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小さい頃からずっといじめられていたあたしだけど、実は唯一、友達と呼べそうな関係の人がいた。
彼女の名前は和美ちゃん。
中学二年生のとき同じクラスだった。
あたしとまともに接してくれた、たった一人の女の子だった。
中学二年生の時が一番いじめが酷くて、クラスの女子たちから毎日聞こえよがしに悪口を言われたり、私物を捨てられたりしていた。
いじめられ慣れているあたしでも結構キツかったんだけど、それでも乗り越えて学校に行けていたのは和美ちゃんがいたからだと思う。
あたしと和美ちゃんが初めて話したのは、ある放課後だった。
あたしが忘れ物をして教室に戻ったら、和美ちゃんは自分の席で本を読んでいた。
窓際の席で、西日が彼女の綺麗な横顔を照らしていて、美術品を見ている様だった。
つい見惚れていたら、和美ちゃんがあたしに気づいて「何?」と聞いてきた。
そりゃずっと顔を見られていたら何か用があると思うよね。
あたしは急に話しかけられた驚きと、彼女の顔を不躾に見ていた気まずさで慌ててしまい、咄嗟に「何を読んでいるの?」と聞いた。
あれだけ見つめといて、「何でもない」と言えるほど面の皮は厚くない。
化粧は厚いけどね。
「『十二番目の天使』。知ってる?」
和美ちゃんは答えてくれた。
あたしにとって、それは初めてクラスメイトと交わしたまともな会話だった。
それがきっかけで、あたしは和美ちゃんと話すようになった。
和美ちゃんは不思議な子だった。
あたしと同じで一人ぼっちだったんだけど、彼女の場合はあたしと違って彼女がそれとなく他人を遠ざけているようだった。
周囲の子もそれを察してか、彼女に近づこうとはしなかった。
他の子は彼女といても楽しくないからか近づかないようだけど、あたしは距離感が分からず近寄っちゃって、それがきっかけで和美ちゃんと次第に打ち解けた。和美ちゃんもあたしには心を開いてくれていたと思う。
和美ちゃんはいつも本を読んでいた。
ドストエフスキーとかヘミングウェイとか、外国の小説を好んで読んでいたみたい。
あたしはタイトルを聞いてもちんぷんかんぷんで覚えられなかった。
自分で本は読まないけど、和美ちゃんの本の感想を聞くのは楽しかったから、いつも話しかけては本の感想を聞いていた。
うちの中学には朝の読書時間があって、みんな好きな本を持参して読んでいた。
あたしが直接話した訳じゃないけど、周囲から聞こえてくる話からすると、他の子は流行りのライトノベルだったり、ファンタジー小説だったりを持ってきて読んでいたみたい。
十数年前に最年少で文学賞を受賞した小学生が書いた、今は絶版になっている小説とかを大事そうに持っているって話しているのを聞いたりもした。
でも和美ちゃんはクラスのみんなとは一線を引いていて、あまり他の子と本の話題で盛り上がっているのを見たことがなかった。
一人で楽しむタイプなんだろうね。
でも、あたしが本を読んでいる和美ちゃんに一方的に話しかけると、和美ちゃんはこちらに一瞥もくれずに、相槌をうってくれた。
あたしはそれが嬉しかった。
「和美ちゃん、今日は何を読んでるの?」
