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1章 異世界転移編
幕間1 修行に痛みはつきもの
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ショウトたち一行がビーンズ村を後にして一週間。
カタカタと音を鳴らしながら進む馬車の荷台に腰掛け左肘で頬杖をつき、ゆっくりと流れる景色をただひたすらに眺める。それがここ数日のショウトの日課である。
昔の彼なら退屈な時間だと思うところだが、この世界に来てからの事を考えると、その退屈な時間も今の彼にとっては至福のひとときと言っても良いのかもしれない。ただひとつ、馬車の車輪が木製という事を除いてはだが……。
「――あたっ! くそっ、またかよ……、腰とケツが痛ぇよ……」
地面の唐突を越えるたびに馬車が弾む。そのたびにショウトは尻で馬車の荷台の固さを堪能。その繰り返しにショウトの体は悲鳴をあげていた。
顔を苦痛にゆがめながら腰をさするショウト。そんな彼の右頬は見事に赤く腫れあがっている。絶賛ブサイク進行中と言ったところだろうか、ただでさえ整ったとは言い難い顔だというのにその腫れのせいで今後の人生設計に支障がでるかもしれない。とりわけ人生設計なんて大層なものを考えたことすらいないが……。
「あと顔もな」
ショウトは一メートルほど離れたら場所で寝転がるモミジをチラリと見る。同時に嫌味をのせた言葉をあえて口走る。でも音声出力は最小限。それでも、この声がモミジの耳に届くという事を彼は知っている。なぜならモミジは獣人、耳の良さも折り紙つきだからだ。
そのぼやきに、やはりモミジが反応した。モミジは毛布を折り畳んだだけの簡易的なベッドから素早く半身を起こすと、ショウトを睨み付ける。
「――っるさいねぇ! こっちだって色々と辛いんだ! しょうもないことばっかり言ってると馬車から叩き落とすからね!」
見た目の可愛さとはかけ離れた殺意すら感じられる口調。彼女もまた、ショウトと同じようにお尻と加えて心を痛めていた。だが、彼女の場合は少しばかり違う。
「その顔だって、もとはといえばアンタが悪いんだよ! アンタがあんなことしなければ……、この、変態! クズ! アタシのせいにしてんじゃないよ!」
「うっせーな。そんなこと分かってるっつーの。いつまでも根に持ちやがって……、器の小さいやつだな」
「器って……、アンタねぇ! それを言ったらアンタの方が小さいでしょ! アタシ知ってんだかんね! アンタ、結局ナッツに本当の事は言えなかったらしいじゃないのさ! ほんっと、情けない」
「――なっ! お前どうしてそれを……」
――そう。あの日、ショウトが決意を胸にナッツの部屋のドアを叩いた日、ショウトはナッツの部屋に入ると誠心誠意謝罪をした。もちろんナッツには拒絶されたが……、それでもショウトはその場に留まり、折れずに何度も何度も謝った。そんなショウトの姿勢に最初は黙りを貫き通していたナッツも、徐々に心を開いていったのだった。その結果、和解することは出来たのだが、まだ心の弱いショウトは結局、本当の事は何も言えなかったのだ。
でも、その事実を知っているのはサイクルだけのはずだが、
「おい……、サイクルてめぇ……」
モミジの脇で丸くなって眠るサイクルに強く鋭い視線を送る。サイクルは狸寝入りでもしているのか耳をピクピクさせるものの、ショウトの声に答える様子はない。
「別に誰から聞いてても関係ないでしょ? 本当のことなんだからさ」
モミジの反撃に、見事に撃沈するショウト。何か言おうと必死に頭を回転させるが、反論する言葉が見つからない。口をもごもご動かすだけが関の山だ。そんなショウトを見てモミジは勝ち誇ったようにニヤリと笑みを浮かべると再びベッドに戻った。
モミジにおいてけぼりを食らったショウトは、仕方なく再び景色を眺めるのだった――。
長い旅路に休憩はつきもの。たとえそれが馬車での移動であっても変わらない。
休憩の過ごし方は人それぞれで、火を起こし食事の準備をする者、食料を調達する者、水浴びをする者、そして、修行をする者……。
一行の役割分担は、基本的に前述ふたつはモミジの仲間。一方、ショウトはどれをとっても役不足。実家暮らしの彼は料理をしたこともなければ、狩りなんてもってのほか。そう考えると彼が修行に励むのは自然の流れ。それに引き換えモミジはというと……、もっぱら水浴びだった。
