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第3章 貴女をずっと欲していた
動き出す3人③
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【SIDE フレデリック第1王子】
先ほどから、時計が止まっていないか、何度も見てしまう。
見る度に確実に針は進んでいるのだ、あの時計は、正確に時を刻んでいるのだろう。
毎朝、時間どおり来ては、クッキーを渡してくれた姿。
それを、楽しみにしていたわけではなく、むしろ鬱陶しいと思っていた。
なのに、いざ姿が見えないと、何かあったのではないかと気になる。
この城の中には、私のことを良く思っていない者もいるし、アリーチェは、形式上れっきとした私の妻だ。
たとえ、アリーチェが私を害する存在だとしても、気になって仕方ない。
何かに巻き込まれていないだろうか。
「なあ、マックス。アリーチェは昨日も来なかったよな……」
「なんですか? フレデリック殿下は、なんだかんだいって、アリーチェ妃のことが気になるっているんですね」
「気になるというか、なんだろう……。毎日来ていたのに、来ないと、何かあったのか心配になるだろう。王妃だって流行病にかかているわけだし」
冷めた目をしたマックスが、ジーッと見つめている。
「それは、気になるというんですよ。ですが、姉上もフレデリック殿下に愛想が尽きたのでしょう。毎日、適当な相槌ばかり打っているのに気付いたんですよ、きっと」
「別にアリーチェを、どう思っているわけではないが……」
「そうですか。それを聞けばアリーチェ妃殿下が悲しみますよ」
随分と嬉しそうに話すマックス。これは、何かのターニングポイントなのか? 私が考えるべきは、その理由だろう。
だがそれよりも、どうしていつものように、アリーチェが私の所へ来ないのか……。ずっと、そのことが頭から離れない。
たまたま寝坊してクッキーを持ってこなかっただけかもしれない、と、考えながら、つい扉の方が気になってしまう。
元気に入ってくるアリーチェを待っていたが、昼になっても来なかった。
それどころか彼女が決裁のサインをした報告書が、私の元へ届いている。
私の元へ来なかったアリーチェは、いつもどおりに公務をこなしているのか。
アリーチェと顔を合わせるのは、躊躇いがあったから、来なくなってむしろ良かったと思えばいいんだ。
貴族から要望のあった案件を視察するため城外へ出た。
もしかして、その間に、アリーチェのクッキーが机に置いてあるかもしれないと、少しだけ期待していたのだろう。
私の執務室の机に、何もないのを見て、少し残念に思っている自分がいて驚いた。
なぜなら、私の部屋に無断で入り込んでいる来客のことより先に、アリーチェのクッキーのことを考えているのだから、相当に重症だろう。
「ミカエル。私の部屋に勝手に入るなと、伝えているだろう。ここで何をしている」
「兄に折り入ってお願いがありまして」
「お前の願いなど、どうせろくな話ではないだろう。また、どこかのご夫人と、トラブルでも起こしたのか? 私に尻拭いをさせるのは、いい加減にしてくれないか」
「っ違いますよ。兄の妃のことです。兄がアリーチェ妃に関心がないのは城の人間なら、誰でも知っています。ですから、妃を僕に譲ってくれませんか?」
ミカエルの言葉に、血液が一気に頭へ登った。
わたしがアリーチェに関心がないだと? 1日中彼女のことが気になって、今だって、お前より先に、彼女のことを考えている。今、一番言われたくない言葉だった。
ワーグナー公爵家の企みがあると気付きながらも、アリーチェを手放したくない愚かな感情を、どうしていいのか分からず、混乱しているのに。
ここにクッキーがないことを確認して、直ぐにでも、アリーチェの元に行きたいと思っていた。
それなのに、アリーチェを譲る?
私の前からアリーチェがいなくなるのは、あり得ない。
彼女を手放す想像ができないし、絶対に無理だ。
不愉快な依頼を口にするミカエルに、体が震えるほどの怒りを覚えた。
「何を馬鹿なことを言っている。絶対にあり得ない、2度とそのことは口にするな」
「この国の王室の歴史では、妃を譲るのは、よくあることでしょう。幸い今なら彼女が孕んでも、兄の子ではない。王位継承権の問題も生じないし、都合が良い。それに、1度王室に入れば、彼女の実家から、僕に対して口出しされませんし」
「孕むだと! アリーチェは私の妃だ。何度も言わせるな、お前に譲る気はない。お前はワーグナー公爵家の後ろ盾が欲しいのだろうが、あの当主はそんなことを気にする人物ではない。彼女を手にしたところで、望みどおりにはならないぞ」
ミカエルなら、アリーチェに何をするか分からない。
「別に、僕は、あの美しい娘が欲しいだけだから。彼女の後見はどうでもいいよ」
美しい……? そういえば、料理長もそのようなことを言っていた。
「お前の感情は、どうでもいい」
「いや、僕も引かない。以前から、気になっていたけど、朝に城の中を走っているアリーチェ妃を見てから、彼女が欲しいんだ。何度も婚約を申し込んでいたのに、僕は断られて、兄は冷遇しているのに、妃にしているのは可笑しいだろう」
冷遇していると言われ、ヒヤリとした。
彼女と向き会おうと思った矢先、弟のマックスが現れて、私の心を乱していた。
何だこの釈然としない違和感は?