和美ちゃんの前の席に座って、振り返るようにして椅子の背もたれに肘を置いて和美ちゃんを見た。
「『ファントム オブ ジ オペラ』」
「ファンタ?」
「『オペラ座の怪人』」
「あ、知ってる!前にパパにミュージカルに連れて行ってもらったことある!」
いつも和美ちゃんが読んでいるのはあたしの知らない本ばかりだけど、たまに知っているものもあった。
『オペラ座の怪人』は知っていたからテンションが急上昇した。
「そのミュージカルの原作」
「怪人の名前、何だっけ?」
「エリック」
「そう!エリック!可哀想だよね。あんなにクリスティーヌの事を愛していたのに、報われないなんて」
「うん、わたしもそう思う」
相変わらず和美ちゃんの返事は淡白だ。
「一方的な恋心ほど切ないものはないよね。恋なんてしたことないけど」
「そうかもね」
「狂うほど人を好きになるってどんな感じなのかな」
あたしは人を好きになったことはなかった。
ベッドの上では愛し合うけど、心の底から好きになったりはしない。
身体の相性は良くて、波長が合う人でも、ずっと一緒にいたいかといわれるとそうでもないんだよね。
あたしを買うのは身体だけを求めるおじさんとか既婚者とか訳ありの人ばかりだし、穂高は恋愛禁止って口うるさくて怖いから論外。
あたしの周りには良い人がいないんだ。
そもそもあたし、人付き合いが少ないしね。
「笹原君に恋したりしないの?」
あたしは和美ちゃんに聞いた。笹原君は、別のクラスの男子生徒で、和美ちゃんに話しかけによく来ていた。
彼氏かと思ったけど、聞いてみたらどうやら幼馴染らしい。
たまにあたしとも話してくれる人懐っこい男の子だった。
あれくらい仲が良ければ両思いでもおかしくない。
「笹原君?彼は腐れ縁以外のなんでもないよ」
和美ちゃんはキッパリと言った。
あまりにはっきり言うから、笹原君が少し不憫になる。
でも付き合っていなくても、あれくらい仲がいい友達がいるのは羨ましいな。
和美ちゃんと話すようになって世界が開けた。これが友達というものなんだね。
ある昼休み、あたしはいつも通り和美ちゃんの前の席を借りて二人で喋っていた。
いつもはあたしが一方的に話すんだけど、その時は珍しく和美ちゃんから話しかけてきた。
「諏訪部さんはよく空をながめているよね」
「え?そう?」
意外なことを言われて驚いた。
でも、言われてみればそうかもしれない。
空の淡い水色や太陽の光、夕焼けのオレンジやピンクが好きだった。
他にも好きな景色はあるけど、空は毎日違うから見ていて楽しい。
「空っていうか、空を含めて綺麗な景色を見るのが好きなんだと思う」
「諏訪部さんが今まで見た中で一番綺麗だった景色は?」
「えーっと、雨の日の少しくすんだ夜景かなあ?満開の桜も好きだし、うーん、改めて考えると選べないなー」
「じゃあ、誰かに見てほしい風景は今まであった?」
「あ、彩雲を見た時、誰かと喜びを分かち合いたかったな」
「彩雲?」
「そう!雲が虹色に染まっているの!空に斑模様の虹ができて、すごく幻想的なんだ」
「見てみたいな」
「待って、写真があるの、机の中に」
あたしは自分の席に行って机の中に手を入れた。
入れてすぐに、指が何か尖ったものに触れ、鋭い衝撃を感じた。
痛い!
