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本章3 魔王の力

レイルの接触

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  王城の騎士団長に任命されているが、たった1人で罪人を運んだ経験など私にはない。そもそも、その類の仕事は、私の任務外という事もある。
 だが、そのような事は気にしていなどいられない。私はこの任務を、何の躊躇いもなく殿下へ願い出た。
 殿下の婚約者を故意的に事故に合わせ、その令嬢の未来全てを奪ったこの男を、見す見す逃す訳にはいかないからな。
 だが実行犯であるこの男を捕らえるだけでは、真の問題解決にはならない。
 然るべき時に、この男に証言をさせる必要がある。
 その時まで、適切に監禁し、主謀者へ公正な裁きを与える為の準備である。

 捕縛された男を抱えながら馬を走らせるのは、想像以上に大変なものだと、走らせてすぐに理解した。
 この男が気力を失っているおかげで、静かに乗ってくれているのが、不幸中の幸いだ。
 ただでさえ、この男を抱えてバランスが悪いのだ。万が一暴れられたら、2人諸共落馬する感覚が頭を掠めている。

 日頃、騎乗で震える事は無いが、今日ばかりは心臓が騒つく。 
 私は全神経と体力をすり減らし、必死にこの男を抱えている。
  殿下は今頃何をなさっているだろうか?
 リディアンヌ嬢に出会い、殿下の様子が以前とは明らかに違う。今まで女性に興味の無かった殿下だが、今ではリディアンヌ嬢の全て振り回されている。
 今頃は竜の上で、リディアンヌ嬢と楽しんでいるのか…………。少しばかり羨ましい。

 リディアンヌ嬢は気づいていないようだが、彼女もまた殿下の事が好きなのだろう。
  
 あんなあからさまに、見せつけられたら誰だって直ぐに分かるだろう。
 ビッグボアに襲われかけた時には、私も直ぐ隣にいたのだが……。
 リディアンヌ嬢は、私の前を素通りして、殿下を心配していた。
 まあ、殿下の立場もあるから仕方の無い事だが、あの様子は最早、敬愛の域ではない。あれで本人が恋情に気づいていないのであれば、相当疎い感覚と言えるが。そんな事は無いだろう。

****

 モンテール侯爵邸までは、これと言った問題も無く、ただ私が日頃より疲労したと言うだけで着くことが出来た。

 そして何より、殿下の姉であるモンテール侯爵夫人に話を通すのは、万事順調に事が進んだ。
 殿下から預かった依頼文書とは言え、その書状は正式とは言えない代物だ。疑われて仕方の無い武器しか持たずに、無謀なお願いをする。
 ましてや先ぶれもない訪問者に対して、丁寧に取り扱う貴族など、居ないのではないか?
 モンテール邸へ向かっている途中に、門前払いされた場合には、どのように説明するか思案していたが、その用意した言葉を伝える必要など全くなかった。

 日ごろから、殿下が連絡を取り合っておられるから、筆跡で殿下からの正式な依頼であると、直ぐに判断され、疑われることはなかった。
 日ごろの殿下の対応が、周囲の人物達と良い関係を築いている事を実感する。


 その夜は、侯爵夫妻の好意により、部屋を用意していただいた。
 私如きの待遇に、ここまでして頂きありがたい。
 正直な所、連日に渡る、殿下の無茶な行動に付き合わされていた私は、心身ともに休まる事は無かったのだから。
 疲労困憊の私は、直ぐに眠りつき、朝が来るのは、あっという間だった。

****

 侯爵夫妻それぞれから、手紙を託され私はシェルブール領へ急いで戻る事になる。
 
 急ぐと言っても、この区間は、狭くて滑落の危険ばかりだ。
獣道の連続を慎重に進まなければならない。この道のりでは、焦りは禁物なのだ。 
 安全に進めるには、馬の精神状態にも気を配る必要がある。苛つきや興奮により、指示が入りにくくなれば、命とりになるからな。
 取り急ぎで調達した馬との関係性も十分ではないから、平時以上に気を使い、ゆっくりと歩みを進める。

****

 半日以上移動を続けている。私よりも馬の方が限界に近いな。
 この辺りで、休憩地を探すとするか……。

 思った以上に時間を使っているが、シェルブール領へは、実際まだまだ距離がある。

 休憩地を求めから、始めに目のついた明らかに使われていない、古い建物。
 その昔は、そこそこ立派な建物だったのだろうな。
 とりあえず、この建物で休憩を取らせてもらうか。

「邪魔をする」
 使わせていただく礼儀として、静かに呟く。まあ、既に持ち主はいないのだろうが。

 ――っ何!
 人影!? んっ、いや生きている者とは違うな。気配が無い。
 遺体という事もあるか。
 勝手に侵入した建物内では、得体のしれない物ほど怖いものはない。恐る恐る近づく。
 っこ、これはっ、石造なのか!?

 自分の感覚を研ぎ澄ませて確認するが、よく見ても、やはり女性の石像だ。
 両手首は折れているが…………

「聖女様…………?」
 だが、伝え聞く姿勢とは違うはずだ。 

 聖女様は、500年前に魔王と向かい合って、立ったまま石になったはずだ。
 では、これは聖女様ではないのか?

 この石造は足を伸ばして床に座っている。
 もしや……一度、解放された魔法を、誰かがもう一度かけ直したのか?

 ――――! 危険だ!

 ここに居てはいけない! 

 聖女様を再度封印したであろう、もう1人が戻って来るかもしれない……。
 遭遇を避けるべく、この場を急いで離れる。



 日ごろは、痕跡を残さないよう配慮しているのだが、今の建物に期待していた事はただの休憩。追跡を気にするような、意識は無かった。完全に油断していた。

 いや、まさかだろう? 誰が偶然入った建物に、聖女様の石像があるなんて思う?

 しかし、万が一にでも私があの場に立ち入った事に気づかれたら? 

 駄目だ。殿下にも危険が迫る可能性がある。

 念のため、直ぐに殿下の元へ戻るのは諦めるとする。
 しばらく自分自身を足止めしなくてはならない。

 この後、奴が侵入者に気づき、私を追ってくることがないか? しばらく様子を見るしかない。

 もう少しで、王城へ戻られる殿下の護衛に付けないことが悔やまれる。
 リディアンヌ嬢を王城へ連れて行く事を、明言されていたのだ。
  想い合う2人の時間に気を良くして、殿下が油断でもされないか、不安が残る。

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