箱庭の空をあげる

ゆるふわ畜生

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3.箱庭

30.禁忌

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 ノルがベッドの上で寝息を立てていることを確認してから、エットは廊下へ出た。誰も居ない廊下を進み、ある一角で足を止める。扉の横に取り付けられたプレートに書かれた『第一実験室』の文字を確認してから扉を開けると、薬品の匂いが鼻を突いた。

「来たな。そこへ横になれ」

「その前に約束だ。今日はノルに何もしないって」

「ああ。分かっている。分かっているから、早くしろ」

 エットに気づいた研究員が、おざなりな指示を出す。研究員が顎で指示した先には、簡易なベッドが置かれていた。エットがベッドへ仰向けで横たわると、数人の研究員がエットの手足を革のベルトで固定し、身体の至る所へセンサーを取り付けていく。普段着でもある検査着をたくし上げられ、腕、胸。太腿――そして腹には特に重点的に吸盤のようなものが取り付けられ、エットは思わずぶるりと身震いした。しかし、怯えるようなエットの反応などお構いなしに、実験は進行していく。

「それでは、対象Xの反応閾値を測定します。軽度の刺激投与を開始」

 研究員のひとりがそう告げた途端、ちくりと僅かな痛みを感じた。エットの生殖反応を図るためにセンサーから微細な刺激が与えられ、それに反応したかどうかを調べているのだ。

「心拍、安定。ホルモン値、平均値の一・二倍。普通の雌なら過剰反応でショックが出ているレベルだ」

「興味深い……雌性猫獣人は一般に身体が脆弱で、妊娠・出産が困難とされている。それが彼らの数を減らす原因にもなっているが……この個体は違う。体力、筋繊維強度、骨密度いずれも高いレベルを維持している。生殖負荷に対しても、極めて高い耐性を持てるだろう」

「生まれつき、繁殖に向いている個体ですね」

「ああ。それだけに今まで結果が振るわなかったのは惜しかった……だが、今回の実験でその憂慮も晴れるだろう」

 研究者が好き勝手良いながら数値を端末へ入力している間も、エットはじっと押し黙っていた。研究者たちの言うとおり、エットは通常の雌性猫獣人と比べて体が強く、病気などとは無縁の生活を送っていた。そんな中、研究者たちの言う『繁殖』のための実験でも子を孕まずに済んだのは、ノルのおかげだ。ノルがエットが排卵をしないよう、痛くしないでくれたおかげだ。しかし研究者たちはそれが気に入らないようで、是が非でもエットを孕ませようと躍起になっていた。しかし、この研究施設にはノルとエットの他には猫獣人はおらず、ノルとエットが望まない限りは、どんなに研究者たちが躍起になろうとも成果は実らない、そのはずだった。

「次だ。遺伝子適合比較。番個体と、人工雄サンプルとの適合率を測る」

「?」

 初めて聞く検査の名前に、エットの耳がピクリと動いた。思わず身じろぐが、四肢はベルトで固定されているため動けない。ガタガタと体を揺するエットを、研究員の一人が気味が悪いほどの上機嫌で語りかけた。

「心配するな。痛みはない。この実験が上手くいけば、次の段階へこぎ着けられる」

 自分の置かれた状況を把握しようと、エットは前面の大型モニターを見つめた。モニターには複数の波形が、青や橙のラインで重なり合っている。

「遺伝子適合率の比較、開始。対象Yを基準に設定」

 研究員がそう告げると、モニターに一つ目の波形が現れた。青いカーブが穏やかに上下する。続いて、別のラベルが追加される。


《Synthetic Male 01》——橙のライン。
《Synthetic Male 02》——緑。
《Synthetic Male 03》——白。
《Synthetic Male 04》——赤。


「対象Yとの適合率、六八・二。一号個体、七五・九。二号、八四・六。三号、八七・一。四号は——九一・四⁉」

 わっとその場に居た研究員たちが一斉に沸いた。エットにはその原因が分からなかったが、次の瞬間、研究員の一人が言い放った言葉に頭から冷水をかけられた心地になった。

「素晴らしい! 番だけでなく――いや、番以上に他の雄にも適応優位とは‼」

 そこでようやく理解した。この人間たちは、エットを他の雄と掛け合わせた際の相性を計算しているのだ。エットにはノルしかいないのに。ノル以外嫌なのに。しかしモニターには、無情にもノルよりも他の雄の方にエットの体は適していると告げていた。じわじわと遅れて、絶望がエットの前身を浸食していく。声が上手く出ない。心臓がどくどくと煩いのに、全身の血液が凍り付いたかのようだった。目の前で、ノルを意味する『対象Y』の文字が青い光の中に沈んでいく。まるで、ノルとの絆がデータの海に溺れていくように。

「適合率九割超。さらに雌性猫獣人の弱点である肉体の脆弱さもクリアしている……生殖個体として理想的です。これなら、番以外による生殖においても成功が見込めるでしょう」

 研究員の一人が満足そうに言い、それを受けて別の若い研究員が心配そうに返した。

「あの……倫理委員会に掛ける必要は?」

「必要ない。我々には時間がないんだ」

 年かさの研究員が若い研究員の言葉をぴしゃりと却下する。

「ええ。しかし、今日の成果次第では最終目標まで大幅に近づけます」

 さらに別の研究員が興奮した様子で付け加えた。

「そうと決まれば早速交配実験の準備をしましょう。まずは……そうですね、やはりまずは四号個体と交合実験を行いましょう。これがもし上手くいけば次は三号個体を――」

 しかし、エットの耳には研究員の声など聞こえていなかった。頭の中でぐるぐると絶望が渦が巻き、視界に映るのは、ノルを示す『対象Y』の文字だけだった。
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