5 / 29
第二章 3
しおりを挟む
*
「私はここにいる。大尉殿が入浴していても、なにかあったらすぐに私の元に駆けつけられるようにな」
金の透かし彫りの椅子に座ったミカは、本を手元に寄せて高慢な笑みを口の端に刻んだ。
アストリットはその言葉の意味が分からなかったが、侍女のモニカが続き部屋のドアを開けて浴場が現れたのを見ると、納得した。
そこには花崗岩の巨大な浴槽があり、その正方形の角の四点には、それぞれ違う楽器を手にした人魚の彫像が、傍らにユニコーンを控えて置かれていた。
「失礼致します」
モニカは、閉められたドアの前で立ち尽くすアストリットの軍服の金ボタンを上から外し始めた。目の下で侍女のふくらんだ白い帽子が微かに動く。
アストリットはその素早い行動に動揺し、思わず侍女の手を上から抑えて言った。
「も……申し訳ありませんが、湯浴みも着替えも一人で出来ますので、どうぞお引き取りください」
「しかし、殿下のご命令ですから……」
「ですから、私から殿下には申し上げておきますから、どうかこの場は……」
困ったように眉尻をさげるも、小柄なモニカは一礼してドアの向こうに消えた。ほっと息を付き、素早く服を脱ぐと、少し悩んだ後ユニコーンの背にそれを置いた。
湯の中で髪が揺れる。広々とした湯殿は格別でも、のんびりはしていられない。こうしている間にも刺客はすぐ近くにいるのかもしれないのだから。
「失礼致します。お着替えをお持ちしました。それから、大尉殿のお召しになっていた服は、殿下のご命令により預からせていただきます」
再び入って来たモニカは軍服を取り上げると、深々とアストリットに向かって一礼した。
「え、あの……それは……!」
「ご命令ですから」
今度は有無を言わさぬ強気な背中を見せ、モニカは出て行ってしまった。仕方なく顎まで湯に浸かって、再びミカが自分を指名した理由を考え始めた。
――そうか……、殿下は城内の警護が厳しくなると、お忍びで遊びに行かれないことを懸念しておられるに違いない。それでも、脅迫状が来たからには、警護の目が光る。それならば大尉級の私を護衛に指名して、一応周りを納得させようとお考えになった。女の私ならいろいろと誤摩化しようがあると思われたのか。男のレヴァンよりも具合がいいと思われたか。それならば私が指名されたのも頷ける……。
そのとき、ドアが開いて人影が彫像の後ろに回った。
「モニカ殿、お引き取りくださいと……」
「おまえがモニカを追い払ったのではないのか」
姿を見せたのはミカだった。アストリットは急いで身を縮めた。耳の下を湯が打つ。
ミカはアストリットに最も近い、人魚の彫像に寄りかかって、小さな波間に白く歪んで見える裸体を見下ろす。そして、つと彫像の露な腰の緩やかな線を指でなぞった。
自分が触れられたわけではないのに、それを見たアストリットの肌が粟立つ。それを悟られるのを恐れるかのように、目を伏せ、口早に言った。
「あの……軍服を取り上げて……どういうおつもりですか」
「あんなのを着て一日中纏わり付かれたら目障りだ」
浴場にミカの声が低く響いた。湯にミカの視線がとけ込み、彼女の肌を火照らせる。
「しかし……スカートなど着ていたら、剣を下げることも出来ませんし、足回りも悪く、刺客との戦いの時にこちらが不利になってしまいます」
「それならば、その条件に見合う武器で互角に戦えるほどの訓練をすればいいだろう。いつでも整えられた環境で敵と一騎打ち出来るなどと思う方がおめでたいと思うが?」
「そっ……それは……」
ミカの言う通りだった。身辺護衛にあたるならば、予測出来ない事態にも備えられるだけの騎士としての技術が要されるのだ。アストリットは裸を見られているよりもその言葉に自分を恥じた。
「さあ、いい加減出て来たらどうだ。のぼせて倒れたら、マーリングに運ばせるぞ」
ミカの言葉にはっと顔を上げると、視線が交じった。そこに熱が篭っているように思うのは、自分が思ったよりも長く湯に浸かり過ぎたのだろう。
