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妻のことが気になり始める夫

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 此処にいるはずもない人物に声をかけられ、肩がビクッと上下するアベリア。
 夫のケビン・ヘイワード侯爵が、わざわざ時間を費やしてまで、この侯爵領まで来るとは、思ってもいなかった。
 手紙を送って来るか、執事を使った後でないと、侯爵自ら行動するとは思っていなかった。

 アベリアは、夫が言っている「不貞」と言う言葉を、自信を持って否定するのは難しかった。
 自分が、夫以外の男性に心を寄せていると言われたならば、やはりデルフィーとの不貞になるのかとも考えたアベリア。だけど、心も肉体も不貞をしている侯爵には、言われたくない言葉だった。

 アベリアの小さな願いは、彼女の心の中だけで呟かれた。
(デルフィーお願い……。その人が私の事を妻と呼ぶのは聞かないで)

「お久しぶりです。ヘイワード侯爵がこちらに来るとは思ってもおりませんでしたが、どのようなご用向きでしょうか」
 感情の動かない、業務的な会話を広げる夫婦。
「お前ら2人がこの領地の収益を不正に報告しているようだから、直接確認に来たんだ」

 デルフィーは眉をぴくッと動かし、いつもの甘い声は抑え、低い声を出した。
「当主、聞き捨てならない言葉をおっしゃいましたが、この領地の収支を不適正に管理した覚えはございません。不正を疑われるのは全くの心外です」
 明らかな言いがかりに、不快感を隠しきれていないデルフィー。
「ふん、白々しい。化粧水なるものの収益の計上が一切されていないが、それはどういう事だ」
 やはりその事で来たのかと思ったアベリアは、戸惑う事はなかった。

「ヘイワード侯爵、それは私が個人的に作成したものです。侯爵領とは関係ありません」
「だが、この地で儲けた金であろう。儲けた金は適正額を領主に収めることぐらい、お前なら分かっているだろう」
 日頃から、これだけの判断が出来ていたらと、残念でしかない侯爵の言葉に呆れた。
「確かにそうかもしれませんが、私の権限で、この領地の産業の為に投資いたしました。私的な使用ではございませんので、ヘイワード侯爵からこれ以上の追及は不要なことです。私は疲れておりますので、邸で休みます。侯爵は暗くなる前に王都へ戻れるよう、早めに帰路につかれたほうがよいかと、では、失礼します」

 自分には、これ以上の問答は意味をなさないと判断して、侯爵からフイっと視線を外し、邸へ向けて足を前へ一歩出したアベリア。
 それを許さない侯爵が怒気漂う雰囲気で、さらにアベリアに近づいて来た。
 侯爵が、アベリアの右手首を、血液の流れが阻害される程の力で抑えつけたことで、アベリアは動けなかった。
 アベリアの顔を覗き込む侯爵。その表情は明らかに機嫌が悪い。

「待て。妻の不貞の話が終わって無いだろう。俺が納得するか分からないが、さっきのお前の態度は何だ。――ん、お前……そんな顔してたか? 何か変わったのか?」
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