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第8章 反逆の狼煙

cys:196 勝利への期待と疑惑

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「ねぇノーティス、一つ尋いていい?」

 アネーシャはノーティスに問いかけた。
 どうしても、一つ気になる事があったからだ。
 そんなアネーシャに振り向いたノーティスの髪が、サラッと靡く。

「どうした?」
「三神器の件よ。貴方が『祓う者』で私が『封ずる者』なのは分かったけど、もう一つは何なの?」

 アネーシャの疑問は最もだ。
 三神器と言うからにはもう一つの存在が必要だし、また、その存在がいなければ完全な力は発揮出来ない可能性が高い。

「確かにそれ、伝えてなかったよな」

 ノーティスはそう答えると、アネーシャの事を真っ直ぐ見つめた。

「もう一つの存在は『守る者』さ」
「守る者?」
「そう。三神器は『祓う者』『封ずる者』『守る者』の三つで成り立つんだ」
「じゃあ……」

 ちょっと不安な顔を浮かべたアネーシャに、ノーティスは少し神妙な顔で答える。
 ノーティス自身、そこを話さなきゃと思っていたから。

「そうなんだアネーシャ。まだ、三神器の本当の力は発揮できない……!」

 その事実が、アネーシャとルミの心をざわめかせる。

「えっ?」
「それじゃ……」

 二人が危惧するように、このままでは五大悪魔王に完全に勝てるかどうかは、かなり怪しい。
 それによる不穏な沈黙が、その場に広がってゆく。

 けれどそんな中、ノーティスはそれを打ち消すかのように、ニコッと微笑んだ。

「けど大丈夫だ」
「えっ?」
「ノーティス様?」

 なんで? と、いう顔を浮かべた二人に、ノーティスは力強い眼差しを向けた。

「きっと勝てるから」
「なんでそう言い切れるの?」
「ノーティス様、何か当てがあるんですか?」

 問い詰めるように身を乗り出してきた、アネーシャとルミ。
 いくらノーティスからの言葉でも、何の根拠も無しに勝てると言われては、納得出来ないのも当然だ。
 けれどノーティスは、そんな二人を見つめたまま余裕の笑みを浮かべた。

「あぁ、きっと近い内に分かる」
「近い内に?」
「それって……」

 二人が少し謎めいた顔を浮かべると、ノーティスはそれ以上答えるのをやめ、二人にクルッと背を向け顔を振り返らせた。

「行こう、ルミ、アネーシャ。みんなと一緒に五大悪魔王を倒すんだ!」

 そう告げるとノーティスは顔を前に向き直し、同時に背中のマントをバサッと靡かせた。
 その姿は奇しくも、かつてノーティスが初めて出会った時のアルカナートのようだった。

◆◆◆

 カッカッカッカッカッ……
 王宮の薄暗い回廊に、レイ達が駆ける足音がこだまする。

「ねぇ、ノーティス達大丈夫かしら……」

 走りながら切なそうに零したレイに、ジークは前を向いて走りながら軽く歯を食いしばった。

「心配すんなってレイ。アイツは……負けやしねぇよ」
「そうさ。彼はなんの考えも無しに、僕達を先に行かせたりはしない」
「ニャハハッ♪ そのとーりじゃレイ。奴の強さは、お主もよーく知っておろう」
「そうね……」

 静かにそう答えたレイの側で、前を向いたまま黙って走っているメティア。
 その脳裏に、ノーティスと初めて出会った日の事が蘇る。
 雨の中、ハンカチを渡したあの日の光景が。

───ノーティス、あの時からキミは変わってないよ。あの時もキミは自分の為じゃなく、お母さんからボクを守ろうとして……ハッ、まさかキミは……!

 メティアがそこまで想いを巡らせた時、走り続けてきた回廊の先に光が見えた。
 それによりメティア達の緊張感が高まり、心臓の鼓動が早くなってゆく。
 これから起こるであろう、壮絶な戦いの幕開けに。

「チッ、もうすぐだな」
「あぁ、そうだなジーク。もうすぐ教皇の間だ」
「ニャニャッ♪ そうじゃの。まぁ、ここまで来たら腹をくくるしかあるまいて」

 アンリはニパッと笑みを浮かべた。
 こんな時でも飄々とした雰囲気を崩さない。
 もちろん内心緊張した物は感じているが、必要以上にそれを感じはしないようにしているから。
 それが、アンリの強さの秘密の一つだ。

───皆を守る為にも、いつでも冷静でおらんとの。

 そんな想いを抱えるアンリは、走りながらチラッとレイに流し目を向けた。

「レイ、どうした? お主程強くても、緊張しておるのか」
「まぁ、さすがに少しはね。それに……」

 レイは少し間を空け続ける。

「少し考えちゃったの」
「ん? 何をじゃ」

 その問いかけに、皆の視線がレイに集まった。
 レイから何か気になるオーラが伝わってきたから。

アルカナートあの人なら、こういう時どうするのかなって……」

 その答えに、ロウとジークにもピンとした物が走った。
 確かに気になるからだ。
 自分達を育ててくれたスマート・ミレニアムの元最強の勇者イデア・アルカナートなら、この局面をどう乗り切るのかを。