今回の喧嘩の発端である出来事はその休憩中に起こった。
サイクルが見守る中、いつものようにショウトが川辺で魔法の鍛練をしている時のことだった。
ショウトは右手にそこら辺に生えているススキのような長細い草をしっかりと握り、念を込めていた。
「ショウトいい感じだよ! いい感じに自然のマナが動き出してるよ」
「そうか?」
サイクルの声に思わず答えるショウト。そのせいで意識がサイクルへ向く。
「あぁ! ダメだよ~、集中しなきゃ。……ほらぁ、もうマナが元に戻っちゃった」
「悪い、悪い。よし! もう一回だ!」
ショウトはそう言って目をつぶると再び意識を右手に集中する。
その時、キャンプ地の方から一人の少女が元気良く現れた。そう、モミジだ。
モミジは魔物の皮でこしらえた水着を身に付け、いつもは束ねている燃えるような赤い髪をおろしている。
「ひゃっほー! キレイな川はっけーん!」
モミジは頭から川へ飛び込む。水しぶきが太陽の光を反射して宝石のように辺り一面に飛び散る。それに遅れてモミジは水面から顔を出す。
「――ぷはぁー! きっもちいぃぃっ! やっぱ水浴びって最高!」
モミジは顔に滴り落ちる水を手で拭くと、その流れで髪をかきあげた。そこを切り取れば美しい一枚の絵画に見えるそんなシチュエーション。しかし、そんなモミジをサイクルは遠い目で見つめていた。
「うわ……。よく、あんな躊躇なく水に入れるよね……。僕、水きらーい。ねぇ、ショウト、君もそうは思わないかい?」
サイクルがそんなことを言った時、ショウトは力強よく叫んだ。
「――よし! いける!」
ショウトの声に反応するかのように、彼の右手が淡い緑色の光を放つ。
ショウトが右の掌を少し前にかざすと、次の瞬間その光は半透明の球体となり前方に飛び出した。
球体と言っても、形はいびつ。大きくもなければ、スピードも遅い。今にも消え入りそうな光だ。
「おい! サイクル! 今の見たか! オレ初めて自分の意思で力を魔法使えたよ!」
「――えっ、うん! 本当だ! すごいじゃない!」
「オレも少しは成長してるってことだな!」
この世界に来て、初めて訪れた歓喜の瞬間。あまりの嬉しさから、ショウトは心の中でこの魔法を命名する。
(これはあれっぽいな。エネルギー弾! いや、それは流石に著作権に引っ掛かるか? だったらリーフボールにでもしとくか?)
しかし、そんな喜びもながくは続かなかった。
「ねぇ……ショウト……。あれマズくないかい?」
「え? なにがだよ?」
ショウトはサイクルが指差す方に目を向ける。そこはリーフボールが飛んでいった方向だ。
「――げっ! モミジっ!」
ショウトの目に映ったのは、飛ばした緑色の球体とその先にいるモミジだった。全神経を集中させていたショウトは、モミジがいることに気付いていなかったのだ。
「なんであいつあんなとこにいるんだよ!」
「なんでって、さっき横を走って行ったよ?」
「んなもん気付くかよ! そんな事より早く教えないと! おーーいっ! モミジーー! 後ろ、後ろーっ!」
左手を上げて大きく振るショウト、しかし、モミジはこちらに背を向け体を左右に揺らし踊っている。全くといっていいほど、こちらを振り向く素振すらない。耳が良すぎるせいで川の流れる音が邪魔をするのか、はたまたモミジが水浴びに夢中になっているのかショウトの声は届いていないようだ。
一方、モミジは……、
「ふっふふ~ん♪ やっぱ水浴びは最高だなぁ~。全てが洗い流されてるって感じ♪」
鼻歌を歌いながら、川の中洲のそばの浅瀬で優雅にくつろいでいた。
そんなこととはつゆ知らず、ショウトの焦りは絶頂を迎えていた。魔法の威力や効果がわからない今、流暢に考えている暇はない。
「くそ! こうなったら!」
動きの遅い光。走ればギリギリ間に合うかもしれない。そう思いショウトは川に飛び込んだ。
川は想像以上の流れだった。胸まで浸かる深さも助力して、体が持っていかれそうになる。右腕が使い物にならないショウトは、泳ぐことも出来ない。それでも踏ん張り懸命に進む。
やっとの思いで中洲付近にたどり着いた時、リーフボールはモミジのすぐ後ろまで迫っていた。
「――モミジ、危ない!」
冷静を欠いているショウトはリーフボールを掴もうと、左手を伸ばし飛び付いた。
