
「じゃぁ、写真館予約しておかないとね」
「え?」
「可愛い娘の晴れ姿、残しておきたいじゃない」
「……娘」
「七五三の時の羽織袴姿と振り袖姿の両方を残せるなんて、凜てばラッキーだと思わない?」
と言うのが昼間、恵美子からのお誘いの振袖の話をした時に見せた母の反応だった。自室で勉強机向かいながら頬杖を突き、宿題を片付けなければならない筈が考えが全纏まらず定まらない視線を天井に泳がせると思考が暴走し始める。
「ラッキー……なのかな…」
ほんの少し前まで自分は男子であること疑わずに過ごして来た訳だが、その認識はあっさりと覆されて気が付けば体は女の子になっていて、クラスの女子にも何となく溶け込んで、いつの間にか男子だった時の記憶は薄れ、男らしさの残骸は今野との男の友情位になってしまった昨今、そして振袖が着られる事に少しときめく自分は母が言う様にラッキーなのか。
「ふぅ……」
ポツンと出る溜息。ただ、それが由縁で紗久良との関係が深まったのだから少なくとも不運ではないと考えなければいけないのか、もっとも女の子同士の愛は最後まで貫けるのかと言う迷いが無い訳ではない、ただ、大人になったら迎えに行と誓えた事はその場の勢いと言う訳では無くて自分の正直な気持ちだから今はそれを信じればいい。そこまで考えたところで少し思考の方向が変わる。
……もしも、僕が男の子のままだったら。
将来紗久良と結婚して家庭が出来て子供が生まれて、二人の遺伝子が未来に繋がって……いや、もし男の子のままだったら紗久良がロンドンに転校するという話が出たところでその関係は終わってしまっていた可能性が有る。臆病な性格だからおそらく言い出せなかっただろう、幼馴染と言う関係は発展することなくそのまま平行移動するだけで交わる事も無く、さよなら一言で途切れ、思い出となり後で懐かしく思い返す。そして更に時が過ぎれば思い出す事すら無くなるかも知れない。
そう考えれば自分が実は女の子な事が発覚した事はラッキーなのかも知れないと言えるかもしれない。何となく笑顔が浮かんでくる。一人でニヤニヤしている風景は少し気持ち悪き見えるかもしれないが、そんな事は度でも良い、僕は紗久良と一生暮らすんだ、凜は改めてそう心に決めた。
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