全部、抱きしめる

まめ太郎

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「そんなことっ」

 必死に言い返そうとする俺の耳に衝撃音が届き、車体が揺れる感覚があった。
 外を見ると樹が鬼のような形相で、フロントガラスに拳をあてていた。
 樹が拳でもう一度ガラスを殴る。
 樹の手の甲が裂け、フロントガラスがべっとりと血で汚れた。
 舌打ちをした蔵元がロックを外す。

 扉は外から開かれ、樹が俺の二の腕を掴み、車外に引きづりだす。
 樹は自分の体を俺と車の間に割りこませた。

「今度俺の家族に近づいたら、死んだ方がマシだと思うような目にあわせてやる」
「もう十分あってるよ」
 蔵元はそう呟くと、扉を閉め、車を猛スピードで発進させた。 
 樹は俺をそのままマンションの入口に引っ張って行った。

 雨は小降りになっていて、俺はほとんど濡れずに済んだが樹はびしょ濡れだった。
 白いシャツが上半身に貼りつき、肌の色が透けてみえる。
 俺のこと相当捜したんだな。
 俺はそんな樹にかける言葉が見つけられなかった。

 樹は俺の手を握りしめたまま、マンションの非常階段の扉を開けた。
 そこは普段ほとんど使う人間はいない。
 薄暗い三畳ほどのスペースでようやく樹は俺の手を離した。

「樹、手が」
 先ほどガラスを殴った時にできた傷口から樹の指先にかけて、血が滴り落ちている。

「そんなことどうだっていい。それより蔵元の用件はなんだったんだ」
 俺は言葉に詰まり俯いた。
 樹がこの場所を選んでくれたのは正解だった。
 唯希や冬の前では到底こんな話題は話せなかった。

「染崎が子供を産んだって。ベータの女の子らしい」
「それでアルファの唯希を取り返しに来たってわけか」
 言い当てられて驚いた俺は、思わず顔を上げ、樹をまじまじと見つめた。

「あの下種野郎の考えることくらい分かるさ」
 樹が口の端を歪めた。
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