「アリーチェに何かしたら、例えお前でも許さない。アリーチェも王族だ。お前が無礼に手を触れれば、躊躇うことなくお前を処分する。余計なことを考える前に、公務を真面にこなせ。お前の決裁は、何を見ているんだ。いつも、私が、貴族達に突き返していることに、いい加減に気付いたらどうだ」
「相変わらず、小言の多い兄だな。僕は、兄とは違うから、直接アリーチェ妃を口説くよ」
「お前には無理だ。諦めろ」
直ぐにアリーチェの部屋へ向かった。
開く扉にアリーチェの姿を期待し、浮足立ったが侍女だった。
「アリーチェはいるか?」
「殿下が妃殿下の部屋へ? アリーチェ妃殿下は、まだ執務室で仕事をなさっておいでです。先ほど、夕食を執務室へ運んでおりますので、まだ、しばらくお戻りにならないかと存じます」
この時間にまだ仕事をしているのは、どう判断したらいいんだ? マックスが評価する何かがあるようには思えないが。
既に明かりが乏しくなった王城の廊下を、自分の足音だけが響き渡っている。
薄暗い廊下にアリーチェの執務室から明かりが漏れている。
確かにここにいるようだ。
アリーチェの執務室を、初めて訪ねてみたが、私の執務室から随分と遠いことに、この距離を歩いて実感する。
ノックに呼応するように、「どうぞ」と弾むような声が聞こえた。
アリーチェは、この時間まで仕事をしているのに、随分と楽しそうだが。
妙なテンションの高さに違和感を覚えつつ、扉を開ける。
日頃どんな姿でアリーチェが仕事をしているのか、期待が高まっていく。
嬉しそうにサンドイッチを頬張る姿……、これは、かわいい…………。
先ほどから、時計が止まっていないか、何度も見てしまう。
見る度に確実に針は進んでいるのだ、あの時計は、正確に時を刻んでいるのだろう。
毎朝、時間どおり来ては、クッキーを渡してくれた姿。
それを、楽しみにしていたわけではなく、むしろ鬱陶しいと思っていた。
なのに、いざ姿が見えないと、何かあったのではないかと気になる。
この城の中には、私のことを良く思っていない者もいるし、アリーチェは、形式上れっきとした私の妻だ。
たとえ、アリーチェが私を害する存在だとしても、気になって仕方ない。
何かに巻き込まれていないだろうか。
「なあ、マックス。アリーチェは昨日も来なかったよな……」
「なんですか? フレデリック殿下は、なんだかんだいって、アリーチェ妃のことが気になるっているんですね」
「気になるというか、なんだろう……。毎日来ていたのに、来ないと、何かあったのか心配になるだろう。王妃だって流行病にかかているわけだし」
冷めた目をしたマックスが、ジーッと見つめている。
「それは、気になるというんですよ。ですが、姉上もフレデリック殿下に愛想が尽きたのでしょう。毎日、適当な相槌ばかり打っているのに気付いたんですよ、きっと」
「別にアリーチェを、どう思っているわけではないが……」
「そうですか。それを聞けばアリーチェ妃殿下が悲しみますよ」
随分と嬉しそうに話すマックス。これは、何かのターニングポイントなのか? 私が考えるべきは、その理由だろう。
だがそれよりも、どうしていつものように、アリーチェが私の所へ来ないのか……。ずっと、そのことが頭から離れない。
たまたま寝坊してクッキーを持ってこなかっただけかもしれない、と、考えながら、つい扉の方が気になってしまう。
元気に入ってくるアリーチェを待っていたが、昼になっても来なかった。
それどころか彼女が決裁のサインをした報告書が、私の元へ届いている。
私の元へ来なかったアリーチェは、いつもどおりに公務をこなしているのか。
アリーチェと顔を合わせるのは、躊躇いがあったから、来なくなってむしろ良かったと思えばいいんだ。
貴族から要望のあった案件を視察するため城外へ出た。
もしかして、その間に、アリーチェのクッキーが机に置いてあるかもしれないと、少しだけ期待していたのだろう。
私の執務室の机に、何もないのを見て、少し残念に思っている自分がいて驚いた。
なぜなら、私の部屋に無断で入り込んでいる来客のことより先に、アリーチェのクッキーのことを考えているのだから、相当に重症だろう。
「ミカエル。私の部屋に勝手に入るなと、伝えているだろう。ここで何をしている」
「兄に折り入ってお願いがありまして」
「お前の願いなど、どうせろくな話ではないだろう。また、どこかのご夫人と、トラブルでも起こしたのか? 私に尻拭いをさせるのは、いい加減にしてくれないか」
「っ違いますよ。兄の妃のことです。兄がアリーチェ妃に関心がないのは城の人間なら、誰でも知っています。ですから、妃を僕に譲ってくれませんか?」
ミカエルの言葉に、血液が一気に頭へ登った。
わたしがアリーチェに関心がないだと? 1日中彼女のことが気になって、今だって、お前より先に、彼女のことを考えている。今、一番言われたくない言葉だった。
ワーグナー公爵家の企みがあると気付きながらも、アリーチェを手放したくない愚かな感情を、どうしていいのか分からず、混乱しているのに。
ここにクッキーがないことを確認して、直ぐにでも、アリーチェの元に行きたいと思っていた。
それなのに、アリーチェを譲る?