あたしは驚いて手を引き、指先を見た。
人差し指の先に血がビーズのような珠をつくっていた。
机の中を覗くと、大きな剣山のような物が目についた。
恐る恐る机から取り出してみる。
あたしの教科書の表紙裏に、画鋲がびっしりと刺さっていた。
針の部分が表紙側に飛び出していて、机に入れたあたしの手に刺さったようだ。
あたしの後ろでキャハハと甲高い笑い声が聞こえてきた。
耳障りな甲高い声が耳をつんざく。
後ろを振り返ると三人の女子生徒がケラケラと笑っていた。
笑っている三人の名前を思い出す。たしかヒロコ、トモミ、サキの三人だ。
「どんくさーい」
「あたしだったらもっと注意深く机を探るけどなー。ばかなんだねー」
「でも、ちょっと刺さっただけだし、大した事ないよねー」
昔のあたしだったらピーピー泣いていたと思うけど、時を経て多少図太くなったせいか、泣くことはなかった。
あたしは、教科書をまじまじと見て、これだけの画鋲をわざわざ手間を惜しまずに教科書に一つ一つ刺したのかと、まず感心した。
そして、普段だったら怒らないが、和美ちゃんと楽しく会話していたこの時間を台無しにされたことに憤った。
「どうしたの?」
和美ちゃんがかけつけてくれた。
教科書を見て何が起こったのか理解したのか、後ろでゲラゲラ笑っている三人を睨みつけた。
和美ちゃんは教科書を手に取り、三人に近づいていった。
「あなた達がやったの?」
「さあ?でも画鋲が刺さるなんて大した事ないでしょ。大袈裟なんだよ」
和美ちゃんはリーダー格のヒロコの胸ぐらを掴んだ。
和美ちゃんのあまりの気迫に三人は気圧されていた。
「何すんの……ねえ?ちょっと!?」
和美ちゃんは教科書を、トゲトゲの剣山のうような状態の表紙が前面に来る様に持ち、殴るように教科書の持った手を振り上げた。
「冗談でしょう?やめ……」
和美ちゃんが勢いよくビンタをする様に教科書をヒロコの顔に叩きつけようとした。
そこでヒロコが叫び声を上げ、担任の先生が駆けつけてきた。
和美ちゃんはあと数センチでヒロコの頬にぶつかるというところで手を止めた。
「どうしたんだ?」
「和美ちゃんに殴られそうになって」
三人は泣きそうになりながら先生に言いつけた。
和美ちゃんを悪者にするつもりだ。
先生は和美ちゃんを非難する。
「小田桐さん、なんだその教科書は!?その教科書で何しようとしたんだ!?」
和美ちゃんは舌打ちをした。
先生のことを邪魔だと軽蔑するように睨みつけた。
「先生、これ、あたしの教科書です。よく見てください」
あたしは先生に自分の教科書を見せて、自分がいじめられていることを伝えた。
「先生もすでにご存知だと思いますけど、あたしいじめられているんです」
先生は三人の方を向き、一人ずつの顔をみた。
「本当なのか」
先生は三人に聞いた。
知っていたくせに白々しい。
三人は首を振ったが、首の振り方が大袈裟で嘘だと言うのがバレバレだ。
それでも先生は面倒くさいからか追求はしなかった。
「いじめていたのが本当なら、いじめはよくない。だが、だからってやり返しはもっと良くない」
先生は三人には何も言わずに和美ちゃんを諫めるだけだった。
和美ちゃんはあたしを助けてくれたのに、こいつは和美ちゃんを悪者にして終わらせた。
このクズ教師は面倒なことをしたくないのだ。
先生はお互いに謝るよう言ったけど、あたし達は謝ることなんてないし、三人は被害者ヅラをして謝罪するつもりなんてないのは分かりきっているから、あたしは先生の提案を断った。
はっきりと「嫌です」って言ってやった。
和美ちゃんも同じ気持ちだったのか、あたしの手を引いて教室を出た。
「待ちなさい!」
先生の声を無視してあたし達は廊下を歩いた。
外に出て、手を繋いで校庭の脇を散歩した。
「諏訪部さん、これ」
和美ちゃんはポケットから何かを取り出してあたしにくれた。
小さな絆創膏だった。
あたしは指の痛みなんてすっかり忘れていたが、和美ちゃんの厚意が嬉しくて、遠慮なく受け取った。
小さな絆創膏はあたしの傷を優しく包み込んでくれた。
その出来事以来、あの三人からいじめられる事はなくなった。
あたしはますます和美ちゃんを好きになっていた。
三年生になってクラスが変わり、和美ちゃんとは別のクラスになってしまったが、あたしは相変わらず自分のクラスと馴染めず、和美ちゃんのクラスによく遊びに行った。
