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本章3 魔王の力

魔王との遭遇①

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 自分で馬を駆れたらやっぱり良かった。今の私では、自分のしたい事も誰かに頼らなければ、1人ですることも出来ない。歯痒い気持ちでレイルの背中にしがみつく。

「レイル。ありがとう……」
「どうしたんですか? リディアンヌ嬢らしくない。殿下の代わりはできませんが、私の役目は果たしますから、元気を出してください」

「っもう、ジュリアスの事はいいのよ! この後、もし危険な事になったら、レイルは気にしないで逃げてね。私の事は自分で何とかするから……」

 この国の未来のためにも、聖女様の事をこのままにできない。それなのに、どうしたらよいのかもわからない。実際の聖女様を見たら、何かわかればいいんだけど。
 そして、魔王に遭遇した時の事を想定して着くまでの間に、心の準備を終えなくてはいけない。

****

 その建物に着く頃には、辺りは夕暮れに染まっていた。
 魔力の気配としては、近くに魔王はいない。

 直ぐに戻って来られる範囲に魔王がいないことに、一先ず安堵する。
 無断で建物に入った経験はない上に、これから何か起きるかもしれない緊張で扉の前で一息吐かないと、勇気が出ない。
 ゆっくりと開けた扉から中を覗う……石造りの建物は窓が少なくて、この時間でも既に中は薄暗い。

 建物から差し込む夕日を頼りにして、その場所へ進む。

 あっ!! レイルの説明の通りに石像が本当にある。
 床に座り込むように置かれている石像が目に入る。
 …………聖女様。色彩が分からなくても、目を閉じていても、幼い頃に1度だけ見たことのある特徴がそこにはあった。

「……聖女様」
 聖女様の頬に触れる。
 石像に触れてもやはり、解決策が全く分からない。
 危険を承知でここまで来たのに……
 この後、どうすべきか? 方向性の検討がつかない……

 ――――――!!
 やばい!!

「レイル! 離れるわよ!」
 声を出した時には既に遅かった。

 古い扉を勢いよく開け放たれる!
 咄嗟にレイルが私の前に立ち、魔王の視線から私を遮る。

「――――お前は、何をしている? 俺のものに勝手に触るなぁ――――!!」
 この場の空気が揺らぐほどの威圧に足が震える。
 この空気の中で、毅然と魔王に立ち向かっているレイルの姿に称賛したい程だけど、そんな悠長な事を考える暇も無く、魔王の怒りは最高潮に達している。

「今すぐお前を殺す! そこから離れろ!! お前の血で、俺の愛しいものが汚れることになったら、お前の家族も、友も、仲間も全て殺してやる! 俺に殺されるために、お前が俺の近くに来い! 大人しく殺されたら、お前1人で死ぬだけだ感謝しろ!!」

 ――――!
 取り付く島もない、魔王の要求に、平和的な話し合いなんか出来ない事を察する。
 愛しい人……。
 聖女様のことを言っているのでしょうけど、こんな様子の魔王には何を聞いても無理そうね……。
 聖女様に触れた私の事を、このまま見逃してくれる可能性はなさそうだ。
 せめて、レイルだけでもこの場から無事に帰って貰わなきゃね。
 覚悟を決める。

「ごめんなさい。魔王の大切なものに触れたのは私だけです。彼は全く触れておりませんから、殺すのは私1人でお願いします」

 魔王のからは、レイルの背中に隠されて見えていなかった私は、斜め前に出てから、静かにそのまま魔王に近づく。
 魔王から伝わる魔力が大きすぎて、人間では太刀打ちできない。考える余地もなく、その答えにたどり着く。

「リディアンヌ嬢!」
 私の事を止めようとするレイルへ視線を向け、何も言わず頷く。レイルは、もうそれ以上何かを言う事はない。
 
 ――――

 でも、先に殺される訳にはいかない。
 魔王の封印と自分人生の終わりを覚悟しながら、石化魔法の術式を組み、直ぐに発動できる準備をする。

 夕日は既に完全に落ちて、この建物の中は暗闇に包まれている。暗闇にも目が慣れ始め、魔王がはっきり見えなくても場所は分かる。
 いえ、視覚では無くても、魔王の魔力から立っている場所も激昂している感情も伝わる。

「ほう、俺を魔王だと分かって、自分だけを殺せと命令するなど……不愉快だ! お前の後は、そこの男を始末してやる。お前は、奴の死に顔を見られなくて残念だったな! そこの男には、お前が苦しむ顔がよく見えるように殺してやる!」

 魔王が言い終え、石の天井が明るくなる。
 ――――魔王が発光魔法を使う。これで、視覚でも魔王を的確に捉える事が出来る。

 魔王まであと少し……早すぎても…………遅すぎてもいけない。慎重にタイミングを見極める。


「…………おっお前、何者だ? 止まれ!」

 ――――!? 
 私の考えが読まれているの? 私の腕を伸ばしても指先さえ魔王には届かない場所で、歩みを止めるしかない。
 レイル……ごめんなさい。
 ここで魔王を封印できなければ、あなたも殺されてしまう。

 魔王は私を上から下まで舐めるように見ている。

「その姿…………。お前は……。いや違うな。あの子に似てはいるが、纏う空気がまるで違う。…………少し、顔を見せろ」

「…………」

「あの子にそっくりだな」

「…………」

 張り詰める緊張感の中、聞きたいことを確かめる。
 
 反撃できるよう意識を研ぎ澄ませながら、静かに言葉を発する。

「あの子と言うのは、そちらで眠っている、聖女様と私が似ているという事でしょうか?」

「お前は、聖女の事も知ってんのか? あれから人間の世界は変わり果てている。お前ら人間の時間なら、相当な時間が経ったんだろう? お前は、あの子に関係あるのか?」

「2人が石になって、500年の時が経っておりますが……私は、聖女様のお兄様の子孫です」

「そうか……。どうりで、そこまで似てるもんだ。……お前は、聖女の名前を知っているか?」

「名前ですか……? もちろん存じておりますが……」
「言え!!」

「あ、はい、ミレー様です」
 何故そのような質問をされて、答えて良いのかもわからないけど、答えるしか選択肢はなかった。

「ミレー…………」
 私から名前を聞き出した、魔王は私の横を通り過ぎ、聖女様の石像に近づく。
 聖女様の近くにいた、レイルは魔王から離れるよう後ずさる。

 魔王は、名前を呟きながらミレー様の髪を撫でている。

 あぁ…………
 魔王、あなたは聖女様の事が本当に好きなのね。

 私とレイルがいるにも関わらず、聖女様の前で膝を付いて、時が経つのも忘れて石像に触れている。

 外から馬の嘶く声が聞こえ、魔王の動きが、ピタリと止まる。


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