バッドエンドの女神

かないみのる

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「今日はどうしたらいい?」


朝起きて寝ぼけた頭で携帯電話を確認すると霜田からメールが来ていた。

届いたのは五分前、起きたのはいつも霜田が迎えに来る十分前だ。

完全に寝坊だった。あたしは慌てて返信する。



「迎えに来て」



昨日は一日中霜田を遠ざけてしまったし、霜田もあたしと関わろうとしなかった。

なんてもったいないことをしたんだろう。

あたしの限られた人生のうちで霜田と過ごせる時間はそれほど多くない。

人生のうち五分の四一緒に過ごせればいい方だ。

もう一日だって無駄にしたくない。

意地でも霜田と過ごすことを優先しようと心に決めた。



「諏訪部、どうしたのその顔!?」



 霜田はあたしの顔を見るや否や聞いてきた。

穂高に叩かれたところが腫れていたのだろう。

あたしは寝不足で浮腫んだだけだと説明した。

さすがに無理がある嘘だと思ったけど、霜田はそれ以上聞いてこなかった。



 家から駅に向かう道で、あたしは霜田に話を振った。



「そうそう、霜田、ようやく本を読み終わったよ!アルジャーノン!」



 霜田は気まずそうに下を向いていたから、あたしはいつも通りに振る舞った。

すると霜田も、気持ちがほぐれたのか、いつものように話してくれた。



「ずいぶん時間かかったね」


「感想とか聞いてよ!『アルジャーノンに花束を』のタイトルの意味が分かって感動したんだから!」


「ゆっくり聞きたいから放課後ね」



霜田の方から放課後の予定を決めてくれたことにあたしは喜んだ。

今日はいい日だ! なんて心の中で叫んでいた。

我ながら単純だったな。


「そうだ!霜田、今度ジェラート食べに行こうよ!」


「ジェラート?まだ少し寒いよ」


「大丈夫だよ!いいお店、見つけたの!オススメはチョコレートとピスタチオらしいよ」


「ピスタチオ?」



 霜田の目が少し輝いた。ピスタチオのお菓子をよく食べていたのをチェック済みだ。

きっと好きな味なんだろう。

霜田があたしの誘いに少し食いついたと手応えを感じた。

これはいける! もう一押しだ!



「そうだ、ご馳走してあげよう。それならいいでしょ?こう見えてあたしは太っ腹なんだよ霜田君」


「割り勘でいいから……いつ行く?金曜の放課後はどう?」


「オッケー!」



 誘いがうまくいったことが嬉しくてスキップしてしまいそうだった。

昨日とは違い足取りが軽く、背中に羽でも生えたようだ。



「諏訪部、フった僕がこんな事言って悪いんだけど」



 霜田が頬をかきながら言いづらそうに切り出した。



「何よ?」


「今までと何にも変わらないね」


「本当、霜田が言っていいことじゃないね」


「僕はどうすればいい?一応僕なりに考えているんだけど、気を遣えば遣うほど諏訪部に悪い気がして」



あたしが告白したことで霜田は霜田なりに悩んでいたみたいで、少し心が痛んだ。

一方であたしの事を一生懸命考えてくれていたのかと嬉しくなった。

とは言っても霜田とギクシャクするのは嫌だし、以前のように楽しく過ごしたかった。

だから、霜田が気に病んだままでは困る。



「いつも通りにしててよ。その方が気が楽」


「それでいいの?」


「うん」


「わかったよ」


「でも、無かった事にはしないで」


「ん?」


「あの時言ったこと!あのね、これはあたしにとっての初恋なの。霜田はあたしの初恋の相手。あたしが簡単に諦めると思う?」


「うーん?」


「とぼけるなコラ。あたしは霜田に好きって言ってもらえるまで諦めないんだから」


「でも、僕の初恋はお母さんだし」


「初恋をよこせって言ってるんじゃなくて!徐々に好きになってもらえればいいの!そんな処女が欲しいみたいな事、堂々と言うわけないでしょ!」


「声が大きいよ……」


「絶対霜田に好きになってもらうんだからね!」



あたしは自分にも言い聞かせるように言った。

絶対に霜田と両思いになる、そのために頑張る。

こんなに人を好きになったのは初めてだもん。

嫌われたならすっぱり諦めるけど、霜田があたしに負の感情を抱いていないのであれば、好きになってもらえるようにあたしは頑張る。


つまらない授業を終えて、昼休みに霜田のクラスに行ったら、知らない女の子と話していた。

あたしは霜田の席の数メートル手前でストップした。

他の生徒の雑音に混ざって二人の会話が聞こえてくる。



「霜田君、この問題も教えてくれない?」


「この問題は……」



心なしかお互いの顔が近いような気がした。

あたしの胸はさざ波がたったように落ち着きを失った。

他の女の子と喋る霜田を見て、あたしの知らない霜田の姿を見たようで寂しさを感じた。



「ありがとう!よかったら、今日放課後も一緒に勉強しない?」



え……? 

