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出張!私のイギリス編

第318話 決戦、風の大魔将後編伝説

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 ロンドンを主な活躍の舞台にしていた、とある配信者は後に言う。

「俺は、ルシファーが日本から噂のきら星はづきを呼ぶと言うから、どんなもんかと思ってたんだ。凄いとは言っても二十歳にも満たない女の子だろ? うちで登録者数が凄いと言えば、シェリーやブラックナイト……ああ、あいつはちょっと年行ってるか、だけどさ」

(ここでコメント欄にブラックナイトが現れ、この配信者は顔中に汗をかきながらなだめすかし、謝る)

「……おっと、ひでえところを見せちまったな。とにかく、あいつらみたいにリスナーを煽って集めて、それで仲間とコラボしてどうにかするもんだと思ってたんだ。実際、イエローキングはヤバイ過ぎて(ヤバイ、を日本語で発音した)それじゃあどうにかならなかったんだけどよ。だから、そこまで期待してなかったんだ。だけど」

 配信者は声をひそめた。

「とんでもない。あの娘は、俺が知る配信者っていうものと全然違う代物だった。人の力を集めて偉業を成すのが英雄っていうもんだと思うが、あれはなんか違う。なんていうか……」

 そこで彼が映し出すのは、先日イギリス全土を解放するに至った、ベルファストの戦い。
 イエローキングと差し向かう、上空にて腕組みしながら仁王立ちした少女の映像だ。

「クラウドライダーを蹴散らし、次々に都市を解放した。それぞれ、たった数十分でだぞ? 彼女にはタイムリミットがあった。二週間だ。それでハイスクールに戻らなきゃならない。そうだ。まだハイスクールに通っている子どもなんだ」

 語りに熱が入りながら、彼は横に用意したソーダを飲んだ。
 ちょっと気管に入ってむせる。

「失礼。最初に俺は、舐めてるのかと思った。俺達が必死に戦っても押し切られて、どんどん俺たちの王国が削り取られていっているってのに。極東の島国から来たちょっと有名なだけの女の子がさ、何ができるんだって思ってたよ。まあ実物はかなりカワイイだったけどな」

 コメント欄で、きら星はづきの本物を見られた彼に、わあわあとやっかみの声が寄せられる。

「落ち着け、落ち着けよ紳士淑女諸君! じかに見られるってのはいいことばかりじゃない。いや、ある意味いいことだったのかもな。配信者の頂点ってのは人間辞めてるんだなって、俺は理解した。それだけ、あの戦いは衝撃的だった。ベルファスト中に吹き渡ってた風がよ、止まったんだ」

 画像の中では、安定していなかったカメラが突然揺れなくなる。
 彼が、これについて疑問を口にしている音声。

 見上げるきら星はづきが、魔将が変化した翼を広げ、イエローキングに近づいていく。
 遅々とした速度だ。

 対するイエローキングは、上空のスーパーセルをベルファストへ落とそうとして……。
 そこに、茶色い棒のようなものが放り投げられた。

 スーパーセルが、棒に触れると……。

「割れた。真っ二つに割れた。冗談かと思った。風ごと、雲ごと、真っ二つに断ち割りやがった。この国に普段来ることなんか絶対ない、馬鹿みたいな規模の可視化された嵐だ。そいつが物理的に叩き切られて、消えた。自然災害の超弩級な嵐に殴り勝つって、なんの冗談だよ、これ。笑うしかなかった」

 彼はまたソーダを飲んで、一息ついた。

「正直、頂点はもっと低いと思ってたんだ。シェリーは普通に人間だし、オフで会うと年相応のクソガキだ。ロンドンだと、あいつが配信者トップだな。だが、届かないって感じじゃない。俺もなにかステップアップのイベントがあれば、ワンチャン行けそうだと思った。だけど、彼女は無理だ」

 きら星はづきは映像の中で、茶色い棒を新たに抜き出している。

『産地直送なんですよ。今朝採れたゴボウで、見て下さいこのツヤ! 今ならゴボウセットが大変オトクな値段で』

 とか言いながら、ゴボウの先端から光が生まれた。
 ピンク色の光だ。
 それが、上空から地面に届くほど長く長く伸びる。

 これは無造作に振り上げられ、進行方向にいたイエローキングの眷属すべてを薙ぎ払い、消滅させた。
 イエローキングが新たな嵐を呼び、これを受け止める。

 嵐が断ち切られた。
 イエローキングが逃げる。

「彼女はさ、オフで見たら、食べるのが大好きな普通の女の子なんだ。それが、配信が始まると全く別の何かになる。考えてみりゃ、普段だってあんなにやる気も覇気も見えないのが不自然だった。真の強者は己を飾る必要なんか無いってことか? その通りだ。彼女は正真正銘、怪物だった。イエローキングが現れた時、この世の終わりだと思った、だけど、この時俺が思ったのは、イエローキングなんかまだまだ大したやつじゃなかったんだってことだ。まるでコミックやアニメの世界だ!」

