背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜

二階堂吉乃

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08 転がり込んできた侍女

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          ◇


 マリオンは1週間ほど小屋でゆっくり養生した。食料はコナー卿の部下が届けてくれる。働かずに食べていけるのは本当にありがたく、毎日、皇太子宮の方角に礼拝した。

「ちょっと」

 庭で両手を合わせて殿下のご健康を祈っていたら、後ろから声をかけられた。振り向くと若い女性が立っている。目立ち始めたお腹がスカートを押し上げていた。

「あなたは…」

「メリー・ショコラ。18歳。元皇妃宮侍女」

 マリオンは思わず後退った。茶色い髪を綺麗に結い上げ、同じく茶色い目をした女性は、眉間に皺を寄せて睨んでいる。

「何の御用で…」

 恐々尋ねるマリオンに、娘は大きな鞄を押し付けた。

「持って。暫く厄介になるから」

「え?」

「家を追い出されたの!行くところが無いの!分かった!?」

 勢いで受け取ったマリオンは、ポカンと口を開けて突っ立っていたが、娘が勝手に小屋に入って行ったので、慌てて後を追った。


          ◇


 メリーは実家の子爵家に絶縁を言い渡され、戻るに戻れず、仕方なくここに来たらしい。図々しいにも程がある。

「あなたのせいで鞭打ち刑になったんですよ?非常識でしょう!」

 思わずキツイ口調で責めてしまったが、メリーは太々ふてぶてしく言い放った。

「王子なんだから、妾の一人や二人、養いなさいよ。で、離宮はどこ?召使いは?」

 ここを東屋か何かと思っているようだ。マリオンは一から説明した。

「…というわけで、住まいはここです。召使いはいません」

「うそ…最悪…」

 彼女は驚いた様子で小屋の中を見まわしたが、出ていこうとはせず、そのまま居座ってしまった。


          ◇


 呆れるほど厚かましい女性だ。ベッドは占領するし、不味いと文句を言うくせに、食事は残さず平らげる。もう怒る気力も失せた。しかし、他に頼れる人はいないのかと訊いたら、口をつぐんでいた。マリオンは憐れみとも同情ともつかぬ気持ちになった。

(18の頃、私は何をしていたかな)

 多分、縁談を断られる度に落ち込んで、めそめそしていた。メリーのしたたかさは尊敬できる。マリオンは腹を決めた。

「問題は食料だね…」

 支給される食料は1人分なので、働きに出ることにした。庭師の親方に事情を話して頼んだら、ぶっきらぼうに「明日から来い」と言われた。

「行ってきます」

 朝早く、まだ寝ているメリーに声をかけてから出勤し、以前のように庭仕事をする生活が始まった。彼女は悪阻が酷いのか、ほぼ寝て過ごしている。マリオンは分けてもらったレモンを持ち帰ったり、細やかに世話をした。しかしメリーはずっと不機嫌なままだった。


          ◇


「いつ生まれるの?」

 ある休日。そろそろ臨月では?と気になったマリオンが尋ねると、メリーは投げやりに言った。

「さあ。あと2、3週間ぐらいじゃない?」

「出産の準備は?」

「何も」

 出産は大仕事だ。分娩や赤子に必要な物が沢山あるはず。お産婆さんだって来てもらわないと。そもそもどこで産むつもりなのか。改めて訊くと、

「ここで産む。あんたが取り上げてよ」

 恐ろしいことをサラッと言った。

「無理に決まってるでしょう!何でそんなにやる気が無いんだ!それでも母親?!」

 マリオンは大声で問い出した。するとメリーは更に大きな声で怒鳴った。

「放っておいてよ!赤ん坊はすぐに殺すのよ!」

「ええっ!?」

「脅されたのよ。赤子は殺せ、でなければお前も殺すって。ここに転がり込んだのも知られてるし、どうせ皇宮を出たら赤ん坊は殺される。何をしても無駄なの!」


          ◇


 マリオンは庭の掃除をしながら、今後どうすべきかを考えていた。

 下宮で働く女性から出産の知識を教えてもらおう。肝心の産婆と、母子が無事に暮らせる場所の手配はどうしよう。

(おかしいなぁ。自分一人でも生きてくのに精一杯なのに)