隣のクラスだから移動は簡単だったから、自分のクラスから逃げるように和美ちゃんの元へ向かった。
ある放課後、和美ちゃんに会いに行ったら、本を読んでいる和美ちゃんのとなりで女の子が絵を描いていた。
名前は覚えていないんだけど、ショートカットのボーイッシュな女の子。
あたしは和美ちゃんとその子に平等に話しかけたけど、その子は和美ちゃん以上にそっけなかった。
今思うと、あんまり好かれていなかったのかも。
それでも自分のクラスにいるよりはよかったから、毎日遊びに行った。
和美ちゃんは読書、その子は絵を描く、あたしは二人に話しかけ、和美ちゃんは相槌を打ってくれ、その和美ちゃんの相槌にその子は反応する。
そんな事を繰り返していた。
一度、和美ちゃんがお手洗いに行って、その女の子と初めて二人になった時があった。
そこで、初めてその子から話しかけられた。
「ねえ……もしかして、君も?」
その子は珍しくあたしの顔を見て言った。
黒目があたしを捕らえて離さない。
「何が?」
質問の意図が理解できず、あたしは聞き返した。
彼女は目を伏せて、なにか言いづらそうにモジモジしていた。
「いや、なんていうか、君も和美ちゃんのこと……好きなの?」
「うん、あたしも、和美ちゃんのこと、大好きだよ。初めてできた友達だし」
「あ、そう……」
あたしの答えを聞いた彼女の反応はあまりいいものではなかった。
あたしは何かまずい事を言ったのかと自分の言動を振り返ったが、思い当たることがなかった。
それからその子はあたしに対して一層冷たくなった。
以前からあまり反応は良くなかったけど、今は相槌さえしてくれなくなった。
仕方ないから和美ちゃんにだけ話しかけるとそれはそれで嫌な顔をされた。
あたしのことを邪魔者だと思っているみたい。
なんだか、少しずつ行きづらくなって和美ちゃんとも疎遠になり、あたしの中学校生活はまたつまらないものに戻った。
和美ちゃんとは中学を卒業してからずっと連絡を取っていない。
連絡先は交換したからいつでも連絡を取れるのに、なんだか一報入れることができなくてダラダラと時間だけが過ぎちゃった。
返事が来ないんじゃないか、もうあたしのことなんて忘れているんじゃないか。
そんなことばかり考えて、あたしは大切な友達に連絡を入れることができないでいる。
彼女の名前は和美ちゃん。
中学二年生のとき同じクラスだった。
あたしとまともに接してくれた、たった一人の女の子だった。
中学二年生の時が一番いじめが酷くて、クラスの女子たちから毎日聞こえよがしに悪口を言われたり、私物を捨てられたりしていた。
いじめられ慣れているあたしでも結構キツかったんだけど、それでも乗り越えて学校に行けていたのは和美ちゃんがいたからだと思う。
あたしと和美ちゃんが初めて話したのは、ある放課後だった。
あたしが忘れ物をして教室に戻ったら、和美ちゃんは自分の席で本を読んでいた。
窓際の席で、西日が彼女の綺麗な横顔を照らしていて、美術品を見ている様だった。
つい見惚れていたら、和美ちゃんがあたしに気づいて「何?」と聞いてきた。
そりゃずっと顔を見られていたら何か用があると思うよね。
あたしは急に話しかけられた驚きと、彼女の顔を不躾に見ていた気まずさで慌ててしまい、咄嗟に「何を読んでいるの?」と聞いた。
あれだけ見つめといて、「何でもない」と言えるほど面の皮は厚くない。
化粧は厚いけどね。
「『十二番目の天使』。知ってる?」
和美ちゃんは答えてくれた。
あたしにとって、それは初めてクラスメイトと交わしたまともな会話だった。
それがきっかけで、あたしは和美ちゃんと話すようになった。
和美ちゃんは不思議な子だった。
あたしと同じで一人ぼっちだったんだけど、彼女の場合はあたしと違って彼女がそれとなく他人を遠ざけているようだった。
周囲の子もそれを察してか、彼女に近づこうとはしなかった。
他の子は彼女といても楽しくないからか近づかないようだけど、あたしは距離感が分からず近寄っちゃって、それがきっかけで和美ちゃんと次第に打ち解けた。和美ちゃんもあたしには心を開いてくれていたと思う。
和美ちゃんはいつも本を読んでいた。
ドストエフスキーとかヘミングウェイとか、外国の小説を好んで読んでいたみたい。
