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しおりを挟む「大丈夫ですか?」
「……………あぁ」
顔を合わせて30分、このやり取りをするのはこれで三度目だ。そろそろしつこいと怒られそうなものだが、それすらもしないエドリックは目に見えて疲れていた。
(アインスから領地入りしたのは昨日の夜中だと聞いたけど……)
予定よりも遅くに帰ってきたエドリックは私を起こさないように別室で仮眠を取ったらしい。
ちなみに、今朝久しぶりに会う彼の目の下に濃いクマが出来ていた。ただでさえ迫力のある顔面がもっと強面になっていたのは内緒にしておこう。
領民たちの居住エリアに着くと、突然全ての家の扉が勢いよく開いた。
「領主さまぁーー!おかえりなさいっ!」
「今回もご無事で何よりだぁ!」
「ねぇねぇ、奥方様って隣にいるあの人かな?!」
「結婚おめでとうーー!」
子供やお年寄りを含む多くの領民たちが周りに集まってくる。
私は一瞬びっくりして固まっていたが、エドリックもアースもいつもの光景なのか動揺せずにそっと降りた。
「みんな、変わりはないか?」
「はいっ!もう元気が有り余ってるくらいです!」
「領主さまこそまーた傷が増えたんじゃないかい?」
「こりゃまた凶悪さに磨きがかかってんな!」
さっきまで疲れきっていたエドリックの表情が和らぐのを見てホッとした。
エドリックにとって領民たちとの交流は心の支えになっているらしい。
少しでも彼が気を抜ける場所があって良かった。
「ところで領主様、そろそろ俺たちに奥方様を紹介してくださらねぇんですかい?」
「!」
一人がそう言うとそこにいた人たちが一斉に私を見る。
チラッとエドリックに視線をやると、彼は少し困ったように目を泳がせながらグッと私の肩を抱き寄せた。
「……妻のカトレアだ。良くしてやってくれ」
照れているらしく、耳をほんのり赤くしながらもぶっきらぼうに告げる。
それとは対照的に領民たちは目をキラキラさせながらゆっくりと私たちの方へと近付いてきた。
「やりましたなぁ坊っちゃん!」
「ついに長年の恋が成就されたようで……ううっ」
「小さい頃からみーんな応援してたものねぇ!」
「ほぉんと噂どおりの美人さんだわぁー」
そう言って彼らはにまにまと笑いながら私とエドリックを交互に見つめていた。
恥ずかしさと居たたまれない気持ちでついエドリックを睨むと、彼は申し訳なさそうにしながらもちょっとだけ嬉しそうに口元を緩めた。
(……そんな可愛い顔されたら怒れない)
久々に会っただけでも心臓がバクバクうるさいのに、たまに知らない表情を見せられると気持ちがもたない。
これが素で出来ちゃうんだから……ほんと罪な人だ。
「奥さま、この地を宜しくお願いしますねぇ」
一人の老婦人がスッと手を差し出してきた。
貴族令嬢のルールであればまず領民たちと触れ合ってはならない。だけど……私は躊躇わず、そのよぼよぼの手を両手で包んだ。
「色々教えて下さいね」
「ふふふっ、家族が増えて嬉しいのぉ」
温かい笑顔につられて私も微笑んだ。
これがユーフェリオ家が守ってきた笑顔、だったら私も全力で守っていかなくちゃ。
「……やっぱり、君を好きになって良かった」
「ん?何か言った?」
「何でもない。そろそろ行こう」
(あれ?また耳が……)
ほんのり赤くなってるような気が……?
エドリックと私は領民たちに別れを告げ、再びアースに乗って森の方へと進んでいった。
森に入ると、空気が一気に冷たくなる。
なかなか日が当たらない北の森は、雪こそ降っていないだけで触れる風は肌に刺さるように痛い。そしてそれはどんどん奥に進むにつれて強まっていった。
「寒くないか?」
「えぇ、事前にアインスから寒くなると聞いていたから。やっぱり厚手のコートを着てきて正解だったわ」
この日のために上等な毛皮を引っ張り出してきた。とはいえ顔は寒さをしのげない。モフッとコートの中に顔を隠すとエドリックはふっと小さく笑った。
しばらく進むと少しだけ広い場所に出た。
膝ほどの高さがある雑草が生い茂った場所に降りると、エドリックはごそごそとコートのポケットを漁った。
取り出したのは小さな小瓶だった。
「それは……?」
「遺体の口内に残っていた物を第三騎士団から拝借してきた。他の薬剤と混じった形跡がないことから、おそらくこの葉自体に毒成分があるらしい」
瓶の中をよく観察してみる。
(確かに何かの葉っぱみたい。でもあまりにもヒントがなさすぎるわ)
葉は粉々になっていて形もよく分からない。色もよくある深緑で特徴がなかった。
「これだけじゃ……探すのは無理、ですね」
「俺もそう思う。だがこれしか今は証拠になりそうなものがないんだ」
「検死の結果はどうだったのですか?胃の内容物などを調べれば、もう少し詳しいことが分かったのでは……」
「と思ったんだが、この植物……全ての遺体から検出されなかったんだ」
「えっ……!」
エドリックの言葉に息を飲む。
「この事件……毒性がある植物片が口内に残っているのに死因は全て心臓麻痺なんだ」
外傷のない心臓麻痺。それってつまり……
『全身の筋肉が緩んで急激に硬直する作用を生み出すの。そしてそのまま心臓も動かなくなる。しかも死後その成分は体内から検出されないという万能薬よ』
(あぁ……そう。そういうことなの……)
神様は本当に意地悪なことをする。
思い出したくない死の淵の記憶が、まさかここに繋がってくるとは。
だとすれば私はこの植物を知っている。
見つけられるのは……私しかいないだろう。
「……エドリック。それを貸してくれる?」
「どうするつもりだ?」
不思議そうにしながらも瓶を渡したエドリックの前で、かぽっとその蓋を外した。
そっと鼻を近付けてスンと中の香りを確かめる。
(やっぱり……香りは誤魔化しようがないわね)
甘くてスパイシーな独特の香りに苦笑した。
「エドリック。今から伝える情報を他の人たちにも伝えてください」
「カトレア……」
「運がよければ数日中にこの正体を見つけられます。それから……その毒薬の製造者も」
きっとこれはまだ未完成品。私が殺されたあの日まではまだまだ時間がある。
食い止めるなら今しかない。
「レオナ、絶対に……許さない」
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