春に落ちる恋

まめ太郎

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「おかえり~。早かったじゃん」
 勝手にキッチンを使ったんだろう。海の目の前には、野菜炒めが湯気を立てていた。
「春も食べるか?」
 いつもなら美味しそうと思う油の匂いも、こいつが作ったものだと吐き気さえ覚える。

「いらない」
 そう言って、換気の為、窓を大きく開けた。
「寒いんだけど」
 海は文句を言いつつ、箸を動かしている。
「ねえ、ここにいつまでいるつもり?もう三日だよ」
 俺は立ったまま、コートも脱がず問いかけた。
「んー」
 海は箸を口に銜えたまま、俺の背後に手を伸ばす。
 俺がびくりと肩を震わせるのを面白そうに見ながら、窓を閉めた。
「まだ俺のこと警戒してんの?言ったじゃん。俺、男は無理だって。あんな場所に突っ込むのも突っ込まれるのもごめんだね」
 海はそう言うと、座ってまた野菜炒めを食べ始めた。
 俺ははあと息を吐くと、コートを脱いだ。

「300万」
 聞こえてきた声に、思わず振り返った。
「それだけ払ってくれたら、動画も消すし、春の前にも二度と現れない」
 海は食べる手を止めず、そう言った。
「そんな金額無理だ」
「まさか、冗談やめてよ。あんな大企業に勤めてるお前のとっちゃ、はした金だろ」
 社会人二年目しては高給取りだという自覚はあった。
 しかし実家に月10万以上の仕送りもしているし、最近は付き合いのために始めたゴルフ用品一式を買い揃えたせいで、貯金を掻き集めても200万ほどしか手元になかった。

「せめてもっと安くしてくれない?」
 なぜ被害者の俺がこんなことを頼まなくてはいけないのか。
 イラつきながら前髪をかき上げた。
「だめだね」
 にべもなく断られる。
 完食した海が、ペットボトルのお茶を開け、飲み、口元を拭った。

「自分で払えないなら、誰かに頼むって言う手もあるんじゃない?」
 海が誰に頼めと言っているのか予想もしたくなくて、俺は睨みつけた。
「とにかく少し待って。考えてみるから」
「分かった。でもそんなに長くは待てないぜ」
 海はにやりと笑うと俺に向かってスマホを振った。
 俺は鼻の奥がツンと痛んだが、こいつの前では涙の一粒もこぼしたくなくて、懸命に下唇を噛んで耐えた。
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