「フム、先生なら恐らく……」
「そーだよな、先生ならよ、多分……」

 二人とも走ったまま、アルカナートの事を思い浮かべた。
 厳しくも、熱く充実していた修行の日々の思い出が脳裏に蘇る。
 そして、その日々を通して教えて貰った数々の大切な教えが。

 それを振り返った彼らは、同時に同じ結論に辿り着いた。

「らしく押し通る」「迷わず蹴散らして進む」 

 同時に声を上げたロウとジーク。
 二人は走ったまま互いに顔を見合わせ、一瞬キョトンとすると、ニッと力強く笑みを浮かべた。

「フム、言い方は違えど同じだな」
「ハンッ、ちげーねぇ」

 すると、レイは前を向いたままセクシーな口元を二ッと上げた。

「フフッ♪ つまり、最高に美しく進むって事よね」
「レイ、キミらしい解答だ」
「んじゃ、らしく迷わず美しくいくとすっか!」

 ジークが勇ましく声を上げたと同時に、皆、教皇の間の扉の前へと辿り着いた。
 皆、重厚な扉の前で横に立ち並び、それをジッと見つめている。
 そんな中、ロウはザッと一歩前に出ると片手を扉に翳し、皆の方へ振り向いた。

「みんな、覚悟はいいよな」
「とーぜんだろ!」
「当たり前じゃない♪」
「ワクワクするニャ♪」
「もちろんだよ!」

 凛々しい顔で答えた皆に向かいロウはコクンと頷くと、扉に向き直りドンッ! と、勢いよく開けた。
 目の前に王の間が広がる。

 少し前にいた場所でもあるので、眼前に広がる光景に変化は無い。
 けれど、そこから受ける印象はまるで違う感じに思えてしまう。

「ったく、こんな状態で戻ってくるたぁな」

 一瞬ブルっと震えたジークに、レイが艶やかな流し目を向けた。

「あらジーク、緊張してるの?」
「バカ言え、んなわけねーだろ。こいつは戦士震いってもんよ」
「へぇ、ならいいけど」

 そう言って軽く口角を上げたレイだが、額からツーっと汗を流している。
 二人共気丈きじょうに振る舞ってはいるが、緊張するのは避けられない。
 そんな二人に、ロウは真っすぐ前を見据えたまま告げる。

「ジーク、レイ。適切な緊張は悪い事じゃない。それはきっと先生だって同じハズだ」
「おっ、おう!」
「フフッ、そうねロウ♪」

 レイがそう答えると、ロウはメティアとアンリに軽く振り返った。

「アンリ、メティア。キミ達はアルカナートせんせいの直接の弟子ではなくても、僕達の意思は同じだと信じてる」
「とーぜんだニャ♪」
「うん。ボクもその気持ちだよ!」

 二人の力強い笑みを受けたロウは、慧眼な瞳を向けたままコクンと頷き、スッと前を見据えた。
 凄まじく強大な漆黒のオーラが漂ってくる、教皇クルフォスの方へ。
 すると、その漆黒のオーラと共にロウ達に伝わってくる。
 まるで空間を振るわすような、威厳と邪悪に満ちた声が。

「お前達、なぜここに戻ってきた……」

 その声が、たった一言発したその声がロウ達全員にヒシヒシと感じさせる。
 この教皇こそが本来の姿であり、途轍もない力を持っている事を。

 それにより全員に凍てつくような緊張感が走る中、ロウはそれを超えザッと前に踏み出した。
 それと同時に、教皇を強く見据え胸を張る。

「教皇! なぜここに戻って来たかは、貴方が一番存じているハズだ!」
「クククッ……」
「な、なにがオカシイ?!」

 憤るロウに、教皇は仮面の奥から闇に染まった瞳を妖しく光らせた。

「ならば知っておろう。お前達の運命が、ここで尽きる事を……!」
「くっ、教皇。貴方はやはり……!」
「何も知らずに生きていればよかったものを。哀しいな、ロウよ」

 教皇からブワッと立ち昇る漆黒のオーラが、より増大していく。
 また、それと同時に教皇は玉座からゆっくりと立ち上がると、邪悪な瞳でロウ達を見下ろした。

「お前達王宮魔導士の役割も、もう終わりだ。ご苦労だったな」
「くっ、勝手に終わらせないでほしいな」

 そう言ってロウが魔導の杖を斜めに構えると、レイ達も後に続いてゆく。

「そうよ! そんなの全然美しくないわ!」
「レイの言う通りだぜ。俺は美しさなんかとは無縁だけどよ、アンタから感じるオーラは気に食わねぇ……!」
「ニャニャッ♪ 私もまだまだやりたい事が、たーーくさんあるからのう」

 アンリがそう言ってニヤッと笑みを浮かべると、メティアがスッと前に出た。
 そして、クリっとした可愛い瞳には似つかわしくない、静かな怒りを宿し教皇を見据える。

「教皇、ボクは本当は誰とも戦いたくなんてない。貴方とだってそうだよ」
「そうか。ならば、黙って闇に消えるがいい」

 教皇は深淵のそこから湧き出るような声でそう告げてきたが、メティアは全く怯まない。
 むしろ、教皇を怒りの中に哀しみを宿してジッと見据えたままだ。
 その姿に教皇は微かな違和感を覚え、軽く身を乗り出した。

「貴様……!」

 そんな教皇にメティアは告げる。

「大人しくそこを退いてほしい。命を失う前に……!」
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