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3・到着せぬ依頼人
第7話 依頼が来ない
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冒険者ギルドに行ってみたら、恐ろしく空気が張り詰めている。
一触即発と言うか、なんと言うか。
「ナザル、ナザル」
ギルドの隅にいつもいる、安楽椅子冒険者に呼ばれた。
冒険者ギルドは、簡易な酒場としての機能も持っている。
正しくは、不味い酒と乾き物、あとは何故か気合の入った手作りケーキと美味しいお茶だけを出す酒場が併設されているのだ。
安楽椅子冒険者リップルほど、この設備を利用している者はいないだろう。
何せ、四六時中いる。
そしてたまに酒を飲み、大抵はお茶を飲んでいる。
この酒場、お茶が絶品なのだ。
マスターが趣味で毎日美味しいケーキを焼いているし。
リップルとマスターが、二人でお茶を飲んでいた。
「どうしたんだ、この空気」
「実は、ギルドに朝一で貼り出されるはずの依頼書が来てないらしくてね」
酒場のマスターが真剣な顔をしている。
出勤してきたばかりで、ギルドの異様な雰囲気に気付いたらしい。
「依頼がないということは世の中が平和だと言えるだろうけど、それじゃあ冒険者は干上がってしまうし、彼らに協力して日銭を稼いでいる私なんか干物になってしまう。由々しき問題だよ」
リップルが渋い顔をして茶を飲んだ。
そしてパーッと表情が明るくなる。
「マスター、今日もお茶美味しいね。酒は不味いのに」
「茶で商売できなかったから、仕方なく酒を出してるんだ」
とんでもないことを言うマスターだな。
「でも、そう言えばこの酒場、酒のあては乾き物しかないのにお茶のあては毎日マスターが手作りしてるもんなあ……」
「アーランは砂糖が多く流通しているからね。最高だよこの環境。いつか、お茶とお菓子だけでお店をやるのが夢なんだ」
ギルドの酒場のマスター、乙女みたいな夢を抱いていた。
「マスター、それじゃあ一つ僕に料理でも教えてもらえないか。宿に料理の設備がないものあるが、生来の無精で料理に関わらずに生きてきたのだけど。アーランに来てからずっと後悔しているんだ」
生前から自炊はしていなかった。
お陰で、この世界では既に完成されているあまり美味しくない食事を食べ続けることになっているのだ。
それに、僕の油は飲める。
なのに誰も油を使わない。
これはきっと、僕が油を使って料理を実践できていないせいに違いないのだ。
「残念だがナザル。俺はお菓子しか作らないんだ……」
「なんなんだそのこだわりは」
道理でこの酒場で乾き物しか酒のあてが出てこないはずだ。
作れない……いや作る気がないのだ。
「ナザルよ、だったらギルマスの奥さんに教わったらどうかな? 彼女はなかなかの腕前だと言うよ。今回の依頼がやってこない騒動、ギルドにとって大きな問題だ。だけどこれを解決したならば……ギルマスも君の願いを聞いて奥方に会わせてくれるだろうと私の推理は告げている」
リップル、それは推理するほどのことなのかい……?
「ギルドに貸しを作っておくのはいいね。じゃあ早速、調べてみるとしよう。僕の料理の腕を上げるために、今回は特別価格にしておく」
「お金を取るんですか!? あ、いえ、冒険者なんで当然なんですけど」
いつも受付に立っている受付嬢が、ここぞとばかりに会話に加わってきた。
茶色の髪をお下げにしてる童顔の女性で、パタパタと身振り手振りをしながら動く様が可愛らしい。
どうやら、依頼が来ないことでギルドの運営が滞ってしまっているらしい。
受付嬢が僕らの会話に加われる程度には、機能不全を起こしているのだ。
「ギルドには個人が仕事を持ち込む事もあるんですけど、基本的には山の手にある本部で一旦依頼をまとめるんです。それで翌日の朝一で各地域のギルドに依頼書を持ってくるんですけど……」
なぜか、依頼書が到着しない事態になってしまったと。
なるほど、大問題だ。
冒険者たちは、依頼がなければ動けない。
これは逆を言えば、遺跡や密林探索など、報酬が確約されていないギャンブルみたいな冒険に出るものが少なくなっているとも言える。
依頼がない、というだけで、事態解決のために動くアグレッシブな人は少ないのかも知れないな。
「ギルドの皆さん的には、仕事ができないと困るよね?」
「それはもう困りますけどぉ……。査定に係るんで……」
受付嬢が難しい顔をしている。
彼女たちの給料のため、ギルドの運営を正常に戻すべきではないだろうか?
