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祈りにも似た願い2
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病院の一階にあるカフェは、閉店時間が迫っているせいか、御剣と弥生しか客はいなかった。
「階段から落ちた時、頭を打った後遺症で高校以降の記憶が全て飛んでしまったんですって。あの子自分がまだ十五歳だと思ってるのよ。おかしいでしょ。」
現在優の父親が海外出張、優の姉である結衣はこちらに向かっている最中とのことだったが、息子が記憶喪失という状態に弥生は一人で直面しながらも、気丈に微笑んで見せた。
「記憶が戻るか戻らないか、色々な症例があるから主治医の方もはっきりとは言えないみたい。幸いというか、他に異常のあるところはないから明日にでも退院していいとは言われたけど。」
「お母さん、僕の知り合いの病院でもう一度検査をしてもらいましょう。記憶を戻す方法が何か見つかるかもしれません。」
「ありがとう。こんなとき怜雄君がいて本当によかった。」
「いえ、僕も思い出して欲しいですから。優に、僕のことを…。」
二人の間に沈黙が落ちる。
机の上で、ハンカチを握りしめた弥生の手が、真っ白になるくらい強ばって、震えていた。
「それでね、怜雄君にお願いがあるの。お医者さんが言うには、今まで通りの環境で生活させたほうが、優の記憶が戻る可能性が高いらしいって。ずうずうしいお願いだとは思うんだけど、優と今まで通り一緒に暮らして、大学のお友達にも会わせてやったりしてくれないかしら?」
「もちろんかまいません。優の記憶が戻るなら何でもするつもりです。」
怜雄の言葉に弥生はうっすら涙ぐむと言った。
「優は本当にいいお友達を持ったわね。」
御剣と優の本当の関係を知らない弥生のその言葉に、御剣はあいまいな笑みを浮かべながら、コーヒーカップに口をつけた。
翌日、知り合いの病院に事情を話し、検査を依頼したが、今は予約がいっぱいで検査は早くても一ケ月後になると言われた。
御剣は礼を言って電話を切ると、うろうろと自宅のリビングを歩き回った。
覚悟を決め、一つの番号に電話を掛ける。
「久しぶりね、怜雄。あなたから電話をもらえるなんて、今日は良い日だわ。」
ワンコールでつながった電話口で、清香はそう言った。
「あんたと無駄話するつもりはない。優が、頭を強く打ったショックで記憶を一部失っている。あんたの知り合いの病院で至急、検査予約を入れてもらえないか?」
「優君が?!大変じゃない。すぐ手配するわ。」
「頼む。」
それだけ言って、怜雄が通話を切ろうとすると、清香の声が聞こえた。
「怜雄。あなたは大丈夫なの?」
「何がだ?」
「優君、もしかしてあなたのことも忘れてしまってるんじゃない?辛くはないの?」
辛くないかと言われれば、辛いに決まってる。
しかしこの女にそれを言って何になるというのだろう。御剣は奥歯をぎりりと噛みしめた。
「あんたには関係のない話だ。とにかく病院の方、頼んだぞ。」
通話を一方的に切ると、御剣はソファに座り、無意識に隣に手を伸ばした。
いつもそこにあるぬくもりが感じられず、御剣はため息をつくと、テーブルの上に乱暴にスマホを投げた。
「階段から落ちた時、頭を打った後遺症で高校以降の記憶が全て飛んでしまったんですって。あの子自分がまだ十五歳だと思ってるのよ。おかしいでしょ。」
現在優の父親が海外出張、優の姉である結衣はこちらに向かっている最中とのことだったが、息子が記憶喪失という状態に弥生は一人で直面しながらも、気丈に微笑んで見せた。
「記憶が戻るか戻らないか、色々な症例があるから主治医の方もはっきりとは言えないみたい。幸いというか、他に異常のあるところはないから明日にでも退院していいとは言われたけど。」
「お母さん、僕の知り合いの病院でもう一度検査をしてもらいましょう。記憶を戻す方法が何か見つかるかもしれません。」
「ありがとう。こんなとき怜雄君がいて本当によかった。」
「いえ、僕も思い出して欲しいですから。優に、僕のことを…。」
二人の間に沈黙が落ちる。
机の上で、ハンカチを握りしめた弥生の手が、真っ白になるくらい強ばって、震えていた。
「それでね、怜雄君にお願いがあるの。お医者さんが言うには、今まで通りの環境で生活させたほうが、優の記憶が戻る可能性が高いらしいって。ずうずうしいお願いだとは思うんだけど、優と今まで通り一緒に暮らして、大学のお友達にも会わせてやったりしてくれないかしら?」
「もちろんかまいません。優の記憶が戻るなら何でもするつもりです。」
怜雄の言葉に弥生はうっすら涙ぐむと言った。
「優は本当にいいお友達を持ったわね。」
御剣と優の本当の関係を知らない弥生のその言葉に、御剣はあいまいな笑みを浮かべながら、コーヒーカップに口をつけた。
翌日、知り合いの病院に事情を話し、検査を依頼したが、今は予約がいっぱいで検査は早くても一ケ月後になると言われた。
御剣は礼を言って電話を切ると、うろうろと自宅のリビングを歩き回った。
覚悟を決め、一つの番号に電話を掛ける。
「久しぶりね、怜雄。あなたから電話をもらえるなんて、今日は良い日だわ。」
ワンコールでつながった電話口で、清香はそう言った。
「あんたと無駄話するつもりはない。優が、頭を強く打ったショックで記憶を一部失っている。あんたの知り合いの病院で至急、検査予約を入れてもらえないか?」
「優君が?!大変じゃない。すぐ手配するわ。」
「頼む。」
それだけ言って、怜雄が通話を切ろうとすると、清香の声が聞こえた。
「怜雄。あなたは大丈夫なの?」
「何がだ?」
「優君、もしかしてあなたのことも忘れてしまってるんじゃない?辛くはないの?」
辛くないかと言われれば、辛いに決まってる。
しかしこの女にそれを言って何になるというのだろう。御剣は奥歯をぎりりと噛みしめた。
「あんたには関係のない話だ。とにかく病院の方、頼んだぞ。」
通話を一方的に切ると、御剣はソファに座り、無意識に隣に手を伸ばした。
いつもそこにあるぬくもりが感じられず、御剣はため息をつくと、テーブルの上に乱暴にスマホを投げた。
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