彼女にとって、ミカに見られていることすら堪え難いことであるのに、その上、男盛りのマーリングにまで自分の裸体を晒すなんて想像だけでも恥ずかしさで逆上せそうだった。
――絶対服従だ。ただの一騎士が、王子殿下に逆らうことなどあり得ないのだ。
膝を抱えていた腕を解き、ゆっくりと浴槽から出る。床に立ったアストリットの体を流れる湯が部屋中のろうそくの光に反射し、輝く。
ミカはそれに一瞬目をすがめ、おもむろに体を起こして彫像に置かれてあるタオルを広げた。
「体を拭いてやろう。こっちへ来い」
殿下は自分の主人である。
戸惑いや躊躇いの類いは許されない。
恥ずかしさで俯き加減であった顔をぐっとあげて、ミカに近づいた。彼はそんなアストリットからひと時も視線を反らさない。
あと一歩でミカに触れそうな距離に来ると、彼女はタオルで体を包まれ、引き寄せられた。相手の胸にすっぽり収まると、背中に回された腕に一瞬力が篭った。
急に胸が苦しくなったのはそのせいだ。アストリットはめまいを覚えた。
「殿下……殿下の服が濡れてしまいます……」
巻かれたタオルの下でどうしていいか分からず、目の前のミカの固い胸に、抵抗を含めて小さく訴えた。
異性にこうして抱かれたのは、母を亡くし涙の絶えない日々、幼馴染みのマーヴェリックが慰めた九歳の時以来一度も無い。
それでも、ミカはあっさりと訴えを払った。
「構わん。おまえは黙って立っていろ」
ふと腕が緩み、体の向きをくるりと変えられる。
「まず、髪からだ」
後ろから彼は、タオルで優しく髪の束を押し挟むように繰り返し手を動かす。それが終わると、肩に掛かったタオルの表面を腕に沿ってゆっくりと撫で下ろした。その一つ一つの動きに、緊張で固くなっていた体の力が抜けて行くようだ。
「殿下……、自分で出来ますから……どうぞお引き取りを……」
ミカの気が変わることに、一縷の望みを抱いて今いちど訴えたが、それは微かに笑いを含んだ声に一蹴される。
「おまえは黙って指示に従うのが仕事だろう」
そう言うと同時に、ミカの手がアストリットの脇の下から前に回り、乱暴に乳房を掬い上げるようにして掴んだ。
「あっ……」
不意打ちに、顎がぴくんと上がる。
厚地のタオル越しでも、ミカがその手に子ヤギ革の手袋をはめていても、指の食い込む感触はしっかりと伝わっていた。彼女は息を詰まらせ、その指に力が込められたり、緩められたりする動きから逃れようと身を捩った。
「殿下……その、ようなことは……」
「止めろと言うのか? いや、それは出来ない。大体、おまえこそアストリット・ローゼナウに化けた刺客かもしれんのだ。すみずみまで調べておく必要がある」
動きは止むどころか、ミカはやや身を屈めて彼女の右肩に顎を掛けるようにし、さらに拘束を強めた。
尖った鼻先がすっと首筋をくすぐり、アストリットは息をのむ。
「ここにもまだ水が」
ミカは喉元に唇を押し付け、桜色に染まった肌を柔らかく吸った。
「んっ……」
「どうした、なにか都合でも悪いのか。やはり刺客の正体を現すのか?」
「なんでも……ございません……っあ!」
耳元で囁いた後にミカが耳たぶを甘噛みすると、彼女は思わず声に吐息を混じらせたが、すぐに唇を噛む。
どうして殿下は……私にこんなことを。体を調べるなら、女王陛下お付の王室警備隊にも女性がいるのに……。
しかし、すぐに疑問は揺らぎ始めた意識の中でうやむやになる。
「ならば、続けるぞ」
依然、ミカの左手は既にタオルがはだけた乳房を捏ね続け、時折中心の固くなった一点を捻り上げながら、右手はタオルの上から女の曲線を確かめるように弄り、降りてゆく。
「は……っうん」
湿った肉厚の舌が首筋を這う感触に、ひくりと下腹が緊張する。首筋から鎖骨の隆起をなぞるようにざらついた舌が、滑らかに往復する。
「これも本物のようだな」
閉じた脚の間に入り込んだ掌は、そこを擦り上げるように大きく前後に動いた。初めて犯される領域。違和感と疼きに困惑しながらも、先の恐怖を読み始めた本能に体は強ばる。
腿に挟まれたミカの手は、アストリットのぴたりと閉じた内腿を擦るが、しっとりと滲んだ柔肌の汗を革が吸い、その動きを鈍くしていた。