霜田はあたしと勉強する約束をしているに。



「ごめん、先客がいるから無理」



 
霜田は淡々と答えた。あたしとの約束を優先してくれて少し胸が熱くなった。

こういう誠実なところが霜田のいいところだ。

女の子は霜田の返事を聞いてわざとらしく頬を膨らませた。

なんてあざとい。

予鈴が鳴り、彼女はじゃあねと手を振って霜田の元から離れた。



 あたしは霜田のそばに行って単刀直入に聞いた。

休み時間が数分で終わるからのんびり探りを入れる暇は無かった。



「霜田、今の子誰?」


「一年の時同じクラスだった三枝さん」


「いつから仲良いの?」


「別に仲が良いわけじゃないよ。この間彼氏と別れたらしくて、相談に乗ってって言うから、とりあえず話だけ聞いてたらよく来るようになった」



 あの女、惚れたな。

霜田は優しいから、弱っている時に接したらコロっと惚れるのも無理はない。

失恋に託けて霜田に迫るとは、なんて強かな女なんだ。



 次の授業が始まる二分前になり、あたしは慌てて自分の教室に戻った。

もっと聞きたいことはあったけど、仕方ない。

少しずつ問い詰めていけばいい。

そう心に決めて授業に臨んだ。

しかし頭は霜田と三枝のことで頭がいっぱいで全然集中できなかった。



 放課後、霜田に勉強を教えてもらっていると、霜田のところに髪をワックスで固めた派手な風貌の男の子が来た。

今まで見た友人達とは雰囲気が違っていた。

霜田はこんなイケイケな生徒とも交友があるんだな、と意外に思った。



「なあ幸祐、三枝美憂ちゃん、可愛くね?」



 霜田の隣の席にどかっと座って、だらしなく足を開いて話し始めた。

急に来て何を話すのかと思ったら、さっきの女の子の話とは。

あたしは面白くなかった。



「裕太君、彼女いるのにそんな事言って怒られないの?」


「俺のことはいいんだよ。お前、彼女いないんだろ?いいんじゃないかと思って。美憂ちゃん、俺の彼女と仲良いし。ダブルデートしようぜ」



 あたしは無表情で二人の会話を聞いたが、内心穏やかではなかった。

霜田が女の子とデートするなんて、絶対に嫌だ。

独占欲が爆発しそうになる。

まあ、振られたあたしにそんな権利はないけど。

とりあえず二人に取り乱していると思われたくなかったから、心を無にして耐えた。

シャープペンを持つ手に力が入り、芯が勢いよく折れて飛んでいった。

動揺が気づかれたかと不安になったが、幸い気づかれなかった。

そもそも裕太とやらはあたしを存在しないものとして扱っているから気にするだけ無駄だったようだ。



「付き合わないよ」


「なんで?」


「僕の大事な人はお母さんだから」


「そのギャグつまんねーからやめといた方がいいって」



 裕太は霜田の頭をポンと叩き、彼女と思しき女の子に呼ばれてどこか行ってしまった。



「諏訪部、ここ答え合わせしよう」


「ん」



 あたしは無表情でノートを霜田に見せた。



「諏訪部、なんで機嫌悪いの?」


「悪くないよ?いつも通りの優しい諏訪部だよ?」


「こわっ。僕、何かしたかな?」


「べつにー」


「実はこの後、友達のライブに行く予定なんだけど」


「あっそう、じゃあもう帰る」


「一緒に行く?チケット余ってるらしいよ」


「……行く」


だめだ。

拗ねていても霜田の前では簡単に素直になってしまう。

単純すぎる自分に呆れる。

恋の駆け引きなんて上手いことはできないな。

あれだけおじさん達とコミュニケーション取ってきたのに、恋愛に活かせることを全然身に付けていなかったのが悔しい。



「了解。僕一人で行くのも心細いから助かるし」



霜田は友人に連絡を取ってチケットを確保してくれた。



「お客さんが増えるのはありがたいって喜んでたよ。ボン・ジョヴィ好き?」


「よく知らない」


「耳貸して」



霜田はイヤホンをあたしの耳に入れて、ウォークマンでボン・ジョヴィの曲を流してくれた。

よくCMで流れている曲だったから、あたしにも聞き覚えがあった。



「この曲、聞いたことある」


「知らないよりも知っていた方がいいと思うし、ライブまでそのまま聞いてて良いよ」


ライブハウスに着くまであたしはノリノリでボン・ジョヴィを聴いた。

その様子を見て霜田は笑っていた。

丁度いい温度のお風呂に浸かっているような心地の良い時間だった。



ライブは霜田の友人のバンドと、他にも数組バンドが来ていたが、霜田の友人のバンドが演奏したボン・ジョヴィ以外印象に残らず、霜田の横顔を眺めていたらいつの間にか終わっていた。



