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第二章 紗栄子・高1
30 月曜日のプールサイド
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月曜日のプールサイド。
男の腰。男の太腿。男のふくらはぎ。
「…何難しい顔してんの。」
蓮に声を掛けられ、紗栄子は顔を赤くした。
今は居残りメンテナンスの時間だというのに。とんでもないことを考えていた。
―――蓮も、大志みたいに、あんなことをするんだ、なんて…。
先日、初めて大志を受け入れたところは今もひりひりと痛い。
「ごめん、ちょっと…。ぼんやりしちゃった。」
「うそつけ。エロいことでも考えてたんだろ。」
蓮の言葉は冗談だと頭ではわかっているのに。紗栄子は顔どころか体全体が熱くなってしまうのを止められないでいる。
「今日は、本当に…そういうの、やめてくれる…?」
「は?そういうのって?」
「エ、エロいとか、そういうの…。」
紗栄子は蓮の足を解放すると、体を離して顔を扇ぎはじめた。ジャージの胸元も激しく動かしている。
こういう時、紗栄子は残酷なまでに分かりやすい女の子だ、と蓮は思う。冷静に思う一方で、くらくらするような熱い気持ちがたぎる。
―――紗栄子と工藤がいよいよそういう関係になったんだ。
バレンタインが近い土日。チョコを上げて、なんだかんだでそういうことになったんだろう。
乾いたため息を吐いて、蓮はつぶやいた。
「純情だよなあ、お前って。」
「え!?」
「俺の体触って、工藤の体を思い出すとか。純情すぎ。」
———耐えきれない。
これ以上紗栄子のことをからかうことに、耐えきれない。自分が何か言えば言うほど、紗栄子は大志との間に起きたことを濃く濃く思い出すのに違いないのだから。
蓮は極力笑顔を崩さないようにしながら、少し乱暴に体を起こした。
「今日はなしだな。しばらく居残りメンテナンスはなしでもいいよ。エロいこと思い出しながら恐る恐る体を触られんのはむずがゆいから。慣れるまで工藤とヤりまくってくれよ。」
「やり…。」
紗栄子はますます真っ赤っ赤になってしまう。
蓮の物言いはまったくもってひどいものだ。しかし、冷静にいつも通りにメンテナンスを続けられなかったことは紗栄子にとっては大いに反省すべき事柄だった。
「ごめんなさい。私は大志の彼女である前に、水泳部のマネージャーなのに。」
結局紗栄子が蓮の言葉を否定しないので、蓮はメラメラと嫉妬の炎に焼かれる羽目になる。
「真面目だよなあ。普通、逆だろ。」
「そうなの?普通がどうかなんてわかんないよ。」
「まあ、少なくとも工藤の前では言うなよ。本気で傷つくぞ。」
「もう、言っちゃってる。恋愛を優先順位上位にはできないって。」
「ひどいカノジョだなあ。」
紗栄子は膝をはらって立ち上がった。
「とにかく、ごめんなさい。できるだけ早く調子を戻すから、見限らないでね。」
「大丈夫だって。俺はちょっと残って自分でやるから。先に帰りな。」
「うん。後片付け、お願いします。」
紗栄子は何度も名残惜しそうに蓮の方を振り返りつつ、プールから出て行った。
「うーん。」
蓮はうなりながら、再び自身の体を横たえる。
びっくりした。
こんなに自分がショックを受けるなんて。
―――好きなんだ。
頭の中で言語化するだけでも、とてもたまらない気持ちになる。
―――紗栄子のことがすごく好きなんだ。
きつく目を閉じると、ガチャリと音がして簡易温水プールのドアが開いた。
「失礼しまーす。」
慣れたこととはいえ、大志はいつも礼儀正しく簡易温水プールの入り口を開ける。
