かの騎士、王子殿下専属につき

久保 ちはろ

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第六章 1

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 午後の散歩の後、普段なら執務室に消えるミカを見送るはずのアストリットが、締めかけたドアの隙間からするりと身を滑らせて入って来た。
 驚き、止まったミカの手の動きを彼女は引き継ぎ、閉めたドアの前で二人は向かい合った。
「なんだ? 何か用か」
 アストリットは頷いた。
「殿下に二つ、お願いがあります」
「ほう。大尉殿が。珍しいな。言ってみろ」
「それでは恐縮ながら……」
 ミカの、自分を蔑む眼差しにもそろそろ慣れて来た彼女は、物怖じもせずにその主の手首を取って、やや奥にある窓際の長椅子まで引っ張って行った。
「お掛けになってください」
 ビロード張りの椅子の中央をぽんぽんと叩く。訝しげに眉を顰《ひそ》めるも、彼は大人しく座った。アストリットは甲斐甲斐しく肘宛側にクッションをずらし、形を整えてから、「失礼します」と短く断ると、立ったままミカの両肩に手を置き、うんうん、と押し倒し始めた。不意打ちにバランスを崩したミカは思わず椅子の背を掴んだ。
「なんだ、なんだ……」
「大人しく、横になってください……」
 傾いたままそれ以上動かない体に、アストリットは体重をかけてさらに伸し掛かる。
「おまえからとはまた、積極的だな……」
 可笑しそうに口元を綻ばせながら、それでもやっと専属護衛の言いつけ通りに横になり、足も向こうの肘掛けに上げてすっかり寛いだミカは、覗き込むアストリットを見上げた。
「は……? あっ……、そ、そうではなくて」
 さっと首の辺りまでまっ赤にしながら、彼女はミカの肩から手を放そうとする。その腕を素早く掴んだミカは胸の上に女を抱き込んだ。
「あっ……」
「それなら、これはどういうことだ?」
「そ、それは……殿下には少し休息が必要だと思いまして……。ここ数日ずっと夜遅くまで執務室に篭られています。それに今日、お咳をされていましたし……。お願いですから少しでもお休みください。本当にお体を壊してしまいますよ」
 祈るような眼差しで訴えるアストリットの言葉はミカの胸を熱くした。しかし、そこで素直に頷けないのが、人より独占欲の”やや”強い王子殿下の拙さだった。
「よく観察しているな。……おまえは、誰にでもこういった心配りをするのか」
「えっ……」
 自分に向けられた鋭い眼差しに、アストリットはさすがに怯えた。ここで「私がいつも見ているのは王子殿下だけです」、などと正直に言おうものなら、ますます煙たがられるのは目に見えている。せっかく横にすることに成功したのに、答え一つでは邪魔な自分をさっさと追い払い、机に向かってしまうかもしれない。彼女は真っすぐミカを見て慎重に言葉を選んだ。
「もちろんです、殿下。殿下はお忘れかもしれませんが、私は一応大尉という身分を授けられています。多くの部下の様子に気を配るのも私の役目。労いの言葉は掛けて掛けすぎぬことはありませんし、体調が悪いと思えば休ませます。それは上に立つものの役目の一つだと思っております。それは殿下にも心当たりがあると思いますが……」
「なるほど」
 ミカは短く言い放ち、さらに強く、乱暴にアストリットの体を引き寄せた。その扱いと、冷たい声の響きに女騎士は身を強ばらせる。
「おまえの二つ目の願いとはなんだ」
「それは……、殿下がお目覚めになった後で言います」
「そんな条件があるものか」
「お休みになってくださらないなら、その二つ目の願いは諦めます」
「私を脅すとは。おまえもなかなかやり方がわかって来たようだな」
 冷淡な表情で口の端を軽く上げてもミカは目を瞑った。
「あの……、放していただかないと、護衛の役目が勤まりません……」
「黙れ。私を休ませたいのではなかったのか。こうすれば、いざ襲われてもおまえが盾になるだろう」
 アストリットは小さく嘆息を漏らした。しかし、やっとミカが休息を取る気になったようなので、それ以上のお喋りは控え、抱かれたままその胸に耳を付けるように大人しくしていた。緩く上下する厚い胸板から、とく、とく、と鼓動が耳に伝わる。そして、そのうち頭の上から規則正しい穏やかな呼吸が聞こえて来た。そっと頭を上げて見ると、どうやら彼は本格的に寝入ったらしい。