 アンリに『ひっそりと生きていく」なんて言ったくせに、馬鹿なマリオン。どんよりと箒を動かしていると、声をかけられた。

「マリオン殿!お元気だったか!」

 フジヤマ国から戻ったアオキが訪ねてきてくれた。


          ◆
 

 皇太子は不機嫌な顔で見合いの席にいた。内宮のサロンで度々、候補者と茶を飲み、会話をしてきたが、未だこれと言う女性はいない。今日も違ったので早々に下がらせた。すると母が入れ替わりにやって来た。

「まだ見つからないの?これで国内の高位貴族の令嬢はお仕舞いよ。あとは乙女の宮でも見てきなさい」

 母はヴィクターの前に座り、侍女に茶の支度を命じた。

「お久しぶりです、母上。皇太子妃が外国人でもよろしいのですか?」

「私もウエスト王国出身ですよ。ねえコージィ、ヴィクターの好みを教えてちょうだい。大陸中に触れを出すから」

 皇后に問われたコージィは恭しく一礼してから答えた。

「ズバリMです。殿下は真性のSですから。お見合い相手は残念ながら、全員肉食系でしたので相性が悪うございます。か弱いウサギが涙を落とす時、殿下はその気になられるのです」

「あら嫌だ。変態ね。ウサギで思い出したわ。例の侍女だけれど、外宮のウサギ小屋に居るらしいの。知っていた?」

 ヴィクターは思わずカップを落としそうになった。マリオンを遠ざけてから4ヶ月近くが経つ。食料を届けさせてはいるが、あえて放置していた。

「母子をクレイプ国で受け入れるそうよ。凄いわね、赤の他人の子を。ウサギの優しさに免じて、許可したわ」

「…そうですか」

 ヴィクターが知らぬ間に、彼は更に重荷を背負わされていた。皇后は茶を飲み終え、席を立つと息子に念を押した。

「乙女の宮に行くこと。結婚したら、ウサギを飼って良いわ」


          ◇


 外宮から出られないマリオンに代わり、メリーの出国申請をアオキに頼んだ。

「あとはクレイプに行く隊商と話をつければ良いのだな?」

 彼は快く交渉を引き受けてくれた。マリオンは心から感謝した。この計画は、彼の助け無しには成し得ない。フジヤマ国にも礼拝しなくては。

「ありがとうございます。お金はこれで」

 モロゾフ伯爵邸から持ち込めた、数少ない宝飾品をアオキに渡す。

「承知した。換金して、手付金を渡しておく。それと、トラが産婆の資格を持っている。寄越そう」

「何から何まで…本当に申し訳ありません」

 深く頭を下げると、アオキは細い目をますます細めて笑った。

「何の。義を見てせざるは…だ。マリオン殿は勇気がある。友として誇らしい」

 あまりに嬉しくて泣いてしまった。だがこうしてはいられない。次にマリオンは外宮の女性職員がたむろする休憩場所に向かった。


          ◇


 説明をしなくても、小屋に妊婦がいることは知れ渡っていた。

「大丈夫。あんたが侍女に手を出したなんて、誰も信じてないから」

 女性達は皆、優しかった。赤ん坊に必要な物を尋ねると、産着やおしめのお下がりをくれるという人が沢山いた。

「出産に要るものは産婆が知ってるよ。後は、産褥用の当て布だね」

 マリオンは経験者のアドバイスを熱心に書き留め、質問をした。

「普通の月の物用ではダメですか?これくらいの大きさの」

「月の物の何倍も出血するよ…何で知ってんのさ?男だろ」

「えーっと。勉強しました」
 
 トラも小屋に来てくれて、出産準備は完璧に整った。しかし当のメリーは全然できていなかった。
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