あたしはタイトルを聞いてもちんぷんかんぷんで覚えられなかった。
自分で本は読まないけど、和美ちゃんの本の感想を聞くのは楽しかったから、いつも話しかけては本の感想を聞いていた。
うちの中学には朝の読書時間があって、みんな好きな本を持参して読んでいた。
あたしが直接話した訳じゃないけど、周囲から聞こえてくる話からすると、他の子は流行りのライトノベルだったり、ファンタジー小説だったりを持ってきて読んでいたみたい。
十数年前に最年少で文学賞を受賞した小学生が書いた、今は絶版になっている小説とかを大事そうに持っているって話しているのを聞いたりもした。
でも和美ちゃんはクラスのみんなとは一線を引いていて、あまり他の子と本の話題で盛り上がっているのを見たことがなかった。
一人で楽しむタイプなんだろうね。
でも、あたしが本を読んでいる和美ちゃんに一方的に話しかけると、和美ちゃんはこちらに一瞥もくれずに、相槌をうってくれた。
あたしはそれが嬉しかった。
「和美ちゃん、今日は何を読んでるの?」
和美ちゃんの前の席に座って、振り返るようにして椅子の背もたれに肘を置いて和美ちゃんを見た。
「『ファントム オブ ジ オペラ』」
「ファンタ?」
「『オペラ座の怪人』」
「あ、知ってる!前にパパにミュージカルに連れて行ってもらったことある!」
いつも和美ちゃんが読んでいるのはあたしの知らない本ばかりだけど、たまに知っているものもあった。
『オペラ座の怪人』は知っていたからテンションが急上昇した。
「そのミュージカルの原作」
「怪人の名前、何だっけ?」
「エリック」
「そう!エリック!可哀想だよね。あんなにクリスティーヌの事を愛していたのに、報われないなんて」
「うん、わたしもそう思う」
相変わらず和美ちゃんの返事は淡白だ。
「一方的な恋心ほど切ないものはないよね。恋なんてしたことないけど」
「そうかもね」
「狂うほど人を好きになるってどんな感じなのかな」
あたしは人を好きになったことはなかった。
ベッドの上では愛し合うけど、心の底から好きになったりはしない。
身体の相性は良くて、波長が合う人でも、ずっと一緒にいたいかといわれるとそうでもないんだよね。
あたしを買うのは身体だけを求めるおじさんとか既婚者とか訳ありの人ばかりだし、穂高は恋愛禁止って口うるさくて怖いから論外。
あたしの周りには良い人がいないんだ。
そもそもあたし、人付き合いが少ないしね。
「笹原君に恋したりしないの?」
あたしは和美ちゃんに聞いた。笹原君は、別のクラスの男子生徒で、和美ちゃんに話しかけによく来ていた。
彼氏かと思ったけど、聞いてみたらどうやら幼馴染らしい。
たまにあたしとも話してくれる人懐っこい男の子だった。
あれくらい仲が良ければ両思いでもおかしくない。
「笹原君?彼は腐れ縁以外のなんでもないよ」
和美ちゃんはキッパリと言った。
あまりにはっきり言うから、笹原君が少し不憫になる。
でも付き合っていなくても、あれくらい仲がいい友達がいるのは羨ましいな。
和美ちゃんと話すようになって世界が開けた。これが友達というものなんだね。
ある昼休み、あたしはいつも通り和美ちゃんの前の席を借りて二人で喋っていた。
いつもはあたしが一方的に話すんだけど、その時は珍しく和美ちゃんから話しかけてきた。
「諏訪部さんはよく空をながめているよね」
「え?そう?」
意外なことを言われて驚いた。
でも、言われてみればそうかもしれない。
空の淡い水色や太陽の光、夕焼けのオレンジやピンクが好きだった。
他にも好きな景色はあるけど、空は毎日違うから見ていて楽しい。
「空っていうか、空を含めて綺麗な景色を見るのが好きなんだと思う」
「諏訪部さんが今まで見た中で一番綺麗だった景色は?」
「えーっと、雨の日の少しくすんだ夜景かなあ?満開の桜も好きだし、うーん、改めて考えると選べないなー」
「じゃあ、誰かに見てほしい風景は今まであった?」
「あ、彩雲を見た時、誰かと喜びを分かち合いたかったな」
「彩雲?」
「そう!雲が虹色に染まっているの!空に斑模様の虹ができて、すごく幻想的なんだ」
「見てみたいな」
「待って、写真があるの、机の中に」
あたしは自分の席に行って机の中に手を入れた。
入れてすぐに、指が何か尖ったものに触れ、鋭い衝撃を感じた。
痛い!