「脚を開け」
ミカは苛立たしげに耳元で言い、肩口に歯を立てた。言われるままにアストリットが膝を緩めたその刹那、細毛に包まれた丘陵の奥に滑って指が節を入れた。そして薄い襞の内側を確かめるように何度もなぞる。
「殿……下っ……」
声は慄然に震えていた。しかし彼はそれには耳を貸さず、代わりに、抵抗に体を捩る彼女の乳房の尖端を強く摘んで、その立場を再び思い起こさせた。
アストリットは痛みを伴う刺激とともに、執拗に濡れた部分を嬲っていた指がとぷりと自分の中に入って来た異物感に体を震わせ、思わずミカの腕にしがみつく。
ミカは器用に人差し指と薬指でぐっと襞を割り、中指を襞の間に侵入させると、探るように緩慢に上下に動かした。
その、肉を割って動く指の形が生々しく、それが少しでも奥に進み入ると彼女の呼吸は苦しげに乱れた。
「狭いな」
脚の力はとうに抜け、抱きすくめられるようにやっと立っていたアストリットの鼻先に、彼の手が差し出される。その中指、関節一つ分だけ、手袋が色濃くなっている。
「体を拭いたはずなのに、まだ濡れているとはどういうことか……」
「わ、わかりません……」
アストリットは思わず顔をそらせた。ミカはその耳の輪郭に唇で微かに触れた。
「おまえは飢えているのだ」
再び襞の間に潜り込んだ指が、滑らかに動く。女の入り口で戯れ、淡い茂みの中に孤立した蕾の上を何度も指が往復する。浅い部分をかき混ぜられているはずなのに、下腹の奥が疼き、それがどんどん迫り上がって目の奥に熱い渦が巻く。
突起の上を熱が往復する度に、甘い痺れが迫り上がってくる。摩擦がますます滑らかに、激しく、速くなるに連れてアストリットの半ば開かれた口から喘ぎが溢れた。
体中に絡み付くこの甘い蔦を断ち切る剣はこの手に無い。そしてそれはますます、幾重にも体に巻き付いてくる。
初めて自分を襲う狂おしいほどの疼きを、感覚を断とうとすればするほど、ミカの指の動きが瞼の裏で踊り、意識はそこだけに集中した。
「っ……ん……んっ…………はぁ……あっ!!」
突然、体を甘く鋭い刺激ががぴりりと突抜け、背が仰け反った拍子に指はミカの固い腕に食い込んでいた。直後、弛緩した体は膝からかくんと落ち、支えられること無く床にくずおれた。
床に手をつき項垂れ、流れる琥珀の髪の隙間に白い背中を見せる女騎士を起こす手を差し伸べる代わりに、彼は冷ややかに言い放った。
「大尉殿がこれしきで根を上げるなど情けない。もっと鍛えねばならんな。敵の捕虜になった女はどんな扱いを受けるか分かっているのだろう? こんなことで大尉殿に国の機密をポロポロ喋られては堪らん」
アストリットは体の周りでわだかまっているタオルをぎゅっと握りしめた。
「おまえの考えていることくらい分かっているぞ。いいか、職務怠慢でおまえを騎士団から永久追放するのはもちろんだが、それならば総指揮長にも当然その責任を取ってもらうぞ。何しろ”殿下の令”に国王の騎士が従わなかったのだからな」
ミカはそれだけ浴びせると、床に自分の護衛を残したまま、立ち去った。
王子が部屋から出て行くと、アストリットはのろのろと体を起こして用意されていた夜着と真珠色のローブを羽織った。房飾りの付いたサッシュでローブを止めるのに、指が言うことを聞かず二、三度やり直した。
上質な生地のは、格別に柔らかいがどこかよそよそしく、昨日まで着ていた木綿の夜着がすでに恋しい。
城と宿舎の距離は馬で半時間も掛からないのだが、とても遠い場所へ来てしまったような寂しさを感じた。それは闘志を向ける相手の姿が見えない分、敵地に一人で立つよりも彼女を不安にさせた。しかし、その不安は脅迫状を送りつけて来た犯人に対してかというと、そうではない気もした。
自分が自分を裏切りそうな、そんな恐怖がちらついていた。まさに、今自分の身に起こっている状態……体が、自分の体では無いような。体が、自分の意志に反逆している。
