箱庭の空をあげる

ゆるふわ畜生

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2.変化

18.密事

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 男が足を踏み入れた部屋は『カンタレラ』の中でも上質と言っていい部類のものだった。天井からは蝋燭を光源としたランプがぶら下がっており、清潔なシーツで整えられたベッドだけでなく、古びてこそいるが洒落た鏡台や書き物机まで誂えられている。『カンタレラ』自体、火遊びしたい輩がスラムで適当に立ち入るような売春宿とは違うが、この部屋はこの楼を利用する者の中でも裕福な者たちに向けて作られている。そして、この部屋をあてがわれている娼婦もまた、それ相応の『商品』なのだということが確信できた。

「いらっしゃいませ、旦那様」

 部屋には男以外に二人いた。二人ともベッドに腰かけており、ひとりは頭からシーツをすっぽりと被っていて顔が見えない。しかし、もう片方には見覚えがあった。声をかけてきたのはこちらの女の方のようだ。名までいちいち覚えていないが、灰色の髪と灰青の瞳といった容姿には十二分に覚えがある。楼で一番人気の娼婦で、男がここ最近、特に気に入っていた女だ。少女のような風貌とは裏腹な豊満な乳房と尻は男好みだった。しかし、少し前から怪我で女が表に出なくなったことと、同時期に男の住む研究都市から下層スラムへの外出が固く禁じられたこともあり、楼からはすっかり足が遠のいていた。そんな男が再び危険を冒して『カンタレラ』へやってきたのには理由があった。

「挨拶はいい……それより、そいつが『そう』なのか?」

 そう言って、男はもう片方の女へ目をやった。相変わらず顔は見えないが、その体はスラム住まいとは思えないほど健康的な肉付きをしており、肌に張りもある。しかし男の視線はそれらではなく、頭頂部へと集中していた。普通の人間ならこんもりと丸いシルエットになるはずが、まるで何かに突き上げられているようないびつな形に隆起していたのだ。

「はい。最近拾った『猫』でございます」

 どくり、と男の心臓が高鳴った。そもそも男が『カンタレラ』へ来たのは、楼主から内密に『珍しい猫を手に入れたから買わないか』と持ち掛けられたためだった。『猫』といえば、それが指すものはひとつしかない。男の住む研究都市が血眼になって探し求めている『雌』だ。男もまた研究者という立場にあり、『雌』がどんなに価値のあるものか知っている。しかし研究に従事するうち、男の心中にはある欲望が湧き始めていた。

「旦那様は『雌の猫』に大層ご興味がおありとのこと……いつもご贔屓にしてくださっている旦那様へ、今宵は楼主からのささやかな贈り物でございます」

 男は、いつしか研究対象である猫獣人に対して、娼婦に対して抱くのと同じような欲を抱き始めていた。見目麗しく、かつその中でも『雌』の数は少ないばかりか、性交に耐えられる個体はさらに希少だと言う。この楼にも『猫』は一匹いるが、ガリガリにやせ細っていて男の好みではなかったし、命に関わるからと、その雌猫との本番行為は楼から固く禁じられていた。その点、研究都市から逃げ出した『雌』――万が一にもそれが自分の前に現れたのなら、『味見』するのも一興だと夢想していた矢先にぶら下げられた『手土産』に男は一も二もなく飛びついた。

「なら顔を見せろ。それが本当に『あの』猫ならば、その証もな」

「どうぞ、隅から隅までご堪能くださいませ……もし望むのであれば二人でお相手させていただきます」

「それもいいが……まずは確認が先だ」

 そう言ってはいても、男の頭の中ではすでに人間と猫獣人、両方を味わうことでいっぱいだった。疑いの心はたちまちそのなりを潜め、代わりに欲望がむくむくと大きくなっていく。息を荒げながらシーツを被った人影に近づくと、怯えているのか、シーツのふくらみがびくりと震えた。

「怖がっているな。客を取るのは初めてか?」

「旦那様が初めてでございます。ですから、どうか優しく可愛がってあげてくださいませ」

「いいだろう。さあ、顔を見せろ」

 女の蕩けるような甘い囁きが、男の自尊心と征服欲を満たしていく。シーツに手をかけた瞬間、女が小さく息を漏らしたことに、興奮に囚われた男は気づかない。

「ほう……」

 シーツをつかんだまま、男はしばし嘆息していた。スラム特有の、汚れとはまるで無縁の白い肌、しなやかな手足、長いまつ毛にそれらに縁どられているのは宝石を思わせるような鮮やかな緑色の瞳――そしてそんな瞳を際立たせる燃えるような赤毛と、頭頂部から生えた三角耳と短い毛に覆われた尾。すべてが完璧だった。その造形――喉元や体格から明らかに男と分かるのに、一方で雌の特性を有しているそれに抱くのは嫌悪感ではない。まだどこか幼さを残したあどけない美貌と、男でありながら同時に雄を受け入れる器であることのアンバランスさがもたらす、一種の背徳的な興奮に男はたちまち支配されていた。

「いかがでしょうか、旦那様」

「ああ、素晴らしい……これは……実に素晴らしい……」

 誰かに聞かせるというよりも、うわごとのように、陶然としたまま男は呟いた。ふらふらと猫のそばに寄り近くでその肌の匂いを嗅ぐ。いつもの娼婦のような香水の匂いはせず、スラムには似つかわしくない濡れた朝露のような、透明でどこか甘い匂いにますます男の中の興奮が煽られる。そのまま手首を握り、そのまま寝台へ押し倒そうとしたそのときだった。

 「お楽しみのところ悪いが、そこまでだ」
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