「諏訪部、機嫌直った?」



 ライブが終わり、出口に向かって歩いている時に霜田が言った。



「え?」


「学校で、ずっとムーッとした顔していたから」


「それは……うん、直った」



霜田が三枝と一緒にいるのを見てヤキモチをやいていたなんて言えなかった。

自分自身、この理屈で説明できない不思議な感情に困惑していた。

霜田が他の女の子と話していて、それがあたしに何の関係があるのか。

ましてやそれを不快に思うなんて。

今まで嫉妬なんてした事がないから、というかするほど他人に強い感情を抱いたことがないから、どう対処していいのか分からなかった。

だから子どものように感情があからさまに顔に出てたんだろうな。

でも今は大丈夫。

霜田と時間を共にすればするほど、気持ちが落ち着くから。



 帰る際、霜田の友人が声をかけてきた。



「来てくれてありがとう」


「お疲れ様。よかったよ」



霜田が友人への声がけをそつなくこなす。

正直に言うと、演奏はあんまり上手くなかったけど、友人を喜ばせることには慣れているのかな。

このあしらい方を見るに、霜田はパパを喜ばせる才能があるんじゃないか?



霜田の友人があたしの方を向いた。

演奏を終えて気が昂っているのか鼻息が荒かった。



「霜田のお友達ですね!ありがとうございました!」


「こちらこそ、良い演奏を聴かせてもらってありがとうございました」



 あたしもお得意のリップサービスを披露する。



「また今度よろしくお願いします!」



 お互いに軽く会釈をする。

彼の後ろの方を見ると、彼のバンド仲間もそれぞれの友人と話していた。



「ところで、最近霜田と一緒にいるけど、付き合っているんですか?」



 友人君は何気なく聞いてきた。

結構踏み込んだ話をしているのに、「明日暇?」くらいのテンションだ。



「違う違う、僕が諏訪部を連れ回しちゃったんだよ」



 真っ向から否定されてあたしは少し凹んだ。

「付き合うなんてあり得ない」と言われた気分になった。



 霜田と友人が他愛もない話を続けていると、軽音楽部の先輩と思われる人が近づいてきてあたしに声をかけてきた。

長めの髪をワックスで立てていて、ピアスを付けている。



「あれ?君、諏訪部奈緒ちゃんだよね?」


「そうですけど」


 身体の距離が近くて態度も馴れ馴れしく、苦手なタイプの人間だった。

まあ、得意なタイプなんてあたしにはないんだけど。

何より名前を知られているのが不快だった。

きっとあたしの良くない噂を誰かから聞いているんだろう。

嫌な感じの人に顔を覚えられてしまったな。



「よかったらこれから打ち上げなんだけど、一緒に来ない?奈緒ちゃんとはいろいろ話してみたかったし」



 先輩はヘラヘラと笑顔を向けてきた。

霜田は友人と話を終え、あたしと先輩のやりとりを隣で見ていた。

こんなに近くにいるのに、先輩は霜田をいないものとして扱っている。

霜田には目をくれずにあたしに一方的に話しかけてくるあたり、あたしと霜田の関係を大したものでないと判断したのかもしれない。

失礼なやつ。

霜田も呑気に見ていないで助けてくれればいいのに。



先輩はあたしの隣に立って、「行こう」と促すようにトントンと背中を叩いた。

そして腰に手を回してきた。

心なしかボディタッチが多い。

あたしはすぐに察した。

ああ、コイツ、下心丸出しのやつだ。

あたしの売春の噂を知って、すぐヤレると思ってやがるタイプ。

悪いがこの手のやつはすぐ分かる。



「すみませんが、今日はこれで帰ります。霜田もいるし」



 あたしは霜田の腕を掴んだ。

霜田はあたしの大胆な行動に驚いていた。

驚きのあまり金縛りにあったみたいにフリーズしてしまった。

霜田には悪いが、こういう時は自分はフリーではないとアピールするのが良い。



「すいませんが失礼します!」



 急いであたしは霜田の手を引いてその場を後にした。

霜田はオロオロとあたしに引っ張られるまま歩いた。

途中で足がもつれて転びそうになったのをあたしが腕で支えた。



「あ、ごめん……」



 あたしは霜田の手を離した。

勝手な事をして怒っているかもしれない。

恐る恐る霜田の方を見た。



「諏訪部って強引というか大胆というか、すごいよね」



霜田は怒るどころか、笑っていた。

あたしはその子どもみたいな笑顔にときめいてしまった。

ああ、恋をするというのはこういうものなんだね。
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