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彼と彼女が2人で摘んだ赤い香辛料

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 この邸へ来た初日に、彼と一緒に採りに行くと約束した、赤い小さな香辛料。
 秋になって、花が咲いたら一緒に探しに行く約束。それを2人は忘れていなかった。

「デルフィー、この小さな紫の花の雌しべが、あの香辛料なの。こんなちょっとしか採れないから、私だけの秘密なんだ。きっと、これから他のも咲いて来るはず。雌しべから花粉が出ちゃう前に採った方がいいから、毎日新しい花が咲かないか見に来ましょう」
「もちろんです。それにしても、その情報は、この国の植物に関する本には載っていなかったですよ。よくご存じですね」
「以前、西にある国から来た家庭教師が、こっそり教えてくれたの。だから、この国ではまだ、デルフィーと私だけの秘密の香辛料ね」
 それを聞き、破顔して頷く彼。

 小さな花の前、2人でしゃがんで、パエーリャへ入れる香辛料を丁寧に摘んだ。
 向かい合ってしゃがみこめば、互いの顔が近すぎた。
 デルフィーは彼女の髪を撫で、そして、彼女の唇に口づけを落とした。
 彼女はそれを受け入れた。
 彼は、大好きな彼女が夫の元へ戻る事を、悲しくもあり、受け入れるしかないと思っていた。
 彼女が王都へ経てば、寂しくなるのは決まりきったこと。
 彼には、彼女が侯爵夫人としての務めを果たしに行くのは、覆せない。
 だけど、彼は彼女に意地悪をして困らせたかった。
 自分の存在を伝える様に、深い深い、口づけに変えた。

 意地悪をしたつもりだけど、それにも応えてくれる彼女。何も言わなくても、今も気持ちは同じだと彼は思った。

 聡明な彼女は、たとえ夫の前で破瓜を証明できなくても、己の考えにも及ばない方法で、上手くやるのかもしれない。これからも侯爵夫人でいてくれる彼女の立場に安堵する反面、主の妻である事が辛かった。

 彼は気づいていなかった。
 嬉しい事がある度に彼女が作っていたパエーリャ。
 彼が眩しいと感じたその料理は、2人が熱を交わしたあの日以降、食卓に並ぶことは、無かったことを。

 その事に、デルフィ―が気づいていれば、未来は変わっていたかもしれない。
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