「おう、工藤。お疲れさん。今日は早いんだな。」
「お疲れさん。今日は、たまたま早くて。紗栄子知らない?」
キョロキョロと辺りを見回す大志を、蓮はそっと観察する。
―――そういやスッキリした顔してんな。
嫉妬の気持ちを禁じ得ず、嫌な気分になる。
「今日は、居残りメンテナンスはなし。つうか、俺一人でやろっかなって。」
「え?なんで?」
「いやー、なんか、疲れてるみたいだし?紗栄子。」
自分はちゃんと笑えているだろうか。いやらしくからかう顔が出来ているだろうか。
そう思いながら、蓮は上目遣いに大志を見上げる。
「あ、ああー、そっか。」
大志はからかいの視線を浴びても嫌な顔はせず、むしろ照れたように鼻を掻いた。
「幸せそうで何よりだよな。」
「うん。」
「否定しないんかい。」
「うん。」
「いやいやいや。」
2人がやり取りしていると、ノックもなく慌ただしくドアが開いた。
「じゃあ、蓮、戸締まりー――。」
着替えを終えた紗栄子だ。大志に気づいてビックリしたあと、顔を真っ赤にしている。あんなやり取りの後で不意に大志が現れては無理もない。
「戸締まりはやっとくよ。ラブラブな2人はさっさと帰りやがれ。」
「おう。」
「だから、否定しろっての。」
「じゃあお願いね、蓮。…ごめんなさい。」
「別に。雑用の何もかもを毎日必ずマネージャーがやらなきゃいけないわけじゃねえから。」
紗栄子の‘ごめんなさい’は明らかに戸締まりについてではないのだが、あえて蓮は戸締まりの話に持っていった。
奇妙なやり取りがあったことを、大志に感づかせる必要などないのだ。
――――はああああ。
2人が立ち去り、思わずもれたため息があまりにも深くて、蓮は自分にビックリしてしまう。
―――紗栄子のせいにして。耐えられないのは俺の方なんだよな。
吐いたため息を取り戻すように深く息を吸うと、蓮は今度こそ真剣にストレッチを始めた。
男の腰。男の太腿。男のふくらはぎ。
「…何難しい顔してんの。」
蓮に声を掛けられ、紗栄子は顔を赤くした。
今は居残りメンテナンスの時間だというのに。とんでもないことを考えていた。
―――蓮も、大志みたいに、あんなことをするんだ、なんて…。
先日、初めて大志を受け入れたところは今もひりひりと痛い。
「ごめん、ちょっと…。ぼんやりしちゃった。」
「うそつけ。エロいことでも考えてたんだろ。」
蓮の言葉は冗談だと頭ではわかっているのに。紗栄子は顔どころか体全体が熱くなってしまうのを止められないでいる。
「今日は、本当に…そういうの、やめてくれる…?」
「は?そういうのって?」
「エ、エロいとか、そういうの…。」
紗栄子は蓮の足を解放すると、体を離して顔を扇ぎはじめた。ジャージの胸元も激しく動かしている。
こういう時、紗栄子は残酷なまでに分かりやすい女の子だ、と蓮は思う。冷静に思う一方で、くらくらするような熱い気持ちがたぎる。
―――紗栄子と工藤がいよいよそういう関係になったんだ。
バレンタインが近い土日。チョコを上げて、なんだかんだでそういうことになったんだろう。
乾いたため息を吐いて、蓮はつぶやいた。
「純情だよなあ、お前って。」
「え!?」
「俺の体触って、工藤の体を思い出すとか。純情すぎ。」
———耐えきれない。
これ以上紗栄子のことをからかうことに、耐えきれない。自分が何か言えば言うほど、紗栄子は大志との間に起きたことを濃く濃く思い出すのに違いないのだから。
蓮は極力笑顔を崩さないようにしながら、少し乱暴に体を起こした。
「今日はなしだな。しばらく居残りメンテナンスはなしでもいいよ。エロいこと思い出しながら恐る恐る体を触られんのはむずがゆいから。慣れるまで工藤とヤりまくってくれよ。」