「ん?」
モミジはやっとショウトの声に気付いたのか、頭だけ後ろに向ける。
次の瞬間、リーフボールは音もなく消え去った……。
「――えっ?」
宙に浮くショウトは頭の中が真っ白になった。今の状況はモミジからみれば、自分に飛び付いてくる変態がいる。という感じだろう。しかも、今、ショウトの左手がある先にあるのは……、
初めて使った魔法。まさか、射程距離があるとは思いもしなかった。でも冷静になって考えれば、どんなゲームでも初級魔法の威力はたかがしれている。そのことを踏まえるとやはり納得するほかない。そして、
「――い、いやあぁぁぁぁぁっ!!」
ショウトの左手がモミジのお尻を大胆に掴む。それはもう見事に鷲掴み。同時にモミジの叫び声が川に響く。
落ちたショウトはその衝撃を全身で受け止め、痛む体を我慢しながら立ち上がろうと左手を地面に、
「ん? なんだこれ?」
さっきまで何も持っていなかったはずの左手に確かな感触。ショウトは視線を左手に移す。握られているのは茶色い獣皮だった。それを見た瞬間、一気に血の気が引き、額に汗がにじむ。間違いじゃなければ、いや間違いであって欲しいが、これは紛れもなくモミジの水着、しかも下。ショウトは、ゆっくりと顔をあげる――、
「見るな! 変態! クズ! 最底辺男!」
その言葉と共に、右の頬にものすごい勢いで何かがぶつかる。
ショウトにはそれが何かが分かっていた。顔を上げようとした時、一瞬だが視界に入ってきたのは足。つまりショウトはモミジの蹴りを顔面で受け止めたのだった。
再び来た方向に飛ばされるショウト、意識が朦朧とする。これはあれだな、脳震盪ってやつだな……と思いながら最後にショウトが見たのは、丸出しのお尻を擦りながら座り込むモミジの姿だった。
というような、どうでもいい事件が起きたのだった。だが当事者たちにはそうもいかない。
水着を剥かれてお尻を鷲掴みにされた年頃のモミジ。未完成の魔法のせいであって、決してわざとじゃないのに顔面を蹴りあげられたショウト。どちらにせよ心穏やかとかいかないようだ。
様々な感情を抱きつつ一行が向かう先は、モミジが所属するギルドのある商業都市プロテア。
まだまだ道のりは長いが、この調子で今後上手くやっていけるのだろうか……。
カタカタと音を鳴らしながら進む馬車の荷台に腰掛け左肘で頬杖をつき、ゆっくりと流れる景色をただひたすらに眺める。それがここ数日のショウトの日課である。
昔の彼なら退屈な時間だと思うところだが、この世界に来てからの事を考えると、その退屈な時間も今の彼にとっては至福のひとときと言っても良いのかもしれない。ただひとつ、馬車の車輪が木製という事を除いてはだが……。
「――あたっ! くそっ、またかよ……、腰とケツが痛ぇよ……」
地面の唐突を越えるたびに馬車が弾む。そのたびにショウトは尻で馬車の荷台の固さを堪能。その繰り返しにショウトの体は悲鳴をあげていた。
顔を苦痛にゆがめながら腰をさするショウト。そんな彼の右頬は見事に赤く腫れあがっている。絶賛ブサイク進行中と言ったところだろうか、ただでさえ整ったとは言い難い顔だというのにその腫れのせいで今後の人生設計に支障がでるかもしれない。とりわけ人生設計なんて大層なものを考えたことすらいないが……。
「あと顔もな」
ショウトは一メートルほど離れたら場所で寝転がるモミジをチラリと見る。同時に嫌味をのせた言葉をあえて口走る。でも音声出力は最小限。それでも、この声がモミジの耳に届くという事を彼は知っている。なぜならモミジは獣人、耳の良さも折り紙つきだからだ。
そのぼやきに、やはりモミジが反応した。モミジは毛布を折り畳んだだけの簡易的なベッドから素早く半身を起こすと、ショウトを睨み付ける。
「――っるさいねぇ! こっちだって色々と辛いんだ! しょうもないことばっかり言ってると馬車から叩き落とすからね!」
見た目の可愛さとはかけ離れた殺意すら感じられる口調。彼女もまた、ショウトと同じようにお尻と加えて心を痛めていた。だが、彼女の場合は少しばかり違う。
「その顔だって、もとはといえばアンタが悪いんだよ! アンタがあんなことしなければ……、この、変態! クズ! アタシのせいにしてんじゃないよ!」
「うっせーな。そんなこと分かってるっつーの。いつまでも根に持ちやがって……、器の小さいやつだな」