「じゃあ、このギルドに出入りしている頼れる何でも屋に依頼をしたらどうだい? 相場くらいで引き受けるけど」
「私たちでお金を出し合って……? な、なるほど……。ちょっと持ち帰ります」
受付嬢、他のスタッフたちと相談を始めてしまった。
ひそひそ言いながら僕をチラチラ見ている。
ウィンクしておいた。
「確かにナザルさんは口が上手いからな」「面倒な人間関係の問題を解決したりもしてきたし」「実績はあるし、カッパー級だから依頼料もそこまで高くないし……」
いいぞいいぞ。
僕に依頼する方向に雰囲気が傾きつつある。
ギルドまで仕事を受けに来た冒険者たちは、ギルドが機能不全なので手持ち無沙汰で困っている。
これは、依頼書がなければそもそもギルドが引き受ける仕事が存在しないためだ。
アイアン級からシルバー級冒険者が多く、彼らは皆、懐が温かいとは言い難い。
「おい! 俺等もちょっとずつカンパするぜ!」
声を張り上げたのは、僕と仲の良い重戦士、バンキンだ。
他にも、金欠とまではいかない冒険者たちが俺も、私も、と賛同する。
ギルドのカウンターにお金が集まり、ギルド職員たちもポケットマネーを出し合った。
塵も積もれば山となる。
「依頼料、確かにいただきました。一両日中に解決してみせますよ皆さん!」
僕が営業スマイルをしてみんなを煽ると、やんややんやと歓声が上がった。
「自分を追い詰めていくねナザル。勝算は?」
リップルが他人事みたいに聞いてきた。
「これこそ僕が培っている人脈の見せ所だろ? その人脈には君も入ってるんだ。協力してもらうぞ」
前世で組織の潤滑油を務めた経験、ここで生かして行きましょう。
一触即発と言うか、なんと言うか。
「ナザル、ナザル」
ギルドの隅にいつもいる、安楽椅子冒険者に呼ばれた。
冒険者ギルドは、簡易な酒場としての機能も持っている。
正しくは、不味い酒と乾き物、あとは何故か気合の入った手作りケーキと美味しいお茶だけを出す酒場が併設されているのだ。
安楽椅子冒険者リップルほど、この設備を利用している者はいないだろう。
何せ、四六時中いる。
そしてたまに酒を飲み、大抵はお茶を飲んでいる。
この酒場、お茶が絶品なのだ。
マスターが趣味で毎日美味しいケーキを焼いているし。
リップルとマスターが、二人でお茶を飲んでいた。
「どうしたんだ、この空気」
「実は、ギルドに朝一で貼り出されるはずの依頼書が来てないらしくてね」
酒場のマスターが真剣な顔をしている。
出勤してきたばかりで、ギルドの異様な雰囲気に気付いたらしい。
「依頼がないということは世の中が平和だと言えるだろうけど、それじゃあ冒険者は干上がってしまうし、彼らに協力して日銭を稼いでいる私なんか干物になってしまう。由々しき問題だよ」
リップルが渋い顔をして茶を飲んだ。
そしてパーッと表情が明るくなる。
「マスター、今日もお茶美味しいね。酒は不味いのに」
「茶で商売できなかったから、仕方なく酒を出してるんだ」
とんでもないことを言うマスターだな。
「でも、そう言えばこの酒場、酒のあては乾き物しかないのにお茶のあては毎日マスターが手作りしてるもんなあ……」
「アーランは砂糖が多く流通しているからね。最高だよこの環境。いつか、お茶とお菓子だけでお店をやるのが夢なんだ」
ギルドの酒場のマスター、乙女みたいな夢を抱いていた。
「マスター、それじゃあ一つ僕に料理でも教えてもらえないか。宿に料理の設備がないものあるが、生来の無精で料理に関わらずに生きてきたのだけど。アーランに来てからずっと後悔しているんだ」
生前から自炊はしていなかった。
お陰で、この世界では既に完成されているあまり美味しくない食事を食べ続けることになっているのだ。
それに、僕の油は飲める。
なのに誰も油を使わない。
これはきっと、僕が油を使って料理を実践できていないせいに違いないのだ。
「残念だがナザル。俺はお菓子しか作らないんだ……」
「なんなんだそのこだわりは」
道理でこの酒場で乾き物しか酒のあてが出てこないはずだ。
作れない……いや作る気がないのだ。
「ナザルよ、だったらギルマスの奥さんに教わったらどうかな? 彼女はなかなかの腕前だと言うよ。今回の依頼がやってこない騒動、ギルドにとって大きな問題だ。だけどこれを解決したならば……ギルマスも君の願いを聞いて奥方に会わせてくれるだろうと私の推理は告げている」
リップル、それは推理するほどのことなのかい……?
