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第3章 貴女をずっと欲していた

アリーチェを手にするのは①

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【SIDE フレデリック第1王子】

 ――ア……アリーチェに、何てことをしてしまったんだ。
 長年探していた令嬢が目の前にいたにもかかわらず、全く気付かなかった。
 それどころか、毎日慕ってきていた彼女を、私は邪険に扱っていた。

 自分の心臓の拍動が耳に響いて煩いほど、気が動転している。
 あの日リーへ、「迎えにいくから待ってて」と、確かに私はそう伝えた。
 それなのに、ずっと目の前にいたのに、気付かなかった。なぜ……。

 マックスが、私から奪うと言っていた、立場とは、もしかして……。
 

「フレデリック殿下、その焦ったご様子ですと、もしかして姉上をお探しですか? 城中が騒ぎになる前に戻ってきたつもりでしたが、もう遅かったでしょうか?」
 至っていつもと同じく冷静な口調のマックスが、私に気付いて駆け寄り声を掛けてきた。
 私とは裏腹に、いつも以上に上機嫌な表情に見える。

「アリーチェは、どこだっ!」

「姉上はワーグナーの屋敷にいますから、ご安心ください。体調が悪かったようで、姉のことをよく知っている侍医に見てもらっています」
 やはり侍女の心配していたとおり、体調が優れなかったのか……、だが、アリーチェの所在が分かり安堵した。
「無事で良かった。今すぐ公爵家へ迎えにいく」

「いつも冷静なフレデリック殿下がどうしたんですか? 妃が無断で城の敷地を出たんですよ。王族条例124条が適応されています。殿下の迎えなど、もう2度と必要ありません。姉は、倒れる前に、自らの意思で屋敷へ戻ると、僕に伝えましたから。それに、姉の口からはっきりと、殿下を嫌いだと言っていたでしょう」

「――っ。いや、それはアリーチェと話せば問題ない。それに、この城を抜け出したことは、まだ私しか知らないことだ。直ぐに連れかえる」

「無理です。ワーグナー公爵家の敷地へ、殿下の立ち入りを許可しませんから。僕は殿下へ、これまで一つの虚偽は申してませんので、殿下の権限で屋敷へ押し入られる心当たりもありません。僕の仕事に何か不手際でもありましたか?」
 得意気に話すマックス。
 こいつを説得するより、屋敷の責任者の方が早い。

「マックスでは話にならない。ワーグナー公爵家の当主へ直接話を通す。避けてくれ」

「現在当主は外の国を周っています。帰りは10日後の予定で、その間は、僕にワーグナー家の権限が与えられています。姉は、自分の意思で僕の元へ戻ってきたんです。もう殿下へ渡しませんよ」
 ――――!
 全てが繋がった。ミカエルからの婚約の申し出を断ったが、私の妃試験は参加した理由。
 そして、それと同時にこの城へやって来た、双子の弟。
 マックスの狙いは、初めからアリーチェだったのか。

「お前の企みは、そういうことだったのか……。――そうだった、忘れていたことがある。私は、アリーチェから事前に城を出る申し出を受け、許可を出した。アリーチェが不在中の公務は私が引き受ける約束を彼女と取り交わしていた。そのことを、事務官長へ伝えるのを忘れていただけだ。今回のアリーチェの外出は、王族規約124条には抵触しない。アリーチェは、まだ私の妃だ! マックス、私の妃に手を出すなよ」

「僕にそんな嘘が通じるわけないでしょう」
「では、この話をアリーチェに確認すればいい」
 彼女は、あの執務室でマックスに話の遮られたときに、微かに驚いていた。
 アリーチェは、確かに私のことは嫌いと言ったが、本当に躊躇いもなくこの城を出たのだろうか……、わずかながらの期待にかけるしかない。

「っ、……分かりました、10日だけ認めます。10日後の、午後5時までに姉の意思で戻ると言えば、殿下の仰るとおりだと理解し、陛下と宰相への報告はしません」
「10日後……。分かった」

「ですが、フレデリック殿下は、今まで他の令嬢を追いかけて、姉上に興味もなかったくせに、今頃何を言い出しているんですか? 姉上がいないと、王室の公務が機能しないことに今頃気付いても遅いですよ。言っておきますが、僕が姉上を好きなのは、我が家の事業に有益だからとか、そんなの関係はありませんから。あの、優しくて明るい姉上が好きなんです。まあ、妃の公務を殿下1人で全て出来るわけがないでしょうし、僕は姉上の公務に関しては手伝いませんから」

「ああ、それは私が彼女から引き受けたからな。当然、マックスは手伝わなくていい。それと、以前、私がお前に聞いた質問だが、聞き方を間違っていた。『マックス』ではなく、『アリーチェは、リンゼーへ行ったことがあるか?』と聞くべきだった。――その顔だと、お前は行ったことはないが、ストロベリーブロンドの髪の6歳だったアリーチェは、リンゼーへ行ったことがあるんだろ」
 驚きの顔を隠さないマックスの表情は、全てを物語っていた。
 どうして私は、あの時こう聞かなかったのか、悔やんでも悔やみきれない。

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