あたしは驚いて手を引き、指先を見た。
人差し指の先に血がビーズのような珠をつくっていた。
机の中を覗くと、大きな剣山のような物が目についた。
恐る恐る机から取り出してみる。
あたしの教科書の表紙裏に、画鋲がびっしりと刺さっていた。
針の部分が表紙側に飛び出していて、机に入れたあたしの手に刺さったようだ。
あたしの後ろでキャハハと甲高い笑い声が聞こえてきた。
耳障りな甲高い声が耳をつんざく。
後ろを振り返ると三人の女子生徒がケラケラと笑っていた。
笑っている三人の名前を思い出す。たしかヒロコ、トモミ、サキの三人だ。
「どんくさーい」
「あたしだったらもっと注意深く机を探るけどなー。ばかなんだねー」
「でも、ちょっと刺さっただけだし、大した事ないよねー」
昔のあたしだったらピーピー泣いていたと思うけど、時を経て多少図太くなったせいか、泣くことはなかった。
あたしは、教科書をまじまじと見て、これだけの画鋲をわざわざ手間を惜しまずに教科書に一つ一つ刺したのかと、まず感心した。
そして、普段だったら怒らないが、和美ちゃんと楽しく会話していたこの時間を台無しにされたことに憤った。
「どうしたの?」
和美ちゃんがかけつけてくれた。
教科書を見て何が起こったのか理解したのか、後ろでゲラゲラ笑っている三人を睨みつけた。
和美ちゃんは教科書を手に取り、三人に近づいていった。
「あなた達がやったの?」
「さあ?でも画鋲が刺さるなんて大した事ないでしょ。大袈裟なんだよ」
和美ちゃんはリーダー格のヒロコの胸ぐらを掴んだ。
和美ちゃんのあまりの気迫に三人は気圧されていた。
「何すんの……ねえ?ちょっと!?」
和美ちゃんは教科書を、トゲトゲの剣山のうような状態の表紙が前面に来る様に持ち、殴るように教科書の持った手を振り上げた。
「冗談でしょう?やめ……」
和美ちゃんが勢いよくビンタをする様に教科書をヒロコの顔に叩きつけようとした。
そこでヒロコが叫び声を上げ、担任の先生が駆けつけてきた。
和美ちゃんはあと数センチでヒロコの頬にぶつかるというところで手を止めた。
「どうしたんだ?」
「和美ちゃんに殴られそうになって」
三人は泣きそうになりながら先生に言いつけた。
和美ちゃんを悪者にするつもりだ。
先生は和美ちゃんを非難する。
「小田桐さん、なんだその教科書は!?その教科書で何しようとしたんだ!?」
和美ちゃんは舌打ちをした。
先生のことを邪魔だと軽蔑するように睨みつけた。
「先生、これ、あたしの教科書です。よく見てください」
あたしは先生に自分の教科書を見せて、自分がいじめられていることを伝えた。
「先生もすでにご存知だと思いますけど、あたしいじめられているんです」
先生は三人の方を向き、一人ずつの顔をみた。
「本当なのか」
先生は三人に聞いた。
知っていたくせに白々しい。
三人は首を振ったが、首の振り方が大袈裟で嘘だと言うのがバレバレだ。
それでも先生は面倒くさいからか追求はしなかった。
「いじめていたのが本当なら、いじめはよくない。だが、だからってやり返しはもっと良くない」
先生は三人には何も言わずに和美ちゃんを諫めるだけだった。
和美ちゃんはあたしを助けてくれたのに、こいつは和美ちゃんを悪者にして終わらせた。
このクズ教師は面倒なことをしたくないのだ。
先生はお互いに謝るよう言ったけど、あたし達は謝ることなんてないし、三人は被害者ヅラをして謝罪するつもりなんてないのは分かりきっているから、あたしは先生の提案を断った。