 日が落ちるのが早くなった。窓から見える空は既に桃色になっていた。
 普段の険しさが削がれ、無防備で麗しい顔が間近にある。光の加減で暖色に染まったミカをじっと見つめていると、通った鼻梁や薄く色づいた唇に幼少の面影が現れてくる。
 体温を感じるほどに体は重なっているのに、心はなんて遠い所にあるのだろう……。そして、いつまでも幼い頃の思い出にすがりついているのは自分だけ……。彼女はこみ上げる切なさに胸を詰まらせた。
 触れ合った肌の感触が蘇った。筋肉を纏った均整の取れたミカの体。最初さらりとしたそれは、やがて熱を持ち、しっとりと湿り、最後には流れる汗と体液に濡れて自分の肌の上をなめらかに滑る。その手が、唇が、舌が。アストリットの体でミカの触れていない部分は無かった。身体中の膨らみも、窪みも、深みに至るまで。撫で上げ、揉んで扱き、かき混ぜた……。
 体の芯が熱くなる。背徳感を味方につけた理性が、膨らみ始めた欲望を振り払おうと努力した。
 少しだけ……。少しだけなら触れても起こさないだろう……。ミカを求める自分を抑えきれずに、おずおずと腕を伸ばしていた。
 頬に掌を滑らせる。最近、殿下は少し痩せられたのではないか。公務の他に、近隣諸国の資料にも目を通されているし、その合間の武術の稽古、社交も怠らない。ダウソンはそんな激務をこなす殿下に何も言わないのだろうか。いや、言っても耳を貸すようなお方ではないと筆頭執事も心得ているのか。
 そっと、長い前髪に触れる。柔らかい。ミカは起きる様子を見せない。アストリットは指を髪に差し入れ、耳の方へ梳いてみる。指の間をミカの髪が優しく愛撫した。なんて気持がいいのだろう。
思わず二度三度とそれを繰り返していると、伸ばした腕の下で「うん……」とミカが声を漏らした。慌てて腕を引っ込め、上目で主人をうかがうが、起きたのではないらしい。しかし、その刹那、ミカはアストリットごと寝返りを打ち、身体を抱いた腕に力が入った。額に唇が押し付けられている……。ミカの鼓動はもう聞こえてこなかった。代わりに自分の心音の高鳴りだけを意識しながらも彼女は一時、ミカの少し高めの体温と、服に染みた香の香りを堪能した。
 しばらくすると、アストリットは腰から尻の方へ降りて撫でる掌の感触を拾った。始めは寝ぼけたミカの手の位置がずれただけだと思っていたが、それにしてはやけに長く続き、場所が限定されていた。アストリットが顔を上げると、意味深に煌めく青い瞳があった。
「お、起きておられるのなら一言おっしゃってください……」
 そう言いながら彼女は片手を後ろに回し、まだ蠢いていた手袋の手を抑えると、それは大人しくその場に留まった。
「いや、なんだか夢を見ていたようでな。思い出せないが、寝ぼけていたようだ」
 部屋はだいぶ暗くなっていた。それでもミカが寝ていたのは三十分ほどだった。うそぶくミカの顔を訝しげに見上げながらアストリットは立ち上がろうと身じろぎしたが、自分を囲う腕の力は強い。
「まだ十分にお休みになられていないのでは」
 ミカはアストリットに腕を回したまま体を起こし、彼女を膝に載せて一つ大きく伸びをした。
「いや、逆に寝すぎると頭が働かん。これくらいが丁度いい。だいぶすっきりした。おまえの体は柔らかく、温かかったしな。一応礼を言っておく」
「殿下……! 私は掛布ではありません……!」
「そうむくれるな。木の実を頬張ったリスのような顔になってるぞ」
 護衛をからかうミカの目元はいつになく柔らかい。それを見たアストリットは胸にくすぐったさを覚える。それでも不細工だと言われているのには間違いない。
「普段からこういう顔なのです!」
 体を捩り、逃げだそうとする彼女の腰を引き寄せながら、ミカは急に真顔になった。
「で、二つ目の願いとはなんだ」
 昼寝をしたのだし、すっかり忘れているだろうと思っていたアストリットは小さく驚いたが、間近の主人に、控えめだがはっきりとした口調で尋ねた。
「あの、一日……、いえ、半日でも良いのでお暇を頂きたいのです。姉に会いたいのですが……お許しいただけないでしょうか」
「ふむ。そういえばおまえには姉がいたのだな」
「はい。来年嫁ぐことになっています……」
 ミカはしばらく探るように深緑の瞳を見つめ、口を開いた。
「私は喉が渇いた」
 脈絡のない唐突な言葉に戸惑いつつも、アストリットはミカの腕から素早く抜け出し、立ち上がる。
「失礼しました。すぐにお水をお持ちします。それとも何か他のものがよろしいですか?」 
「他のものがいいな」
