王妃様は真実の愛を探す

雪乃

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第一部  第三章   過去2年前

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 トーマス・ジェンセン。
 ルガートの『紅蓮の騎士』と異名を持つ日に焼けた褐色の肌に燃える様な紅い髪と黒い瞳をした、騎士らしくガタイのいい男だ。
 第二騎士団の副団長だが剣の腕も申し分なく性格も大らかで人望も厚い。
 騎士見習いの時よりラファエルに忠誠を誓いシャロン滅亡に追いやる戦でも目覚ましい程の活躍で、先の戦ではラファエルより直接ねぎらいの言葉も掛けられた程だ。
 そうラファエル自身も認めている将来有望な騎士の1人で、そう遠くない将来彼は騎士団長へなるだろう――――その男が彼の目の前でフィオを、いや正式には彼の妃であるエヴァンジェリンへ懸想けそうしているのだ。
 その想いが通じるかは別として……。

 ラファエルは男の正体を知った瞬間頭痛を覚えた。
 きっとあのジェンセンの口振りからして昨日今日出会ったものではないらしい。
 様子からして彼の片思いだというのもわかるが、何より彼女が彼の想いに全く気付いていないというのか、あまりのあっさりとした対応に同性として何とも物悲しさを感じつつも、心の何処かでほくそ笑んでいる自分がいる。
 なのにっ、フィオは何も感じていないとはいえっ、ジェンセンの親へ彼女を紹介したいと言っている時点で何故彼女は暗にを示唆されていると気付かないのだっっ!!
 あれだけわかりやすく言われていれば誰でもわかるだろう、ジェンセンが外堀より埋めようと画策している事くらいはっっ!!
 なのに如何どうみても彼女は気が付いていないし、といってジェンセンは既に脳内お花畑と化して彼女がその意味を理解していない事さえわかってはいない。

 根はいい男なのだ。
 いい男だけに彼女を取られたくないと思ってしまう自分はどうなのだ……と思わず自問自答するが、だからと言って彼女をどうしたいのかがまだ定まってはいない。
 何とも滑稽でつ情けない話だ。
 ジェンセンや他の男に彼女をゆだねる事をしたくはないと思っていても、自分に彼女を幸せにする資格はあるのだろうか?
 色んな意味で自分は彼女に相応しくないかもしれない……と日が暮れてからもラファエルは考えていた。

 コンコン……。

「エル、入りますよ」
「あぁ……」
「何かあったのですか、お昼頃より何か浮かない様子でしたが……」
「いや、少し考え事だ、気にしなくともよい」
「そうですか、フィオも心配していましたよ。帰り際ですって」

 マックスは咄嗟にフィオの口振りを真似しおどけて見せる。
 その様子にラファエルは思わず渋い顔をしてしまった。
 幾ら口振りを真似ても30歳を超えた男がやっていいものではない、イタ過ぎるだけだ。
 それにどんなに真似てもあの愛らしさは到底真似出来るものではない。
 あの姫に変わる者等何処にもいやしない。
 彼女はこの世でたった一つしかない凛とした美しさを持つ百合の花。

「――――ックス」
「なんでしょうか?」
「今日ジェンセンが来ていたな」
「……あっ、あぁジェンセン……ですか、そうですね今日だけでなくかれこれ3カ月と少し……彼は王妃様の元へ通い詰めていますね」

 マックスはラファエルに尋ねられややオーバーリアクション気味に答えてみせる。

「――――3ヶ月だと?」
「ええ、3ヶ月前に王妃様へジェンセンはプロポーズをしましたよ」

 勿論笑えるくらいの塩対応だったけれど……という事をマックスは暗に黙っていた。
 その事で少しくらい彼が動揺をすればいいと思ってもいたし、これが引き金となりフィオへ気持ちが少しでも傾けばいいと考えていたのだ。
 しかしそれを聞いたラファエルは思った以上に動揺していた。
 3ヶ月も自分の知らない所で彼女の傍にジェンセンはまとわりついていたのかと!!
 彼女自身のあの対応を見ている限り心を許している訳ではないにしろ、このままでいい訳等ないのだっっ。
 一刻も早く彼女よりジェンセンを遠ざけねばならない。
 恋とか愛等言う前に彼女を誰にも触れさせる訳にはいかない!!
 そう瞬時に決断したラファエルはマックスに命じる。

「――――第二騎士団に今回の人攫いの犯人を挙げさせろっっ!! 今直ぐだっ、犯人を挙げるまで休暇もなしだっっ!!」
「エルっ、それは幾らなんでも――――」

 ヤバっ、薬が効き過ぎたか……と休暇返上は幾らなんでもやり過ぎだとたしなめようとしたが逆に部屋の気温が氷点下に下がるくらいの双眸で睨まれてしまい結果、マックスは何も言えず早々にチャーリーへその旨を連絡する。
 だからしてジェンセンがお楽しみにしていた休暇はこの瞬間露と消えてしまったのだ。
 マックスは心の中でジェンセンに「済まない、そしてご愁傷さま」と謝罪する。
 そんな横暴な指示に何の良心の呵責も感じる事なくラファエルは、マックスが部屋を辞した後残りの書簡に目を通していたがふと窓より見える夕闇の染まる空へ彼の持つ深い湖の様な仄暗い蒼い双眸を静かに向けた。


 ドサっっ。

「――――所詮しょせんまがいモノは紛いモノでしかないね、どれも彼女とは似て非なるものだ。さっさと処分してよ、見ているだけで胸糞悪くなる」
「…………」
 
 闇の中にほうり出されたのはどうやら女性とみられる人間であった者。
 だがその女性はもうこの世のものではないらしい。
 女性だったと思われるその身体中には殴られ蹴られた痣以外に首や手足には紐で縛られた生々しい痕や、衣服を身につけていないその裸体には所々乾燥し、カピカピになった白濁したモノが何か所も認められた。
 また弛緩しきった口元は緩んで半開きとなり、その女性の眼球は醜くえぐり抜かれている。
 きっと生前は美しい髪だったであろうモノはナイフの様なモノで乱雑に切られており見るも無残な姿だった。
 少しは抵抗をしたのであろう……腕や顔のあちこちに切り傷が幾つか認められる。
 そして闇の中であちこちに散らばっていたのは勿論彼女の髪だった。
 やや薄汚れてはいるがその色は間違いなく赤毛交じりの金色ストロベリーブロンドの髪だ。
 男はゆったりと椅子に座り片手にワイングラスを持ち、テーブルの上に活けられている白い百合の花に蕩けるような視線を向けている。

「あぁ早くこの手に入れて君の悦び悶える様から恐怖で苦しみ引き攣きつらせ、あの美しい顔をゆがませてくれないだろうか。そして僕だけの為に、そう、僕しか与える事が出来ないその屈辱の中で君を死ぬまでけがしてしまいたいよ……愛するエヴァンジェリン」

 そう言い終わるとラファエルの持つかげりのある蒼い双眸でなく、同じ青い瞳でも明るく真っ青な空を思わせる天色あまいろの双眸が、闇の中で可憐に咲き誇っている百合の花を射抜く様に見つめていた。


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