【第一部完】皇帝の隠し子は精霊の愛し子~発覚した時にはすでに隣国で第二王子の妻となっていました~

黒木メイ

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第一部『ベッティオル皇国編』

不穏な事件と、密やかな防衛線(2)

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 アルフレードがポツリと呟いた。
「必死に抵抗したという割には無傷だな」
 その呟きは思いのほか響いたようで、フランコが非難の目をアルフレードに向けようとした。が、アルフレードの美貌に見惚れ、固まる。一目で魅了されたフランコに、アルフレードはうっすらと笑みを浮かべ、話しかけた。
「お怪我はありませんでしたか?」
「は、はい! ありません!」
 先ほどのアルフレードの呟きを忘れてしまったかのように、フランコは頬を紅潮させコクコクと頷き返している。
「賊の顔を見ましたか?」
「はい! あ、いえ! み、見ておりません!」
 フランコの反応に、アルフレードの笑みが深まる。
「本当ですか?」
「は、はい。お、おそらく」
「おそらく?」
「い、いえ、あの、その、な、なにぶん突然のことだったので、き、記憶があいまいでして……」
「そうですか。……でしたら仕方ありませんね。もし、なにか思い出したことがあったら教えてくださいね?」
「は、はい」

 賊はフランコが知っている人物(集団)の可能性が高いということがわかっただけでも上々。と、アルフレードはそれ以上の追及はせずに引いた。あからさまにほっとした様子でフランコが顔を逸らす。その時、彼の視界にリタが入った。

「おや? そちらの方が着ているドレス、少々手が加えられてはいますが、もしやステファニア様へお渡したものでは……」

 さすが商人。めざとい。皆の目がリタに集まる。すぐにステファニアが動いた。

「私が彼女、第二王子の妻であるリタ王子妃にお近づきの印に譲ったの。お父様からのプレゼントはたいへん嬉しかったのだけど、私はすでにたくさんドレスを持っているから。それにほら、私よりも彼女の方が似合うでしょう?」
「皇帝陛下には申し訳ないが……実は俺の方が先にステファニアへ大量のプレゼントをしてしまっていたんだ。それに、俺としてはやはり、俺が選んだドレスをステファニアに着てもらいたい。ステファニアとリタは本当の姉妹のように仲良くてな。先ほども二人でティータイムを楽しんでいたんだろう?」
「ええ、そうなの。ねえ、フランコ。このことはお父様には内緒にしてくれるかしら?」
「もちろんですとも。それにしても、リタ王子妃殿下は紫の瞳をお持ちなのですね」
「そう。だから私、リタのことを他人だとは思えなくて」
「ええ、ええ。そうでしょうとも。こうしてお二人並んだ姿を見ると、血の繋がった姉妹のようです」
「まあっ」とステファニアが嬉しそうにほほ笑む。
「本当にリタ様は紫色のドレスがとてもよく似合っておられる。そうです! わが商会では紫色のアイテムを多数取り扱っております。次に来る際はそちらも併せてお持ちしても? お二人でお揃いのものを持つというのもよろしいかと」
「それは素敵ね。ぜひ、頼むわ」
「かしこまりました」

 フランコは頭の中で計算をしているような、下卑た笑みを浮かべながらリタを見た。リタはステファニアを見習い、強張りそうになる頬に力を入れ、なんとか笑みを保つ。アルフレードが口を挟んでフランコの気を逸らそうとした時、再びノック音が響いた。今度は誰だとアルフレードが扉を見やる。
 伝令係はベッティオル皇国よりアドルフォ皇太子殿下の使者が来たことを告げた。

 アレッサンドロが入室の許可を出すと、糸目のひょろひょろとした男が入ってきた。
 ステファニアの顔が強張る。この狐のような胡散臭さを醸し出している男には見覚えがあった。アドルフォ直属の若手廷臣カレル・エルミ。

 カレルはアレッサンドロたちへのあいさつもそこそこに、ステファニアへと足を進めた。
「ステファニア皇女殿下。アドルフォ皇太子殿下より、婚約祝いの品と手紙を預かっております」
「アドルフォお兄様から?」
「はい」
 差し出した品と手紙は、ステファニアの代わりに侍女が受け取る。
「そう。……お返事を今すぐ書きたいところではあるのだけれど、今少々込み合っていて、少しの間待っていてくれるかしら」
「もちろんでございます。しかし……これはいったいなにがあったのですか?」

 カレルとフランコはどうやら知り合いらしい。フランコはカレルの視線から逃れるように顔を背けている。なかなか口を開かないフランコに代わって、ステファニアが説明をした。

 カレルは「そうでしたか」と頷く。そして、思案顔になった。
「この惨状をダニエーレ皇帝陛下に伝えれば、御心を煩わせることになるでしょうね」
 その一言に、フランコは青ざめた顔になり、下唇を嚙み、微かに震える。
 カレルはフランコを見やりながら、「ですが」と続けた。
「幸い、アドルフォ皇太子殿下からの品が代替品として利用できます。これを皇帝陛下からの品とし、今回の事件は内密にするのはいかがでしょう」
 フランコが顔を上げる。その目には希望の色が宿り始めていた。
「そ、それはありがたい話ですが……」
 カレルがにっこりとほほ笑み返す。
「大丈夫ですよ。アドルフォ皇太子殿下は理由をきちんと話せばわかってくださる方ですから。それよりも、今のダニエーレ皇帝陛下に今回のことをそのまま告げるのは避けた方がよいかと……」
 フランコは一応考え込むような素振りを見せ、頷いた。
「では、お願いしてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろん」
「感謝いたします」
 口裏を合わせるために、フランコとカレルの間で細かい話し合いが始まる。その間にステファニアは侍女にレターセットを持ってくるように指示を出した。