頭では今の出来事を必死で否定しているのに、体はミカに与えられた行為を素直に受け止めている。それどころか、指で、舌で、歯で触れられた場所には、ミカを思うだけで熱が浮いてくる。その場所は今までにまだ一度も剣で傷を受けたことの無い場所なのに、目に見えずともそこにはしっかりミカの痕跡が残っている。
せっかく胸の奥の洞穴に閉じ込めたはずの猛獣が、一度覚えてしまった愉楽の香りに誘われて、今にも這い出ようとしている。そして、その猛獣とはつまり自分の一部でもあるのだ。
ミカが言ったように、自分は飢えているのだろうか。それは単なる欲望にか。それとも……。
アストリットは、立ったまま夜着を片手でたくし上げ、そっと下肢の付け根に指を忍ばせると、散々愛撫された場所に触れてみた。そこはまだ熱と湿りを帯びていた。
程なくしてモニカが食事に呼びに来たが、食欲が無いからと辞退した。その後すぐにマーリングが迎えに来て彼女を寝室へ案内した。
長い廊下の左手に、等間隔でずっと奥までドアが並ぶのが見える。彼はその一つの前で止まると、軸の長い鍵でドアを開けた。
「こちらが大尉殿のお休みになる部屋で、王子殿下の寝室はその隣になります」
それを聞くと、脈がどくんと強く打った。同時に、なにを動揺しているのだと、胸中で呟く。
昼夜問わずの殿下の護衛とならば自分の寝室が隣であることは当然ではないか。刺客が夜中に忍び込むことも十分あり得る。
部屋の中には、壁の高めの位置に備えられたいくつかの燭台にろうそくが赤々と燃えていた。
大きな窓の前に美しい肘掛け椅子が二脚と楕円のテーブルが置かれ、部屋の中央よりやや壁際に、何度寝返りを打っても絶対に落る心配のなさそうな大きなベッドがある。その右手の薄緑色の壁には次の間へ続く扉があった。
マーリックはテーブルの上の水差しの側に部屋の鍵を置いた。
「あちらのドアが殿下の書斎へ通じております。鍵は開いておりますので、もしものときは正面からではなく、こちらからお入りください。正面のドアは殿下がお休みの時に施錠しておりますので」
「見張りが付かないのですか」
「殿下のお気に召しませんので」
そんなことでよいのだろうか。アストリットは無意識に溜息を漏らしていた。
「それでは私が休むわけには行きませんね」
「そのようなご心配はご無用でございます。そうは申しましても、殿下のお部屋を挟む向こうの部屋には、交代で警備隊が控えておりますので、大尉殿にはゆっくりお休みいただくようにとのご伝言を仰せつかっております。ただ、不審者が侵入した場合、大尉殿のお休み中に警備の者が突然失礼する場合もあるかと思いますが、ご了承ください。それからご入用のものがありましたら、なんなりとお申し付けください。ご遠慮もご無用、とのことでございます」
「私のようなものに殿下のお心配り、感謝致します」
身辺警護への待遇にしては手厚すぎるような感もなくはないが、それについて今は意見する気にはなれなかった。
「殿下は六時に起きられ、朝食は七時でござます。小食堂においで下さい。場所はご存知かと思いますが……」
「存じております」
「それから、あちらの棚に全てお召し替えをご用意してあります。お好みがあるかとは思いますが、何かお気に召さない場合はモニカにお申し付けください」
恭しく返された掌の先に、扉が両開きの立派な衣装棚が立っていた。
マーリングが部屋を去った後、衣装棚の扉を開けると、まさに自分が過去に護衛してきた婦人方の着ているようなドレスがわっと目に飛び込んで来た。いくつか取り出してみると幸いにも、そのほとんどは形がすっきりしているものばかりだった。
アストリットは、その一番隅に自分の軍服があるのに気がついた。そして、足下には愛用の剣と、見たことの無い短剣が横たわっている。短剣を取ると程よい重みがしっくりと手に馴染み、鞘から抜いた刃は自分の顔を映して煌めいた。試しに刃で紙を軽く撫でるとあっさり裂けた。
短剣を鞘に納めながら自分に言い聞かせるように呟いた。
「アストリット・ローゼナウ。本日からミカ・フォン・オールソン殿下の護衛に専従する」