「器って……、アンタねぇ! それを言ったらアンタの方が小さいでしょ! アタシ知ってんだかんね! アンタ、結局ナッツに本当の事は言えなかったらしいじゃないのさ! ほんっと、情けない」
「――なっ! お前どうしてそれを……」
――そう。あの日、ショウトが決意を胸にナッツの部屋のドアを叩いた日、ショウトはナッツの部屋に入ると誠心誠意謝罪をした。もちろんナッツには拒絶されたが……、それでもショウトはその場に留まり、折れずに何度も何度も謝った。そんなショウトの姿勢に最初は黙りを貫き通していたナッツも、徐々に心を開いていったのだった。その結果、和解することは出来たのだが、まだ心の弱いショウトは結局、本当の事は何も言えなかったのだ。
でも、その事実を知っているのはサイクルだけのはずだが、
「おい……、サイクルてめぇ……」
モミジの脇で丸くなって眠るサイクルに強く鋭い視線を送る。サイクルは狸寝入りでもしているのか耳をピクピクさせるものの、ショウトの声に答える様子はない。
「別に誰から聞いてても関係ないでしょ? 本当のことなんだからさ」
モミジの反撃に、見事に撃沈するショウト。何か言おうと必死に頭を回転させるが、反論する言葉が見つからない。口をもごもご動かすだけが関の山だ。そんなショウトを見てモミジは勝ち誇ったようにニヤリと笑みを浮かべると再びベッドに戻った。
モミジにおいてけぼりを食らったショウトは、仕方なく再び景色を眺めるのだった――。
長い旅路に休憩はつきもの。たとえそれが馬車での移動であっても変わらない。
休憩の過ごし方は人それぞれで、火を起こし食事の準備をする者、食料を調達する者、水浴びをする者、そして、修行をする者……。
一行の役割分担は、基本的に前述ふたつはモミジの仲間。一方、ショウトはどれをとっても役不足。実家暮らしの彼は料理をしたこともなければ、狩りなんてもってのほか。そう考えると彼が修行に励むのは自然の流れ。それに引き換えモミジはというと……、もっぱら水浴びだった。
今回の喧嘩の発端である出来事はその休憩中に起こった。
サイクルが見守る中、いつものようにショウトが川辺で魔法の鍛練をしている時のことだった。
ショウトは右手にそこら辺に生えているススキのような長細い草をしっかりと握り、念を込めていた。
「ショウトいい感じだよ! いい感じに自然のマナが動き出してるよ」
「そうか?」
サイクルの声に思わず答えるショウト。そのせいで意識がサイクルへ向く。
「あぁ! ダメだよ~、集中しなきゃ。……ほらぁ、もうマナが元に戻っちゃった」
「悪い、悪い。よし! もう一回だ!」
ショウトはそう言って目をつぶると再び意識を右手に集中する。
その時、キャンプ地の方から一人の少女が元気良く現れた。そう、モミジだ。
モミジは魔物の皮でこしらえた水着を身に付け、いつもは束ねている燃えるような赤い髪をおろしている。
「ひゃっほー! キレイな川はっけーん!」
モミジは頭から川へ飛び込む。水しぶきが太陽の光を反射して宝石のように辺り一面に飛び散る。それに遅れてモミジは水面から顔を出す。
「――ぷはぁー! きっもちいぃぃっ! やっぱ水浴びって最高!」
モミジは顔に滴り落ちる水を手で拭くと、その流れで髪をかきあげた。そこを切り取れば美しい一枚の絵画に見えるそんなシチュエーション。しかし、そんなモミジをサイクルは遠い目で見つめていた。
「うわ……。よく、あんな躊躇なく水に入れるよね……。僕、水きらーい。ねぇ、ショウト、君もそうは思わないかい?」
サイクルがそんなことを言った時、ショウトは力強よく叫んだ。
「――よし! いける!」
ショウトの声に反応するかのように、彼の右手が淡い緑色の光を放つ。
ショウトが右の掌を少し前にかざすと、次の瞬間その光は半透明の球体となり前方に飛び出した。
球体と言っても、形はいびつ。大きくもなければ、スピードも遅い。今にも消え入りそうな光だ。
「おい! サイクル! 今の見たか! オレ初めて自分の意思で力を魔法使えたよ!」
「――えっ、うん! 本当だ! すごいじゃない!」
「オレも少しは成長してるってことだな!」
この世界に来て、初めて訪れた歓喜の瞬間。あまりの嬉しさから、ショウトは心の中でこの魔法を命名する。
(これはあれっぽいな。エネルギー弾! いや、それは流石に著作権に引っ掛かるか? だったらリーフボールにでもしとくか?)
