添い寝屋浅葱

加藤伊織

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浅葱編

悠里の部屋で

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 誰かひとりに心を捧げてしまったのに、ウリ専を続けていくことはできなかった。他の男はどうか知らないが、悠里はそうだった。
 お昼寝屋では浅葱のままだが、今は本当の名前を呼んでくれる人がいる。
 あまり好きだとは思ったことのない名前だが、玲一に呼ばれる度に嬉しくなる。


 猫の保護を玲一に手伝って貰った土曜日、その礼にと悠里は玲一を自分の部屋へ呼んでいた。
 ペット飼育可の悠里のアパートは古い。確か築40年だったか。一度リフォームは入っていて、以前は畳だったというところはフローリングになっていたし、建物が古いせいか押し入れが多かったり壁が意外に厚かったりするので、家賃の割りには得な感じがする。

「お邪魔します。綺麗にしてるね。悠里らしい感じがする」
「猫がいるから迂闊なものは置けないんだ。適当に座ってくれ」
「猫? あっ、これ猫か! 何でこんなところに石が置いてあるんだろうって思った!」

 玲一が驚くのも無理はない。玄関を入ってすぐのダイニングキッチンの片隅に、頭を埋めるようにくるんと丸くなって灰色の猫が寝ていたからだ。普通猫は何かの上で寝るのが好きだが、こいつはそうではない。眠くなったところで寝るのだ。そういう猫だった。

「ドン、ほら、お客様だぞ」
「……ふぅ」
「ため息吐いたよ!? この猫」

 足先でつついても灰色の老猫は少し顔を上げただけで、玲一を一瞥するとまた自分の脚の間に顔を埋めた。

「鈍くさいから、ドンだ」
「わかる」

 キッチンに置いてあるひとり用のローテーブルの前に座りながら、玲一は頷いた。
 鍋に湯を沸かしている間に野菜とウインナーを刻む。
 並べた野菜は玉葱と人参とピーマン。作ろうとしているのはナポリタンだ。料理上手の玲一に手料理を食べさせるのは緊張するが、どうしても食べて欲しいという気持ちがあった。

 材料を切り終えて湯が沸くのを待つ間に、玲一の向かいに座って悠里は話し始めた。

「ここに部屋を決めて引っ越してきたときに、こいつがこの部屋のドアの前にずっと座ってたんだ。挨拶がてら隣の人に聞いたら、前にここに住んでた奴が引っ越すときに置きざりにしていったそうだ。ここはペットが飼えるけど、引っ越し先では必ずしも飼えるとは限らない。だからって捨てていくことはないだろうって隣の人も怒ってた。餌は、ここのアパートの人たちが適当にあげてたらしい。
 だから、俺がこの部屋で飼うことにした」

 時々ぷすりと寝息を立てる猫を見やる。少し変わった猫だが、愛着はある。拾ったときには長い毛があちこち毛玉だらけになっていて、それを切り取ってブラッシングするのが一苦労だった。

「飼い主が帰ってきてくれるのを、待ってたんだろうね」
「多分、そうなんだろうな」

 悠里が拾った時点でドンは既に高齢だった。人間好きだが猫嫌いという気難しさはあるが、普段は大人しい猫で人見知りもしないから今も玲一に撫でられて寝場所を玲一の隣に移していた。

「他の猫が大嫌いだから、こいつがいる限り2匹目は飼わないことにしてるんだ。ドンの面倒を見てやれるのは多分俺だけだし、年寄りだからそう長くない」

 湯が沸いたのでパスタを入れて茹で始める。その間にフライパンを出して具を炒めた。隠し味とケチャップを入れて、味を確認する。
 パスタが茹で上がると、フライパンにそれを移して少し炒めながらケチャップを絡めた。最後に少し強火で仕上げて、2枚の皿に盛り付ける。

「あんたみたいに凝った料理が作れるわけじゃないが。甘めだから、辛いのが好きならタバスコを掛けろ」

 粉チーズとタバスコをテーブルに置いて、玲一にフォークを渡す。彼はそれを受け取りながら顔を綻ばせた。

「いや、美味しそうだよ。喫茶店のメニューみたいだ。いただきます」

 フォークでくるくるとパスタを巻き取って、玲一はパクリと大きめの一口を頬張った。
 その目が見開かれて、驚きで口元が震える手で覆われる。

「すっごい美味しいよ……どうしよう、飲み込むのがもったいない」
「口の中で腐らせるつもりか? ちゃんと食べろ」

 予想以上のリアクションに驚きながら、思わず悠里は玲一を叱った。玲一は驚きに顔を強ば
らせたままで皿を凝視している。

「えっ、えっ、これどういう作り方してるんだい? 僕が今まで食べたナポリタンの中でダントツに一番美味しいよ。待って、さっきちらっと見てた限り特別なものって何も使ってないよね? どんなコツが」!
「……企業秘密だ」
「秘密!」
「教えたらあんたはこのくらい簡単に作れるようになるだろう? いいじゃないか。ひとつくらい、俺の方が上な料理があったって」

 あまりに褒められるので気恥ずかしくなって、悠里は横を向いて口を尖らせた。そんな悠里を見て、んんんんん、と叫びながらフォークを持ったままで玲一が悶絶した。

「君のことをしっかりしてるって思ってきたけど、ベッドの上以外で可愛いと思う日が来ると思わなかった」
「おい、そういうことを言うのはやめろ」

 鼻をひくつかせたドンが立ちあがり、テーブルに手を掛けて皿を覗き込んだ。悠里に向かってうにゃっとダミ声で鳴いて食事の催促をしてみせる。

「食べ終わったらご飯を出すから、これは駄目だ」
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