「私はここにいる。大尉殿が入浴していても、なにかあったらすぐに私の元に駆けつけられるようにな」
金の透かし彫りの椅子に座ったミカは、本を手元に寄せて高慢な笑みを口の端に刻んだ。
アストリットはその言葉の意味が分からなかったが、侍女のモニカが続き部屋のドアを開けて浴場が現れたのを見ると、納得した。
そこには花崗岩の巨大な浴槽があり、その正方形の角の四点には、それぞれ違う楽器を手にした人魚の彫像が、傍らにユニコーンを控えて置かれていた。
「失礼致します」
モニカは、閉められたドアの前で立ち尽くすアストリットの軍服の金ボタンを上から外し始めた。目の下で侍女のふくらんだ白い帽子が微かに動く。
アストリットはその素早い行動に動揺し、思わず侍女の手を上から抑えて言った。
「も……申し訳ありませんが、湯浴みも着替えも一人で出来ますので、どうぞお引き取りください」
「しかし、殿下のご命令ですから……」
「ですから、私から殿下には申し上げておきますから、どうかこの場は……」
困ったように眉尻をさげるも、小柄なモニカは一礼してドアの向こうに消えた。ほっと息を付き、素早く服を脱ぐと、少し悩んだ後ユニコーンの背にそれを置いた。
湯の中で髪が揺れる。広々とした湯殿は格別でも、のんびりはしていられない。こうしている間にも刺客はすぐ近くにいるのかもしれないのだから。
「失礼致します。お着替えをお持ちしました。それから、大尉殿のお召しになっていた服は、殿下のご命令により預からせていただきます」
再び入って来たモニカは軍服を取り上げると、深々とアストリットに向かって一礼した。
「え、あの……それは……!」
「ご命令ですから」
今度は有無を言わさぬ強気な背中を見せ、モニカは出て行ってしまった。仕方なく顎まで湯に浸かって、再びミカが自分を指名した理由を考え始めた。
――そうか……、殿下は城内の警護が厳しくなると、お忍びで遊びに行かれないことを懸念しておられるに違いない。それでも、脅迫状が来たからには、警護の目が光る。それならば大尉級の私を護衛に指名して、一応周りを納得させようとお考えになった。女の私ならいろいろと誤摩化しようがあると思われたのか。男のレヴァンよりも具合がいいと思われたか。それならば私が指名されたのも頷ける……。
そのとき、ドアが開いて人影が彫像の後ろに回った。
「モニカ殿、お引き取りくださいと……」
「おまえがモニカを追い払ったのではないのか」
姿を見せたのはミカだった。アストリットは急いで身を縮めた。耳の下を湯が打つ。
ミカはアストリットに最も近い、人魚の彫像に寄りかかって、小さな波間に白く歪んで見える裸体を見下ろす。そして、つと彫像の露な腰の緩やかな線を指でなぞった。
自分が触れられたわけではないのに、それを見たアストリットの肌が粟立つ。それを悟られるのを恐れるかのように、目を伏せ、口早に言った。
「あの……軍服を取り上げて……どういうおつもりですか」
「あんなのを着て一日中纏わり付かれたら目障りだ」
浴場にミカの声が低く響いた。湯にミカの視線がとけ込み、彼女の肌を火照らせる。
「しかし……スカートなど着ていたら、剣を下げることも出来ませんし、足回りも悪く、刺客との戦いの時にこちらが不利になってしまいます」
「それならば、その条件に見合う武器で互角に戦えるほどの訓練をすればいいだろう。いつでも整えられた環境で敵と一騎打ち出来るなどと思う方がおめでたいと思うが?」
「そっ……それは……」
ミカの言う通りだった。身辺護衛にあたるならば、予測出来ない事態にも備えられるだけの騎士としての技術が要されるのだ。アストリットは裸を見られているよりもその言葉に自分を恥じた。
「さあ、いい加減出て来たらどうだ。のぼせて倒れたら、マーリングに運ばせるぞ」
ミカの言葉にはっと顔を上げると、視線が交じった。そこに熱が篭っているように思うのは、自分が思ったよりも長く湯に浸かり過ぎたのだろう。
彼女にとって、ミカに見られていることすら堪え難いことであるのに、その上、男盛りのマーリングにまで自分の裸体を晒すなんて想像だけでも恥ずかしさで逆上せそうだった。