「やり…。」
紗栄子はますます真っ赤っ赤になってしまう。
蓮の物言いはまったくもってひどいものだ。しかし、冷静にいつも通りにメンテナンスを続けられなかったことは紗栄子にとっては大いに反省すべき事柄だった。
「ごめんなさい。私は大志の彼女である前に、水泳部のマネージャーなのに。」
結局紗栄子が蓮の言葉を否定しないので、蓮はメラメラと嫉妬の炎に焼かれる羽目になる。
「真面目だよなあ。普通、逆だろ。」
「そうなの?普通がどうかなんてわかんないよ。」
「まあ、少なくとも工藤の前では言うなよ。本気で傷つくぞ。」
「もう、言っちゃってる。恋愛を優先順位上位にはできないって。」
「ひどいカノジョだなあ。」
紗栄子は膝をはらって立ち上がった。
「とにかく、ごめんなさい。できるだけ早く調子を戻すから、見限らないでね。」
「大丈夫だって。俺はちょっと残って自分でやるから。先に帰りな。」
「うん。後片付け、お願いします。」
紗栄子は何度も名残惜しそうに蓮の方を振り返りつつ、プールから出て行った。
「うーん。」
蓮はうなりながら、再び自身の体を横たえる。
びっくりした。
こんなに自分がショックを受けるなんて。
―――好きなんだ。
頭の中で言語化するだけでも、とてもたまらない気持ちになる。
―――紗栄子のことがすごく好きなんだ。
きつく目を閉じると、ガチャリと音がして簡易温水プールのドアが開いた。
「失礼しまーす。」
慣れたこととはいえ、大志はいつも礼儀正しく簡易温水プールの入り口を開ける。
「おう、工藤。お疲れさん。今日は早いんだな。」
「お疲れさん。今日は、たまたま早くて。紗栄子知らない?」
キョロキョロと辺りを見回す大志を、蓮はそっと観察する。
―――そういやスッキリした顔してんな。
嫉妬の気持ちを禁じ得ず、嫌な気分になる。
「今日は、居残りメンテナンスはなし。つうか、俺一人でやろっかなって。」
「え?なんで?」
「いやー、なんか、疲れてるみたいだし?紗栄子。」
自分はちゃんと笑えているだろうか。いやらしくからかう顔が出来ているだろうか。
そう思いながら、蓮は上目遣いに大志を見上げる。
「あ、ああー、そっか。」
大志はからかいの視線を浴びても嫌な顔はせず、むしろ照れたように鼻を掻いた。
「幸せそうで何よりだよな。」
「うん。」
「否定しないんかい。」
「うん。」
「いやいやいや。」
2人がやり取りしていると、ノックもなく慌ただしくドアが開いた。
「じゃあ、蓮、戸締まりー――。」
着替えを終えた紗栄子だ。大志に気づいてビックリしたあと、顔を真っ赤にしている。あんなやり取りの後で不意に大志が現れては無理もない。
「戸締まりはやっとくよ。ラブラブな2人はさっさと帰りやがれ。」
「おう。」
「だから、否定しろっての。」
「じゃあお願いね、蓮。…ごめんなさい。」
「別に。雑用の何もかもを毎日必ずマネージャーがやらなきゃいけないわけじゃねえから。」
紗栄子の‘ごめんなさい’は明らかに戸締まりについてではないのだが、あえて蓮は戸締まりの話に持っていった。
奇妙なやり取りがあったことを、大志に感づかせる必要などないのだ。
――――はああああ。
2人が立ち去り、思わずもれたため息があまりにも深くて、蓮は自分にビックリしてしまう。
―――紗栄子のせいにして。耐えられないのは俺の方なんだよな。
吐いたため息を取り戻すように深く息を吸うと、蓮は今度こそ真剣にストレッチを始めた。
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