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第43話 オルカに乗ったイングリド

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「あはははは! これはすごい! 楽しいー!」

 水面から、大きなオルカが飛び跳ねる。
 その背中には、専用の鞍馬にまたがったイングリド。
 彼女を乗せたオルカも、気持ちよさそうに飛んでは潜り、そして泳ぐ。

「やるな嬢ちゃん! 初めてでそれだけ乗りこなせるなんて、すげえ才能だぜ! まるであつらえたみたいに、相性がぴったりだ!」

 またも仕事をしたか、幸運スキル。

 俺たちは今、船の上だ。
 オルカ騎士団が所有する船は三隻あり、そのどれもが二つの帆柱を持つブリガンティンタイプ。
 これはそのうちの一つ、レッドオルカ号だ。

「驚くべき熟達速度です。いや、彼女がイングリドに合わせてくれているのか。あれほど相性がいいことは珍しい」

 キルステンが驚いている。

「恐らく彼女は、天才の類いだと思うね。そして、ユニークスキルの力で、その能力が十二分に発揮されている。それにこの俺と、ドワーフの魔術師がいるんだ。大船に乗った気分になってこないか?」

「なりますね。オーギュスト師だけで充分だとも思ったんですが」

「それは俺を買いすぎだ。幾ら俺でも、たった一人では何もできないよ」

「それは謙遜しすぎです!」

「何言い合ってるのさ、あんたたち。しかしまあ、あたいは海の風景は好きだけど、ここから落ちたらと考えるとゾッとしないねえ」

 船べりにしっかりとしがみつき、じっと海を見下ろしているギスカ。
 彼女が言うように、本当にドワーフは水に沈むのだろうか。
 詳しいことは分からない。

 試してみたいと思ったが、意図を読み取られたらしく、ギスカにギロリと睨まれた。
 やらないやらない。

 さて、オルカ騎士団withイングリドと並走しながら、大型帆船レッドオルカは海を行く。
 このままの風向きで半日も突き進めば、キングバイ王国の本国になるのだろうが……。
 そこで問題が出たわけだ。

 突如、海の流れが変わる。
 海流は一箇所に向けて、渦を巻き始め、いかに風を味方につけても船は先へと進めなくなった。

「これは一体? どれ……」

 俺の船乗りスキルが唸る。
 水の流れはある場所から急激に変化している。
 これは自然現象ではない。

 魔法によって、海の一区画が大きく区切られているのだ。

「しかもこの規模……かなりの大魔法を行使していると見える。この先はどうなっているんだね?」

「大渦潮です。船が巻き込まれれば、無事には戻れないでしょうね」

「それを使って、キングバイ王国を外に出てこられないようにしているわけか。なるほど、それをやって誰が得をするのか、明らかになってくるな」

 今現在、キングバイ王国と反目している組織は、ただひとつ。
 マールイ王国である。

 俺が考えるに、これはマールイ王国が何らかの手を使って、キングバイ王国に嫌がらせをしているのだ。
 それも、この状況を解消しようと挑んだ人間が死んでしまうような、たちの悪い嫌がらせだ。

「魔法であることは我々も察知しています。キングバイ王国でも、所属する魔法使いをかき集めて対抗しているのですが……。攻略に手間取っているようです」

「なるほど。そしてこれを行っているのが魔族と」

「はい。それも、かなり純血種に近い魔族だと思われます」

 魔族というものは、過去の大戦で召喚された異世界の存在だ。
 その上位種は、人族を遥かに超える強大な力を持ち、単体で戦場を支配することができる。
 悪魔、あるいは魔神とも呼ばれる。

 俺は、そのうちの一柱、炎の悪魔と呼ばれるバルログが、戯れに残した子孫なのだ。
 バルログを始めとする魔族たちは、ほとんどが退治され、純血種……召喚されたままの本物の魔族はもう残っていないとされている。

「それは実に、具合が悪いね。俺は魔族とは言えど、せいぜい一割程度しか血を受け継いでいない半端者だよ?」

「ですが、オーギュスト師。強大な上位魔族たちは、そのことごとくが人族によって倒されたのです」

「その通り」

 俺とキルステンは笑い合う。
 キングバイ王国の魔法使いを束ねたよりも強大な魔法を行使する、純血種に近い魔族。
 どれほど強力であろうと、勝てぬ道理は無いのだ。
 それは歴史が証明している。

「では、船で周囲を回り、魔族についての情報を集めて行こう。俺の戦いは、情報をきちんと集めてからが本番だからね」

「戦わないのか? そのために来たんだろうが」

 他のオルカ騎士団が、不満げに問う。

「相手の手の内を知らずに戦うなんて自殺行為だよ。とりあえず五割。相手の姿形、手の内が分かるだけの情報があればどうにかなる。それ以降は、幸運の女神が突破してくれるさ」

「幸運の女神?」

 疑問を感じるオルカ騎士団。
 彼女の力は、ともに戦わねば分からないだろう。

 おっと、話をしていたら、船が軽く傾ぎ出した。
 これは渦に向かって引き込まれる予兆だろうか?

 操舵手が慌てて操作し、団員が帆柱に取り付いている。

「キルステン団長、一つ聞きたいのだが」

「はい、なんでしょう?」

「我々はここまで来ても、渦潮による不自然な海流操作しか確認できていない。これは特殊な自然現象だと見ることもできると思うが……どうして、相手が魔族だと確認できたんだい?」

「ああ、それはですね。敵が宣戦布告してきたんですよ」

 キルステンの表情が険しくなった。

「巨大なイカを馬のように乗りこなす、青い肌をした魔族でした。確か名前を……ネレウスと名乗りまして」

 魔族ネレウス。
 それが今回戦う相手の名前か。
 エルダーマンティコアよりは、よほど厄介な敵であろう。
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