――絶対服従だ。ただの一騎士が、王子殿下に逆らうことなどあり得ないのだ。
膝を抱えていた腕を解き、ゆっくりと浴槽から出る。床に立ったアストリットの体を流れる湯が部屋中のろうそくの光に反射し、輝く。
ミカはそれに一瞬目をすがめ、おもむろに体を起こして彫像に置かれてあるタオルを広げた。
「体を拭いてやろう。こっちへ来い」
殿下は自分の主人である。
戸惑いや躊躇いの類いは許されない。
恥ずかしさで俯き加減であった顔をぐっとあげて、ミカに近づいた。彼はそんなアストリットからひと時も視線を反らさない。
あと一歩でミカに触れそうな距離に来ると、彼女はタオルで体を包まれ、引き寄せられた。相手の胸にすっぽり収まると、背中に回された腕に一瞬力が篭った。
急に胸が苦しくなったのはそのせいだ。アストリットはめまいを覚えた。
「殿下……殿下の服が濡れてしまいます……」
巻かれたタオルの下でどうしていいか分からず、目の前のミカの固い胸に、抵抗を含めて小さく訴えた。
異性にこうして抱かれたのは、母を亡くし涙の絶えない日々、幼馴染みのマーヴェリックが慰めた九歳の時以来一度も無い。
それでも、ミカはあっさりと訴えを払った。
「構わん。おまえは黙って立っていろ」
ふと腕が緩み、体の向きをくるりと変えられる。
「まず、髪からだ」
後ろから彼は、タオルで優しく髪の束を押し挟むように繰り返し手を動かす。それが終わると、肩に掛かったタオルの表面を腕に沿ってゆっくりと撫で下ろした。その一つ一つの動きに、緊張で固くなっていた体の力が抜けて行くようだ。
「殿下……、自分で出来ますから……どうぞお引き取りを……」
ミカの気が変わることに、一縷の望みを抱いて今いちど訴えたが、それは微かに笑いを含んだ声に一蹴される。
「おまえは黙って指示に従うのが仕事だろう」
そう言うと同時に、ミカの手がアストリットの脇の下から前に回り、乱暴に乳房を掬い上げるようにして掴んだ。
「あっ……」
不意打ちに、顎がぴくんと上がる。
厚地のタオル越しでも、ミカがその手に子ヤギ革の手袋をはめていても、指の食い込む感触はしっかりと伝わっていた。彼女は息を詰まらせ、その指に力が込められたり、緩められたりする動きから逃れようと身を捩った。
「殿下……その、ようなことは……」
「止めろと言うのか? いや、それは出来ない。大体、おまえこそアストリット・ローゼナウに化けた刺客かもしれんのだ。すみずみまで調べておく必要がある」
動きは止むどころか、ミカはやや身を屈めて彼女の右肩に顎を掛けるようにし、さらに拘束を強めた。
尖った鼻先がすっと首筋をくすぐり、アストリットは息をのむ。
「ここにもまだ水が」
ミカは喉元に唇を押し付け、桜色に染まった肌を柔らかく吸った。
「んっ……」
「どうした、なにか都合でも悪いのか。やはり刺客の正体を現すのか?」
「なんでも……ございません……っあ!」
耳元で囁いた後にミカが耳たぶを甘噛みすると、彼女は思わず声に吐息を混じらせたが、すぐに唇を噛む。
どうして殿下は……私にこんなことを。体を調べるなら、女王陛下お付の王室警備隊にも女性がいるのに……。
しかし、すぐに疑問は揺らぎ始めた意識の中でうやむやになる。
「ならば、続けるぞ」
依然、ミカの左手は既にタオルがはだけた乳房を捏ね続け、時折中心の固くなった一点を捻り上げながら、右手はタオルの上から女の曲線を確かめるように弄り、降りてゆく。
「は……っうん」
湿った肉厚の舌が首筋を這う感触に、ひくりと下腹が緊張する。首筋から鎖骨の隆起をなぞるようにざらついた舌が、滑らかに往復する。
「これも本物のようだな」
閉じた脚の間に入り込んだ掌は、そこを擦り上げるように大きく前後に動いた。初めて犯される領域。違和感と疼きに困惑しながらも、先の恐怖を読み始めた本能に体は強ばる。
腿に挟まれたミカの手は、アストリットのぴたりと閉じた内腿を擦るが、しっとりと滲んだ柔肌の汗を革が吸い、その動きを鈍くしていた。
「脚を開け」