はっきりと「嫌です」って言ってやった。
和美ちゃんも同じ気持ちだったのか、あたしの手を引いて教室を出た。
「待ちなさい!」
先生の声を無視してあたし達は廊下を歩いた。
外に出て、手を繋いで校庭の脇を散歩した。
「諏訪部さん、これ」
和美ちゃんはポケットから何かを取り出してあたしにくれた。
小さな絆創膏だった。
あたしは指の痛みなんてすっかり忘れていたが、和美ちゃんの厚意が嬉しくて、遠慮なく受け取った。
小さな絆創膏はあたしの傷を優しく包み込んでくれた。
その出来事以来、あの三人からいじめられる事はなくなった。
あたしはますます和美ちゃんを好きになっていた。
三年生になってクラスが変わり、和美ちゃんとは別のクラスになってしまったが、あたしは相変わらず自分のクラスと馴染めず、和美ちゃんのクラスによく遊びに行った。
隣のクラスだから移動は簡単だったから、自分のクラスから逃げるように和美ちゃんの元へ向かった。
ある放課後、和美ちゃんに会いに行ったら、本を読んでいる和美ちゃんのとなりで女の子が絵を描いていた。
名前は覚えていないんだけど、ショートカットのボーイッシュな女の子。
あたしは和美ちゃんとその子に平等に話しかけたけど、その子は和美ちゃん以上にそっけなかった。
今思うと、あんまり好かれていなかったのかも。
それでも自分のクラスにいるよりはよかったから、毎日遊びに行った。
和美ちゃんは読書、その子は絵を描く、あたしは二人に話しかけ、和美ちゃんは相槌を打ってくれ、その和美ちゃんの相槌にその子は反応する。
そんな事を繰り返していた。
一度、和美ちゃんがお手洗いに行って、その女の子と初めて二人になった時があった。
そこで、初めてその子から話しかけられた。
「ねえ……もしかして、君も?」
その子は珍しくあたしの顔を見て言った。
黒目があたしを捕らえて離さない。
「何が?」
質問の意図が理解できず、あたしは聞き返した。
彼女は目を伏せて、なにか言いづらそうにモジモジしていた。
「いや、なんていうか、君も和美ちゃんのこと……好きなの?」
「うん、あたしも、和美ちゃんのこと、大好きだよ。初めてできた友達だし」
「あ、そう……」
あたしの答えを聞いた彼女の反応はあまりいいものではなかった。
あたしは何かまずい事を言ったのかと自分の言動を振り返ったが、思い当たることがなかった。
それからその子はあたしに対して一層冷たくなった。
以前からあまり反応は良くなかったけど、今は相槌さえしてくれなくなった。
仕方ないから和美ちゃんにだけ話しかけるとそれはそれで嫌な顔をされた。
あたしのことを邪魔者だと思っているみたい。
なんだか、少しずつ行きづらくなって和美ちゃんとも疎遠になり、あたしの中学校生活はまたつまらないものに戻った。
和美ちゃんとは中学を卒業してからずっと連絡を取っていない。
連絡先は交換したからいつでも連絡を取れるのに、なんだか一報入れることができなくてダラダラと時間だけが過ぎちゃった。
返事が来ないんじゃないか、もうあたしのことなんて忘れているんじゃないか。
そんなことばかり考えて、あたしは大切な友達に連絡を入れることができないでいる。
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※この物語はフィクションです。
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