デレるくらいなら死ぬ

波辺 枦々

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デレるくらいなら死ぬ

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「来るなら事前に連絡しろって言ってるだろ。洲崎も勝手におもてなしするな」

玄関の靴で姉の来訪を判断したらしい佐野が、慌ただしく部屋に入ってきた。

「真瑠、お前見ない間におっきくなったな。よし、まだ善司ぜんじには似てないな。良かった~安心安心」

佐野は姪がいるのを認めると、駆け寄って頭を撫で始めた。
可愛い姪を前に不満は一瞬でかき消されたらしい。
普段の佐野からは想像出来ない、叔父らしい表情だった。

「おじ!」

真瑠もうれしそうだ。
佐野のことはそのまま「おじ」と呼んでいるらしい。
絵になる二人は、眼福この上ない。

「あんたね、善司に言いつけるよ」
「うるせぇ。真瑠だってスキンヘッドでチョビ髭の大男に似たくないよな?」

どうやら、善司という真琴の夫は強面のようだ。
確かに今の真瑠にはその遺伝子の片鱗は感じられない。
真瑠は何のことか理解していないようだが、うん、と頷いていた。

「てか何しに来たんだよ、あ!泥棒」

机の上に出された四角い缶に気づいた佐野が声をあげた。

「人聞きの悪いこと言わないでよ。これ、洲崎君に渡す予定だったんでしょ?」

真琴は封筒の束を佐野に見せる。
佐野は焦ったように視線を泳がせている。

「…食費くらい渡そうと思ったけど忘れてたんだよ。てか勝手に漁るんじゃねぇよ」

口ごもりながら拗ねたように言うと、真琴の手から封筒をひったくるようにして奪い、それを洲崎の前に置いた。

「…受け取れよ。食費とかで金使ってるだろ?」
「ありがとう。でも好きでやってるから。気持ちだけいただくよ」

元はと言えば洲崎が勝手に始めたことだ。
それに、洲崎にとってはメリットしかない。
その上、お金をもらうなんて、贅沢にもほどがある。
封筒を佐野へ戻した。

「もらっときなよ、洲崎君。これまで扱き使われた慰謝料だと思って」
「慰謝料ってなんだよ。てか家電とかわんさか持ってきてるけど…お前借金まみれじゃないだろうな?」

姉弟が二人して封筒を洲崎に戻した。
ここにきての急な結束に、思わず笑ってしまった。

「…やっぱり、似てますね。真琴さん、お気遣いありがとうございます。佐野も、心配してくれてありがとう。家電は使わないやつとか、もらいものだから、借金についてはご心配なく」

佐野と姉は顔を見合わせてから、気まずそうにしている。
その様子もどこか似ていて、さらに気持ちが和んだ。
けれど、手元にある封筒は受け取ろうという気にならなかった。
佐野の前に丁寧に封筒を置く。
そして正面に座り、向き合う。

「これは受け取れない。お金は要らない。佐野と一緒にいるだけでそれ以上のものをもらってるから。だから、これからも俺が作ったご飯を一緒に食べたいし、出来れば一生、お前のご飯は俺が作りたい」

感謝を伝えるだけのつもりだったが、どさくさに紛れて願望が口から滑り出た。
自分でも、途中から言葉が止まらなくなっているのが分かった。
佐野はポカンとしている。

「…プロポーズ?」

真琴が困惑したようにぼそりと呟いた。
確かに、と洲崎は思った。
佐野を見ると、佐野の顔はみるみる赤くなっていく。

「え、二人は付き合ってるってこと?ちょっと待って、そういうこと?やーん、早く言ってよ。私の勘も鈍ったわぁ。私ね、そういうの気付くのめちゃくちゃ得意だったのよ」
「うるっせぇ、付き合ってねぇよ、ブス!洲崎も変なこと言うな。頭おかしいだろ」

佐野は、プンスカプンスカ、という音が聞こえそうなほど、熱り立っている。

「ブスですって!もぉ、照れちゃって語彙力が小学生みたいになっちゃってるじゃない。見てらんないわ。洲崎君どう思う?」
「もちろん、真琴さんはお綺麗です。でも、照れてる佐野もかわいいですよね」
「はぁ!?死にたいのかお前!」

佐野が洲崎の胸ぐらに掴みかかった。
ぐらぐら揺さぶられる感覚に、懐かしさを覚える。

「やめなさいよ、みっともない」

真琴が佐野のシャツの襟を掴んで引き剥がそうとする。

「おい!シャツ引っ張るなよ」
「あんたこそ洲崎君から手ぇ離しなさいよ!」

(佐野が目の前で兄弟喧嘩してる…貴重だ…)

洲崎は夢でも見ているような気分だった。
もはや感動の域だ。
何時間でも胸ぐらを掴まれていたい、と歪んだ感情さえ芽生えそうな気配だ。

しかし、願望もむなしく、その状況は長くは続かなかった。
騒がしくなった部屋に、鼻を啜るような音が聞こえる。

「うぐっ…」

皆が一斉に手を止めた。
不穏な気配がする方向を見る。
真瑠が今にも泣き出しそうだった。

「けんか…いや…」

大人達は急速に居住まいを正した。

「ごめんな、びっくりしたよな。でもケンカしてないから大丈夫だぞ」

佐野があやすように言った。

「真瑠ちゃんごめんね。おじさん達仲良しだから大丈夫だよ」

続いて、洲崎も言った。
佐野が睨んでくるが、この際気にしないことにする。

「真瑠、もう帰ろっか。叔父さんがこわいこわーいだから帰ろうねー」

佐野は今度は真琴を睨んでいる。
しかし、真琴もそれを気にしていないようだ。
帰り支度をしながらも洲崎に「一旦ぐずり始めたら長くなるから、帰るね」と
小声で教えてくれた。

「それじゃあ、帰るわ。たまには父さん母さんに顔見せなさいよ」
「…わかってるよ」

佐野は面倒そうに返事をした。
玄関まで二人を見送る。
思い出したように、真琴が振り返った。

「そうだ。洲崎君、今後とも愚弟をよろしくね。どっかの誰かさんと違って、洲崎君みたいな良い子が弟になってくれたら私もうれしい」
「だまれ、ブス!さっさと帰れ」

再び顔を赤くした佐野は、一刻も早く姉を玄関から追い出そうとしている。

「もちろんです。気を付けて」

二人は手を振りながら帰っていった。
佐野は少々乱暴にドアを閉めた。
不満があることを、唇を尖らせることによって表そうとしている。

(子どもかよ)

佐野には申し訳ないが、そんな表情を見せられてもかわいいとしか思えない。
先ほどの多少調子に乗った洲崎の行動により、拳もしくは蹴りの一つや二つ飛んでくることは覚悟していた。
しかし、佐野の口から出たのは意外な言葉だった。

「俺のプリンは無いのかよ」

腹の底から笑いが出た。
出来ることなら今すぐにでも抱きしめたい。
許されるのであれば、それ以上のことも。
だが、それをしてしまうと今度こそ本気で怒られそうだ。

「もちろんご用意しております、王子様」

執事風に応えたのがいけなかったらしい。
肩にしっかり、拳が飛んできた。

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