ミカは苛立たしげに耳元で言い、肩口に歯を立てた。言われるままにアストリットが膝を緩めたその刹那、細毛に包まれた丘陵の奥に滑って指が節を入れた。そして薄い襞の内側を確かめるように何度もなぞる。
「殿……下っ……」
声は慄然に震えていた。しかし彼はそれには耳を貸さず、代わりに、抵抗に体を捩る彼女の乳房の尖端を強く摘んで、その立場を再び思い起こさせた。
アストリットは痛みを伴う刺激とともに、執拗に濡れた部分を嬲っていた指がとぷりと自分の中に入って来た異物感に体を震わせ、思わずミカの腕にしがみつく。
ミカは器用に人差し指と薬指でぐっと襞を割り、中指を襞の間に侵入させると、探るように緩慢に上下に動かした。
その、肉を割って動く指の形が生々しく、それが少しでも奥に進み入ると彼女の呼吸は苦しげに乱れた。
「狭いな」
脚の力はとうに抜け、抱きすくめられるようにやっと立っていたアストリットの鼻先に、彼の手が差し出される。その中指、関節一つ分だけ、手袋が色濃くなっている。
「体を拭いたはずなのに、まだ濡れているとはどういうことか……」
「わ、わかりません……」
アストリットは思わず顔をそらせた。ミカはその耳の輪郭に唇で微かに触れた。
「おまえは飢えているのだ」
再び襞の間に潜り込んだ指が、滑らかに動く。女の入り口で戯れ、淡い茂みの中に孤立した蕾の上を何度も指が往復する。浅い部分をかき混ぜられているはずなのに、下腹の奥が疼き、それがどんどん迫り上がって目の奥に熱い渦が巻く。
突起の上を熱が往復する度に、甘い痺れが迫り上がってくる。摩擦がますます滑らかに、激しく、速くなるに連れてアストリットの半ば開かれた口から喘ぎが溢れた。
体中に絡み付くこの甘い蔦を断ち切る剣はこの手に無い。そしてそれはますます、幾重にも体に巻き付いてくる。
初めて自分を襲う狂おしいほどの疼きを、感覚を断とうとすればするほど、ミカの指の動きが瞼の裏で踊り、意識はそこだけに集中した。
「っ……ん……んっ…………はぁ……あっ!!」
突然、体を甘く鋭い刺激ががぴりりと突抜け、背が仰け反った拍子に指はミカの固い腕に食い込んでいた。直後、弛緩した体は膝からかくんと落ち、支えられること無く床にくずおれた。
床に手をつき項垂れ、流れる琥珀の髪の隙間に白い背中を見せる女騎士を起こす手を差し伸べる代わりに、彼は冷ややかに言い放った。
「大尉殿がこれしきで根を上げるなど情けない。もっと鍛えねばならんな。敵の捕虜になった女はどんな扱いを受けるか分かっているのだろう? こんなことで大尉殿に国の機密をポロポロ喋られては堪らん」
アストリットは体の周りでわだかまっているタオルをぎゅっと握りしめた。
「おまえの考えていることくらい分かっているぞ。いいか、職務怠慢でおまえを騎士団から永久追放するのはもちろんだが、それならば総指揮長にも当然その責任を取ってもらうぞ。何しろ”殿下の令”に国王の騎士が従わなかったのだからな」
ミカはそれだけ浴びせると、床に自分の護衛を残したまま、立ち去った。
王子が部屋から出て行くと、アストリットはのろのろと体を起こして用意されていた夜着と真珠色のローブを羽織った。房飾りの付いたサッシュでローブを止めるのに、指が言うことを聞かず二、三度やり直した。
上質な生地のは、格別に柔らかいがどこかよそよそしく、昨日まで着ていた木綿の夜着がすでに恋しい。
城と宿舎の距離は馬で半時間も掛からないのだが、とても遠い場所へ来てしまったような寂しさを感じた。それは闘志を向ける相手の姿が見えない分、敵地に一人で立つよりも彼女を不安にさせた。しかし、その不安は脅迫状を送りつけて来た犯人に対してかというと、そうではない気もした。
自分が自分を裏切りそうな、そんな恐怖がちらついていた。まさに、今自分の身に起こっている状態……体が、自分の体では無いような。体が、自分の意志に反逆している。