しかし、そんな喜びもながくは続かなかった。
「ねぇ……ショウト……。あれマズくないかい?」
「え? なにがだよ?」
ショウトはサイクルが指差す方に目を向ける。そこはリーフボールが飛んでいった方向だ。
「――げっ! モミジっ!」
ショウトの目に映ったのは、飛ばした緑色の球体とその先にいるモミジだった。全神経を集中させていたショウトは、モミジがいることに気付いていなかったのだ。
「なんであいつあんなとこにいるんだよ!」
「なんでって、さっき横を走って行ったよ?」
「んなもん気付くかよ! そんな事より早く教えないと! おーーいっ! モミジーー! 後ろ、後ろーっ!」
左手を上げて大きく振るショウト、しかし、モミジはこちらに背を向け体を左右に揺らし踊っている。全くといっていいほど、こちらを振り向く素振すらない。耳が良すぎるせいで川の流れる音が邪魔をするのか、はたまたモミジが水浴びに夢中になっているのかショウトの声は届いていないようだ。
一方、モミジは……、
「ふっふふ~ん♪ やっぱ水浴びは最高だなぁ~。全てが洗い流されてるって感じ♪」
鼻歌を歌いながら、川の中洲のそばの浅瀬で優雅にくつろいでいた。
そんなこととはつゆ知らず、ショウトの焦りは絶頂を迎えていた。魔法の威力や効果がわからない今、流暢に考えている暇はない。
「くそ! こうなったら!」
動きの遅い光。走ればギリギリ間に合うかもしれない。そう思いショウトは川に飛び込んだ。
川は想像以上の流れだった。胸まで浸かる深さも助力して、体が持っていかれそうになる。右腕が使い物にならないショウトは、泳ぐことも出来ない。それでも踏ん張り懸命に進む。
やっとの思いで中洲付近にたどり着いた時、リーフボールはモミジのすぐ後ろまで迫っていた。
「――モミジ、危ない!」
冷静を欠いているショウトはリーフボールを掴もうと、左手を伸ばし飛び付いた。
「ん?」
モミジはやっとショウトの声に気付いたのか、頭だけ後ろに向ける。
次の瞬間、リーフボールは音もなく消え去った……。
「――えっ?」
宙に浮くショウトは頭の中が真っ白になった。今の状況はモミジからみれば、自分に飛び付いてくる変態がいる。という感じだろう。しかも、今、ショウトの左手がある先にあるのは……、
初めて使った魔法。まさか、射程距離があるとは思いもしなかった。でも冷静になって考えれば、どんなゲームでも初級魔法の威力はたかがしれている。そのことを踏まえるとやはり納得するほかない。そして、
「――い、いやあぁぁぁぁぁっ!!」
ショウトの左手がモミジのお尻を大胆に掴む。それはもう見事に鷲掴み。同時にモミジの叫び声が川に響く。
落ちたショウトはその衝撃を全身で受け止め、痛む体を我慢しながら立ち上がろうと左手を地面に、
「ん? なんだこれ?」
さっきまで何も持っていなかったはずの左手に確かな感触。ショウトは視線を左手に移す。握られているのは茶色い獣皮だった。それを見た瞬間、一気に血の気が引き、額に汗がにじむ。間違いじゃなければ、いや間違いであって欲しいが、これは紛れもなくモミジの水着、しかも下。ショウトは、ゆっくりと顔をあげる――、
「見るな! 変態! クズ! 最底辺男!」
その言葉と共に、右の頬にものすごい勢いで何かがぶつかる。
ショウトにはそれが何かが分かっていた。顔を上げようとした時、一瞬だが視界に入ってきたのは足。つまりショウトはモミジの蹴りを顔面で受け止めたのだった。
再び来た方向に飛ばされるショウト、意識が朦朧とする。これはあれだな、脳震盪ってやつだな……と思いながら最後にショウトが見たのは、丸出しのお尻を擦りながら座り込むモミジの姿だった。
というような、どうでもいい事件が起きたのだった。だが当事者たちにはそうもいかない。
水着を剥かれてお尻を鷲掴みにされた年頃のモミジ。未完成の魔法のせいであって、決してわざとじゃないのに顔面を蹴りあげられたショウト。どちらにせよ心穏やかとかいかないようだ。
様々な感情を抱きつつ一行が向かう先は、モミジが所属するギルドのある商業都市プロテア。
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