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第三章 美央高1・紗栄子高2
03 部活動見学
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春菜は美央に対して丁寧に水泳部のことを説明した。特に、マネージャーとしての役割、その存在の重要性を。
「大変だけど、やりがいはあるわよ。選手がベストタイムを更新すれば嬉しいし、大会で負けたらすごく悔しいし。ただのサポートじゃない、チームとして気持ちを共有しあっていける。」
「でも、本当に、私完全に素人なんです。」
「ああ!そんなのは関係ないわよ。こないだ卒業した先輩もね、入部当時はまったくの素人だったっていうけど、そんなこととても信じられないくらいに優秀なマネージャーだったわ。」
「でも私、運動音痴ですし…。」
「やだ、それも関係ないわよ。とにかく、今日は練習を最後まで見学していって!」
「よろしくお願いしまーす!」
元気のいい挨拶とともに、部員達はジャージやコートを脱いで、軽くストレッチを始める。プールのすぐ側には大きな分時計が置いてある。と、春菜が大きく声を張り上げた。
「3分前でーす!」
時計の青い秒針が、ぐるりとまわる。
「1分前でーす!」
ようやく部員達はそれぞれのコースに散らばった。派手な音を立てて足元から水中に入っていく者あり、時間ギリギリまでねばろうとする者あり。もうもうと湯気が立ち込めていく。塩素の匂いがさらに強くなって美央の鼻腔を刺激する。
「10秒まーえ!」
と、春菜のさらに大きな声がもうもうと立ち込める湯気の中に響いた。彼女はコース台とコース台の間に陣取り、半ば仁王立ちで横にある分時計と手元のストップウォッチを交互に見ている。
「5秒まーえ!」
この声に、水中の部員達が少し身をかがめて見せる。拓海は分時計に一番近い1コースに入り、その先頭である。
「よーい、ハイッ!」
ざぶんと勢いよくその身を沈め、各コース一人ずつ壁を蹴って飛び出した。その後も春菜の掛け声と、身を沈める水音が規則的に繰り返されていく。春菜の位置から少し離れて、もう一人のマネージャーの紗栄子が同じように仁王立ちしている。春菜のそばにあるホワイトボードに書かれた練習メニューを目で追って確認している。
ウォームアップ、トップスピードを意識した練習と持久力を意識した練習、腕に重点を置いた練習と足に重点を置いた練習が、繰り返されていく。各練習メニューの合間にはほんの少しの休憩時間しかなく、部員達はずっと息を切らしているような状況だ。
「すごい迫力…。」
思わずもらした美央の声。それを聞いて、悠季が振り向く。
「びっくりした?」
「うん、とっても。」
決して否定的ではない、むしろ感嘆に近い声をもらす美央を見て、悠季は嬉しくなった。
「毎日この様子を見て、一緒に頑張っていくのって、いいと思うけど。」
声音はあくまでも優しく、悠季は美央に語りかけた。反対側でひとみがその様子を聞いている。ひとみにしても悠季と同じような気持ちだ。
「教室ではなんか、その場のノリで言っちゃったけど、橘さん、さっきから楽しそうに見てるし、いいと思うけどな。」
とんでもない畑違いの世界、と尻込みしていた気持ちが、たった1度の練習風景を見ただけで変わりつつあることを、美央は確かに感じていた。
「…うん、楽しそうだね…。」
※
「ありがとうございましたーっ!」
終了のあいさつをして、各自雑談をしながら散らばる。そのなかで拓海だけはコートを引っかけて美央の元に急いで走りよってきた。かきあげた髪の毛から雫が滴り落ちている。
「どうだった?美央ちゃん。」
「はい、すごかったです。みなさん真剣ですごい勢いがあってびっくりしました。」
今日一番の笑顔で言葉を返す美央に、当然拓海も好感触を覚える。更に髪をかきあげ、その背の高い体を少しかがめて美央と視線を合わせる。
「どうかな。本気で。」
口元は笑っているけれど、瞳が真剣であることに、美央は気づかないわけにはいかなかった。
「本当にいいんですか、ど素人の私なんかで。」
美央の言葉に一瞬拓海はきょとんとし、次の瞬間、にやりと笑った。
「……なんか、俺、告ってるみてえ。」
「え!?」
「美央ちゃん、何気に焦らすタイプ?」
「え、何、言ってるんですか。」