 天を仰ぐ彼。

「ああ、自信喪失なんて現実的なものじゃなくてさ。すげえもの見ちゃったなあって話さ。引退? しないしない。小さいダンジョンとかさ、もっと身近に出てくるモンスターやゴーストなんか、あんな光る聖剣みたいなので薙ぎ払うのは大変だろ? それこそ俺の出番さ。人には人の、きら星はづきにはきら星はづきのスケールってもんがある。じゃ、映像を見返してみようか」




「あー、イエローキング逃げちゃう逃げちゃう。でも時速40kmなんでしょう?」

『今は周りに人間もおらぬし、きら星はづきしかくっついておらんから瞬間的に音より早くなるぞ。ゴボウを構えよ』

「あ、やりますか。どうぞどうぞ……」

 私はバングラッド氏の本気に備えた。
 急速に遠ざかっていくイエローキング。
 見た目は黄色いローブの人なんだけど、その後ろに揺らめく大きなよく分からないカタチの何かが見えるんだよね。

 ちなみにイエローキングの影を直視すると、普通の人ならおかしくなっちゃうそうな。
 ははあ。
 あれを直視してはいけない。

 じーっと見ていたら、急にそれが近づいてくる気がした。
 あ、バングラッド氏が急加速したんだ!!

「あひー! 衝撃波切り!」

 スパーンと何か手応えのあるものを切ったら、バングラッド氏が加速した。
 なんだなんだ。

※『さっきはスーパーセルを切ってて、今回は衝撃波を切った!?』『空気抵抗ゼロになってからの超加速、画面酔いするのよw』

 こんな状況でも的確にコメント書いてくるお前らはさすがだなあ……。
 あっという間に、イエローキングに追いついた。
 それどころか背中にぶつかって、突き抜けた。

『ウグワーッ!?』

 イエローキング、実体がない感じだ!
 あ、でも風だからそんなもんか。

 黄色いローブみたいなのの真ん中に、私たちが開けた大きな亀裂が広がってて、やがてローブが亀裂に飲まれて消えた。
 だけどやっぱりこれは本体じゃない。
 視線を感じるのは頭上。
 ゆらゆらと揺れる、よく分からないカタチのものが私たちを見下ろしている気がする。

『こりゃいかん、行き過ぎた。しかし、あれは我では手が届かんな。攻撃手段がないぞ。イエローキングの本体はこの星におらん。星の外を風のように巡っている……』

「スケール大きいなあ……。じゃああれですか。ゴボウを成層圏超えるところまで伸ばすとか……。やってみるかなあ……」

 イエローキングの影みたいなの、空に腕みたいなにょろにょろしたものを差し上げて、何かを呼ぼうとしている。
 あ、空が極彩色に光った。

 それを見上げている配信者の人たちが、クラクラして倒れたり、頭を抱えてうずくまったりしてる。

 あれは体によくないものなのでは?

「えー、時間が無いみたいなんでRTA同接数チャレンジです。今からみんなの同接パワーをもらって、ゴボウを伸ばして成層圏の外にいるイエローキングの本体を攻撃しまーす! ツブヤキックスにも投稿しとくね……」

 私の投稿はすぐさま、一千万ビューとかになった。
 で、翻訳されて世界中に流れる。

 配信の同接数が跳ね上がっていく。

※『迷宮省から配信視聴命令が出た!』『こんなんあるんかw』『仕事中です!』『接客ぶっちして見にきました! 客も見てる』

 桁が一つ上がる。
 二つ上がる。

 あっ、これで同接数一億人ですね……!
 こんなにカウンター用意してあったんだねえ。

 私がほっこりしてたら、ゴボウの先端に生まれたピンクの光が、ズドンと太くなった。
 それがどこまでも伸びていく。

 空を突き抜けて先が見えなくなった頃合いで、イエローキングの影みたいなのがビクッとした。

『刺さったな! よーし、たたっ斬れきら星はづき!!』

「ほーい! あちょー!!」

 私はめちゃくちゃに長くなったゴボウを、思いっきり振りかぶり……。
 ピンクの光が降りてきて、水平線の先まで伸びる。
 それを思いっきり前に向けてスイングする………!

 極彩色の空が切り裂かれて、ピンクの光が通過したそばから弾けて消えていく。

『ウグワワワワッウグワワッウグワッウグワアアアアアアアアアアッ!!』

 イエローキングの影がなんか叫んでいた。
 それが頭からどんどん無くなっていく。

 その間にも同接数が上がり続けてて、二億人になったところでゴボウが振り切られた。
 パーン!と音がして、イエローキングは跡形もなく消えた。

 すると、イギリスとかこのあたりを包んでいた分厚い雲みたいなのが、一瞬で飛び散ってしまう。
 イギリス、全国的に晴れ!

「す、すべてのダンジョンの消滅を確認! イギリス解放作戦、成功です!」

 タマコさんの声が聞こえた。
 おおーっ!
 出張のお仕事、終わったー!

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