頭では今の出来事を必死で否定しているのに、体はミカに与えられた行為を素直に受け止めている。それどころか、指で、舌で、歯で触れられた場所には、ミカを思うだけで熱が浮いてくる。その場所は今までにまだ一度も剣で傷を受けたことの無い場所なのに、目に見えずともそこにはしっかりミカの痕跡が残っている。
せっかく胸の奥の洞穴に閉じ込めたはずの猛獣が、一度覚えてしまった愉楽の香りに誘われて、今にも這い出ようとしている。そして、その猛獣とはつまり自分の一部でもあるのだ。
ミカが言ったように、自分は飢えているのだろうか。それは単なる欲望にか。それとも……。
アストリットは、立ったまま夜着を片手でたくし上げ、そっと下肢の付け根に指を忍ばせると、散々愛撫された場所に触れてみた。そこはまだ熱と湿りを帯びていた。
程なくしてモニカが食事に呼びに来たが、食欲が無いからと辞退した。その後すぐにマーリングが迎えに来て彼女を寝室へ案内した。
長い廊下の左手に、等間隔でずっと奥までドアが並ぶのが見える。彼はその一つの前で止まると、軸の長い鍵でドアを開けた。
「こちらが大尉殿のお休みになる部屋で、王子殿下の寝室はその隣になります」
それを聞くと、脈がどくんと強く打った。同時に、なにを動揺しているのだと、胸中で呟く。
昼夜問わずの殿下の護衛とならば自分の寝室が隣であることは当然ではないか。刺客が夜中に忍び込むことも十分あり得る。
部屋の中には、壁の高めの位置に備えられたいくつかの燭台にろうそくが赤々と燃えていた。
大きな窓の前に美しい肘掛け椅子が二脚と楕円のテーブルが置かれ、部屋の中央よりやや壁際に、何度寝返りを打っても絶対に落る心配のなさそうな大きなベッドがある。その右手の薄緑色の壁には次の間へ続く扉があった。
マーリックはテーブルの上の水差しの側に部屋の鍵を置いた。
「あちらのドアが殿下の書斎へ通じております。鍵は開いておりますので、もしものときは正面からではなく、こちらからお入りください。正面のドアは殿下がお休みの時に施錠しておりますので」
「見張りが付かないのですか」
「殿下のお気に召しませんので」
そんなことでよいのだろうか。アストリットは無意識に溜息を漏らしていた。
「それでは私が休むわけには行きませんね」
「そのようなご心配はご無用でございます。そうは申しましても、殿下のお部屋を挟む向こうの部屋には、交代で警備隊が控えておりますので、大尉殿にはゆっくりお休みいただくようにとのご伝言を仰せつかっております。ただ、不審者が侵入した場合、大尉殿のお休み中に警備の者が突然失礼する場合もあるかと思いますが、ご了承ください。それからご入用のものがありましたら、なんなりとお申し付けください。ご遠慮もご無用、とのことでございます」
「私のようなものに殿下のお心配り、感謝致します」
身辺警護への待遇にしては手厚すぎるような感もなくはないが、それについて今は意見する気にはなれなかった。
「殿下は六時に起きられ、朝食は七時でござます。小食堂においで下さい。場所はご存知かと思いますが……」
「存じております」
「それから、あちらの棚に全てお召し替えをご用意してあります。お好みがあるかとは思いますが、何かお気に召さない場合はモニカにお申し付けください」
恭しく返された掌の先に、扉が両開きの立派な衣装棚が立っていた。
マーリングが部屋を去った後、衣装棚の扉を開けると、まさに自分が過去に護衛してきた婦人方の着ているようなドレスがわっと目に飛び込んで来た。いくつか取り出してみると幸いにも、そのほとんどは形がすっきりしているものばかりだった。
アストリットは、その一番隅に自分の軍服があるのに気がついた。そして、足下には愛用の剣と、見たことの無い短剣が横たわっている。短剣を取ると程よい重みがしっくりと手に馴染み、鞘から抜いた刃は自分の顔を映して煌めいた。試しに刃で紙を軽く撫でるとあっさり裂けた。
短剣を鞘に納めながら自分に言い聞かせるように呟いた。
「アストリット・ローゼナウ。本日からミカ・フォン・オールソン殿下の護衛に専従する」
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる