添い寝屋浅葱

加藤伊織

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玲一編

二度目の「お昼寝屋」

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 ノー残業デーが水曜日であることを、玲一は心底ありがたく思った。週の半分を乗り切ったという達成感と、残るは二日だけという少し得をした感じがあるからだ。水曜日である趣旨もそういったところなのだろう。
 その半分を越えたところにある自分への褒美がお昼寝屋で、ゲームで言うところの回復ポイントだな、などと思ったりもしている。

「いらっしゃいませ」

 先週よりも1時間早く着いた店内では、また浅葱がフロントで出迎えてくれた。
 一度会っただけだが、彼には玲一の事情を話している。知った顔がそこにあるというだけで、かなり安心するものだ。

「こんにちは。今日は3時間コースをお願いできるかな。添い寝付きで」

 真新しい会員証をトレイの上に出しながら尋ねる。それを受け取って浅葱はかしこまりました、と答えた。

「コートをお預かりします」

 玲一のコートを受け取った浅葱は、クローゼットにそれを掛ける前に軽くブラッシングしてくれた。自然にそういうことをしてくれる辺りが、この店の質の良さを表している。

「枕はどれをお使いになられますか?」
「先週買わせてもらった馬毛の枕、家で使っていても凄く良くて感動してる。でもせっかくだから今日は別のもので……そば殻の、セパレートになってるのをお願いするよ」
「はい。それではそば殻のセパレートをご用意いたします。――フロントお願いします」

 レジ横のベルを浅葱が鳴らすと、奥から女性スタッフらしき声で応答があった。そのスタッフがフロントに入ったのと入れ替わりで、館内着とそば殻の枕をふたつ入れた籠を持った浅葱が玲一を部屋へと案内した。

「この枕は頭の部分を低く、首に当てる部分をそこよりも少し高めになるようにそば殻を入れております。高さをご確認ください」

 着替えを済ませてから浅葱の説明を受けて、言われるままに玲一は横になって枕の上に頭を乗せた。若干、首の部分の支えが物足りないのでそれを正直に告げる。

「高さはよろしいでしょうか?」
「少し低い、かな」
「首の部分に少し足しましょう」

 浅葱は枕を玲一から受け取って首に当たる部分のファスナーを開けると、籠に一緒に入っていた予備のそば殻を詰め始めた。枕を立てて、散らばらないように差し込んだ漏斗のなかにそば殻を入れるとさらさらという心地のいい音がする。
 繊細に動くその手元を興味深く見ながら、そば殻の枕など古臭いと思っていたが合理的なのだなと玲一は認識を改めていた。中身を足したり抜いたりできるという所はパイプやビーズと同じだし、ビーズのように細かすぎるわけでもなく、通気性もいい。馬毛の枕に満足しているので今は枕を増やしたいとは思わないが、布団のように夏と冬で変えてもいいかもしれないとも思い始めた。

「そういえば、ここのアロマのオリジナルブレンドに入っていたのは何だっけ? この前聞いたのを忘れてしまって。差し支えない範囲でもう一度教えてもらえると嬉しいな」
「ラベンダーとマージョラムをベースに、柑橘系がいくつかとベンゾインです。何をどのくらいというところまではお教えできませんが……後でメモをお渡ししましょうか」
「それは助かるよ、ありがとう。やっぱりラベンダーかぁ。アロマテラピーの本を読んでそんな気はしたんだけど。後で知ったけど、ラベンダーって有名なんだね」
「最初に一種類だけ手元に置くものを選ぶならラベンダーだと、私も店長から教わりました。――準備ができましたので、どうぞごゆっくりお休みください」

 少しだけ高さを増したそば殻の枕にカバーを掛け終えて、浅葱は布団をめくって玲一に促した。彼ともう少し話していたかったけれども、ここは眠るための場所であり、浅葱もお喋りの相手が仕事なのではない。心の片隅に残念に思う気持ちが引っかかりつつも、玲一は布団に入った。
 やはり、何とも言えない心地よさだ。湿気がまるでないし、家のベッドではどう頑張っても味わえない特別感がある。適温の風呂に浸かったときのようなため息が思わず零れた。

「失礼します」

 無駄に布団をめくることはなく、隣に浅葱が入ってきた。前回と同じく玲一と肌が触れ合わない程度の近さに落ち着くと、ゆっくりとした深い呼吸がすぐに始まる。
 首を傾けて、玲一は浅葱の寝顔を眺めた。
 変に力んだところのない、落ち着いた寝顔だった。薄暗い中でも通った鼻梁や長くてはっきりとした睫毛がよく見える近さだ。
 白い枕カバーの上には濃茶の髪が散っているが、鬱陶しさは感じない。彼にはむしろ清潔感がある。きっとこの店のスタッフとしては、清潔感は大事な要素なのだろうなと玲一は思った。
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