「ギルドに貸しを作っておくのはいいね。じゃあ早速、調べてみるとしよう。僕の料理の腕を上げるために、今回は特別価格にしておく」
「お金を取るんですか!? あ、いえ、冒険者なんで当然なんですけど」
いつも受付に立っている受付嬢が、ここぞとばかりに会話に加わってきた。
茶色の髪をお下げにしてる童顔の女性で、パタパタと身振り手振りをしながら動く様が可愛らしい。
どうやら、依頼が来ないことでギルドの運営が滞ってしまっているらしい。
受付嬢が僕らの会話に加われる程度には、機能不全を起こしているのだ。
「ギルドには個人が仕事を持ち込む事もあるんですけど、基本的には山の手にある本部で一旦依頼をまとめるんです。それで翌日の朝一で各地域のギルドに依頼書を持ってくるんですけど……」
なぜか、依頼書が到着しない事態になってしまったと。
なるほど、大問題だ。
冒険者たちは、依頼がなければ動けない。
これは逆を言えば、遺跡や密林探索など、報酬が確約されていないギャンブルみたいな冒険に出るものが少なくなっているとも言える。
依頼がない、というだけで、事態解決のために動くアグレッシブな人は少ないのかも知れないな。
「ギルドの皆さん的には、仕事ができないと困るよね?」
「それはもう困りますけどぉ……。査定に係るんで……」
受付嬢が難しい顔をしている。
彼女たちの給料のため、ギルドの運営を正常に戻すべきではないだろうか?
「じゃあ、このギルドに出入りしている頼れる何でも屋に依頼をしたらどうだい? 相場くらいで引き受けるけど」
「私たちでお金を出し合って……? な、なるほど……。ちょっと持ち帰ります」
受付嬢、他のスタッフたちと相談を始めてしまった。
ひそひそ言いながら僕をチラチラ見ている。
ウィンクしておいた。
「確かにナザルさんは口が上手いからな」「面倒な人間関係の問題を解決したりもしてきたし」「実績はあるし、カッパー級だから依頼料もそこまで高くないし……」
いいぞいいぞ。
僕に依頼する方向に雰囲気が傾きつつある。
ギルドまで仕事を受けに来た冒険者たちは、ギルドが機能不全なので手持ち無沙汰で困っている。
これは、依頼書がなければそもそもギルドが引き受ける仕事が存在しないためだ。
アイアン級からシルバー級冒険者が多く、彼らは皆、懐が温かいとは言い難い。
「おい! 俺等もちょっとずつカンパするぜ!」
声を張り上げたのは、僕と仲の良い重戦士、バンキンだ。
他にも、金欠とまではいかない冒険者たちが俺も、私も、と賛同する。
ギルドのカウンターにお金が集まり、ギルド職員たちもポケットマネーを出し合った。
塵も積もれば山となる。
「依頼料、確かにいただきました。一両日中に解決してみせますよ皆さん!」
僕が営業スマイルをしてみんなを煽ると、やんややんやと歓声が上がった。
「自分を追い詰めていくねナザル。勝算は?」
リップルが他人事みたいに聞いてきた。
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