私の前からアリーチェがいなくなるのは、あり得ない。
彼女を手放す想像ができないし、絶対に無理だ。
不愉快な依頼を口にするミカエルに、体が震えるほどの怒りを覚えた。
「何を馬鹿なことを言っている。絶対にあり得ない、2度とそのことは口にするな」
「この国の王室の歴史では、妃を譲るのは、よくあることでしょう。幸い今なら彼女が孕んでも、兄の子ではない。王位継承権の問題も生じないし、都合が良い。それに、1度王室に入れば、彼女の実家から、僕に対して口出しされませんし」
「孕むだと! アリーチェは私の妃だ。何度も言わせるな、お前に譲る気はない。お前はワーグナー公爵家の後ろ盾が欲しいのだろうが、あの当主はそんなことを気にする人物ではない。彼女を手にしたところで、望みどおりにはならないぞ」
ミカエルなら、アリーチェに何をするか分からない。
「別に、僕は、あの美しい娘が欲しいだけだから。彼女の後見はどうでもいいよ」
美しい……? そういえば、料理長もそのようなことを言っていた。
「お前の感情は、どうでもいい」
「いや、僕も引かない。以前から、気になっていたけど、朝に城の中を走っているアリーチェ妃を見てから、彼女が欲しいんだ。何度も婚約を申し込んでいたのに、僕は断られて、兄は冷遇しているのに、妃にしているのは可笑しいだろう」
冷遇していると言われ、ヒヤリとした。
彼女と向き会おうと思った矢先、弟のマックスが現れて、私の心を乱していた。
何だこの釈然としない違和感は?
「アリーチェに何かしたら、例えお前でも許さない。アリーチェも王族だ。お前が無礼に手を触れれば、躊躇うことなくお前を処分する。余計なことを考える前に、公務を真面にこなせ。お前の決裁は、何を見ているんだ。いつも、私が、貴族達に突き返していることに、いい加減に気付いたらどうだ」
「相変わらず、小言の多い兄だな。僕は、兄とは違うから、直接アリーチェ妃を口説くよ」
「お前には無理だ。諦めろ」
直ぐにアリーチェの部屋へ向かった。
開く扉にアリーチェの姿を期待し、浮足立ったが侍女だった。
「アリーチェはいるか?」
「殿下が妃殿下の部屋へ? アリーチェ妃殿下は、まだ執務室で仕事をなさっておいでです。先ほど、夕食を執務室へ運んでおりますので、まだ、しばらくお戻りにならないかと存じます」
この時間にまだ仕事をしているのは、どう判断したらいいんだ? マックスが評価する何かがあるようには思えないが。
既に明かりが乏しくなった王城の廊下を、自分の足音だけが響き渡っている。
薄暗い廊下にアリーチェの執務室から明かりが漏れている。
確かにここにいるようだ。
アリーチェの執務室を、初めて訪ねてみたが、私の執務室から随分と遠いことに、この距離を歩いて実感する。
ノックに呼応するように、「どうぞ」と弾むような声が聞こえた。
アリーチェは、この時間まで仕事をしているのに、随分と楽しそうだが。
妙なテンションの高さに違和感を覚えつつ、扉を開ける。
日頃どんな姿でアリーチェが仕事をしているのか、期待が高まっていく。
嬉しそうにサンドイッチを頬張る姿……、これは、かわいい…………。
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