 各々が動き始めたのを見て、リタはそろそろいいだろうと手を挙げた。
「あ、あの! 負傷した方々の治療をしてもよろしいでしょうか?」
 ステファニアが固まり、アルフレードが真顔になった。
 ――え? あ、あれ、まだダメだった?
 リタが内心焦る中、アレッサンドロがすぐにフランコに向けて口を開く。
「リタは腕のいい薬師でもあるんだ! 彼女の作った傷薬の効果についてはわが騎士団のお墨付きでね。どうだろう? 彼女に護衛たちの治療を任せても?」
「え、ああ。はい。それはどうぞご自由に……」
 どうでもいいというような反応のフランコ。
「そうかそうか。では、リタ。治療を頼む。ステファニアはアドルフォ皇太子殿下への返事を。俺はアルフレードとともにフランコ殿から今一度話を聞かせてもらおうじゃないか」
「そうですね。犯人を捕まえるためにも、ぜひもう一度話を聞かせていただきたいですね」
「え、あ、犯人を捕まえるのですか?」
「当然だ! フランコ殿たちだってこのまま犯人が野放しにされたままでは、安心などできないだろう。犯人は必ず捕まえ、罪を償わせなければ。そうだ! 帰りはわが国からも護衛をつけよう。なに、わが国には腕っぷしが強い者がそろっているからな。帰りは安心するがいい!」
 はっはっはと豪快に笑うアレッサンドロと、目だけは冷めたままうっすら笑みを浮かべるアルフレード。我関せずのカレル。フランコは頬をひくつかせながら、「ありがとうございます」と返すことしかできなかった。

 アルフレードとアレッサンドロが皆の視線を集めている中、リタはケガ人たちの元へと行き、話しかけていた。
「傷口を見せてもらってもいいですか?」
「あ、いや、でも」
 包帯を巻いただけの様子の彼らは顔を見合わせ戸惑っている。こんな可憐な少女にグロイものを見せていいのかという反応。リタはむっとした表情で言う。
「私は薬師ですよ。気にせず見せてください。はい。最初は一番ひどいあなたから」
「あ、は、はい」
 返事をしながらも動かない男にじれたリタが勝手に手を伸ばし、包帯を外す。そして、その下から出てきた傷跡を見て眉間に皺を寄せた。
「アンナ」
「はい」
 どこからともなく現れたアンナに男はビクッと反応する。アンナはトランクを開け、リタに向ける。リタはその中から、水が入ったボトルと清潔な布を取り出した。それで傷口を洗い、拭き、きれいにする。そして、リタ特製の傷薬を塗った。すると、痕が残りそうなくらい深かった傷口がみるみるふさがっていく。軽い傷はすっかり消えてしまった。
「ええ?!」
 目の前の光景が信じられず大きな声を上げる男。

 周りで見ていた男たちも「え? え?」と驚いている。その声を聴いて、フランコが興味を示そうとしたが、アレッサンドロとアルフレードに話しかけられ、邪魔されてしまった。

「完全に痕を消すためにも、この薬を毎日朝晩塗ってくださいね。お風呂に入るときは患部を保護して、できるだけ濡らしたり触ったりしないように。貧血症状は今のところ出ていないようですけど、念のため気を付けてくださいね。もしもの時には、ワインに鉄の剣を浸してから飲んでいただければ……って聞いてますか?」
「あ、は、はい! え、っていうか、こんな、もらえません! お金がっ」
「大丈夫です。今回の件でできた傷については、料金はいただきませんので。気にしないでください。はい、次の人!」
「は、はい」

 残りの二人は軽傷。パパッと治療してしまう。男たち三人は傷薬の効果の高さにおどろきっぱなしだった。一方、リタは一仕事を終えて満足げ。リタの中ではこれくらいは普通の範疇。騎士団に渡している物と同じ物だから特に問題ない、と思っていた。
 だからだろう。リタが己を見つめるカレルの視線に気づけなかったのは。そのことに気づいたアルフレードとステファニアの顔は強張る。
 カレルがリタへと話しかけようとしたその時、テーブルの上に置いてあったレターセットの紙が一枚、誰も触れていないはずなのに落ちた。しかも、カレルの足元に。

『ナイスコントロール!』
『ふんっ』
 ロッソの誉め言葉にネロは「これくらい簡単よ」とでもいう感じで返す。

 目の前に落ちた紙を無視するわけにもいかず、カレルは手に取り、ステファニアに差し出した。
「ありがとうカレル。そういえば、お兄様の調子はどうなのかしら? 忙しくて体調を崩していない?」

 兄思いの妹の仮面を被り、尋ねるステファニア。カレルはアドルフォの近況を語りながらも、ちらりと視線をリタに向けた。が、その時にはもうアルフレードがこちらに背を向けるようにして、カレルとリタの間に立っていた。

 結局、カレルはリタと直接言葉を交わすことなく、ステファニアからの手紙を預かり、帰っていった。フランコも元気になった護衛を連れ、一旦宿泊予定の宿へと下がっていった。アレッサンドロの命令を受けた騎士たちと共に。
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