「なんなりと」
「大きな声では言えぬ。まあ、掛けろ」
 薄笑いをうかべながら今度はミカがポンポンと椅子を叩くのを見て、アストリットは小首を傾げる。宴のときだけに振る舞われるような秘蔵の酒の類いだろうか。それをダウソンに見つからずに取って来いと言うのか。
 主人の隣に座ると、ミカは顔を寄せて女騎士の耳元に囁いた。
「おまえだよ。おまえの、あれが飲みたい」
 アストリットはまじまじとミカを見つめる。しかし、その瞳は真摯で、揺るぎない。その真剣さに胸騒ぎを覚えつつ、自分は主人の求めるものを持っていたかと素早く頭を巡らせた。そして彼の意図しているものに思い当たると、かっと頬に血を上らせた。恐る恐る、もう一度王子の顔を見た。そこに笑みは無い。
――あの時の瞳だ。
 宿屋で始めて自分の蜜を飲まれたときの。まだ覚えている。忘れられるものか。彼女の心臓は早鐘を打つ。
「それに、願い事をして叶えられた場合、相手になにがしか礼をするのが常識だろう? それともう一つ、大尉殿。このように無防備に密室で男と二人きりになるのは、淑女の取る行動としてはどうかと思うが」
「お、お言葉ですが……! ここは城内の執務室で……」
「どこだろうが密室には変わりない。警戒が無さ過ぎる。そんな護衛が私の命を守れるのか? 不安だな……他の者に替えてみるか。おまえが優秀だと聞いて指名したが、このような結果で残念だ」
 そうだ。最近の私は確かに周りが見えていない。先に起こりうる状況を読み、回避する行動を幾つか頭に入れておく。それは護衛が取るべき行動として、基本中の基本ではないか。殿下を思うあまり、これを怠るとは。まさに恋に盲目になった女の醜態……。命を狙われている殿下がそんな護衛に不安を抱かれるのは無理も無い。そして私はこの役目を取り上げられたら、もう二度と殿下のお側に仕えることはないだろう……。 
 叱責よりも、それを考えるだけで胸が張り裂けそうだった。
 アストリットはうなだれたまま、声を震わせた。
「そ、それだけは……。このようなことは二度と無いと誓います。そして、私にどうかもう一度、機会をお与えください……」
「部屋で私以外の男と二人きりにならないと誓うな」
「はい」
 不安に瞳を揺らして見た目の前の端麗な顔はようやく微笑んだ。
「ならよい。さあ、もう一度機会を与えてやる。ああ、座っているだけでよい。足をここに上げて……」
 椅子から下り、アストリットの正面に跪いたミカは彼女の絹の華奢な靴を脱がせると、足首を取って椅子の縁にかけた。そして拒む隙も与えず、スカートを捲り上げて下半身を露にした。
「や……」
 膝を閉じ、慌ててスカートを下ろそうとする手をミカは軽く払った。それで十分だった。アストリットはすっかり観念し、弱々しく力を抜いて長椅子の背にもたれた。
 ミカは小さな膝頭をゆっくりと割る。淡い繊毛の下にくっきりと現れた秘裂が、薄暗い室内でも鈍く光っていた。
「濡れているぞ……」
 アストリットの顔に血が昇る。
「私が寝ている間に、真面目な大尉殿がやましいことなど考えるはずが無いと思うが……」
 目は口ほどに物を言う、とは良く言ったとものだと、アストリットの潤み始めた瞳をみて思う。
「何を、考えていたのだ?」
「何も……」
「何も考えないで一日中ここをこんなにしてるのか。おまえは相当ふしだらな女だな」
 ミカの指が溝をすっと掠める。アストリットは小さく息をのむ。
「っ……ぁ……ち、違います……! 殿下に……」
「私に?」
「殿下に触れられて……」
「男に触れられただけでこんなになるのか。それともおまえは私に何か特別な感情を持っているのか?」
 思わず頷きそうになる自分を、寸での所で抑えた。代わりに、ゆっくりと頭を左右に振る。殿下の側にいたいなら、その感情は隠し通さなくてはいけない。そして、同時に不謹慎な自分を恥じていた。
「そのようなことは……決して、ございません……申し訳ございません……」
 その言葉を聞いて、自分を見上げている瞳が急に冷気を帯びる。
「つまらんやつだ」
 ミカはそれだけ吐き出すように言うと、ぐっと両腿の裏側を割るようにして上げ、さらに開いた。
「あっ!」
 中心からとろりと滲み出た露をミカが舌ですくうと、彼女は身を悶えさせた。その腿をさらに女の体の方へ寄せると、椅子の背に挟まった体は完全に動きを封じられた。
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