わけがわからずひとみや悠季の顔を見る美央の様子を見て、拓海はけらけらと笑ってみせた。
「よろしくお願いします。」
握手を求めるように拓海が右手を差し出す。おずおずと、美央はその手を取った。
「…よろしくお願いします。」
「大変だけど、やりがいはあるわよ。選手がベストタイムを更新すれば嬉しいし、大会で負けたらすごく悔しいし。ただのサポートじゃない、チームとして気持ちを共有しあっていける。」
「でも、本当に、私完全に素人なんです。」
「ああ!そんなのは関係ないわよ。こないだ卒業した先輩もね、入部当時はまったくの素人だったっていうけど、そんなこととても信じられないくらいに優秀なマネージャーだったわ。」
「でも私、運動音痴ですし…。」
「やだ、それも関係ないわよ。とにかく、今日は練習を最後まで見学していって!」
「よろしくお願いしまーす!」
元気のいい挨拶とともに、部員達はジャージやコートを脱いで、軽くストレッチを始める。プールのすぐ側には大きな分時計が置いてある。と、春菜が大きく声を張り上げた。
「3分前でーす!」
時計の青い秒針が、ぐるりとまわる。
「1分前でーす!」
ようやく部員達はそれぞれのコースに散らばった。派手な音を立てて足元から水中に入っていく者あり、時間ギリギリまでねばろうとする者あり。もうもうと湯気が立ち込めていく。塩素の匂いがさらに強くなって美央の鼻腔を刺激する。
「10秒まーえ!」
と、春菜のさらに大きな声がもうもうと立ち込める湯気の中に響いた。彼女はコース台とコース台の間に陣取り、半ば仁王立ちで横にある分時計と手元のストップウォッチを交互に見ている。
「5秒まーえ!」
この声に、水中の部員達が少し身をかがめて見せる。拓海は分時計に一番近い1コースに入り、その先頭である。
「よーい、ハイッ!」
ざぶんと勢いよくその身を沈め、各コース一人ずつ壁を蹴って飛び出した。その後も春菜の掛け声と、身を沈める水音が規則的に繰り返されていく。春菜の位置から少し離れて、もう一人のマネージャーの紗栄子が同じように仁王立ちしている。春菜のそばにあるホワイトボードに書かれた練習メニューを目で追って確認している。
ウォームアップ、トップスピードを意識した練習と持久力を意識した練習、腕に重点を置いた練習と足に重点を置いた練習が、繰り返されていく。各練習メニューの合間にはほんの少しの休憩時間しかなく、部員達はずっと息を切らしているような状況だ。
「すごい迫力…。」
思わずもらした美央の声。それを聞いて、悠季が振り向く。
「びっくりした?」
「うん、とっても。」
決して否定的ではない、むしろ感嘆に近い声をもらす美央を見て、悠季は嬉しくなった。
「毎日この様子を見て、一緒に頑張っていくのって、いいと思うけど。」
声音はあくまでも優しく、悠季は美央に語りかけた。反対側でひとみがその様子を聞いている。ひとみにしても悠季と同じような気持ちだ。
「教室ではなんか、その場のノリで言っちゃったけど、橘さん、さっきから楽しそうに見てるし、いいと思うけどな。」
とんでもない畑違いの世界、と尻込みしていた気持ちが、たった1度の練習風景を見ただけで変わりつつあることを、美央は確かに感じていた。
「…うん、楽しそうだね…。」
※
「ありがとうございましたーっ!」
終了のあいさつをして、各自雑談をしながら散らばる。そのなかで拓海だけはコートを引っかけて美央の元に急いで走りよってきた。かきあげた髪の毛から雫が滴り落ちている。
「どうだった?美央ちゃん。」
「はい、すごかったです。みなさん真剣ですごい勢いがあってびっくりしました。」
今日一番の笑顔で言葉を返す美央に、当然拓海も好感触を覚える。更に髪をかきあげ、その背の高い体を少しかがめて美央と視線を合わせる。
「どうかな。本気で。」
口元は笑っているけれど、瞳が真剣であることに、美央は気づかないわけにはいかなかった。
「本当にいいんですか、ど素人の私なんかで。」
美央の言葉に一瞬拓海はきょとんとし、次の瞬間、にやりと笑った。
「……なんか、俺、告ってるみてえ。」
「え!?」
「美央ちゃん、何気に焦らすタイプ?」
「え、何、言ってるんですか。」
わけがわからずひとみや悠季の顔を見る美央の様子を見て、拓海はけらけらと笑ってみせた。
「よろしくお願いします。」
握手を求めるように拓海が右手を差し出す。おずおずと、美央はその手を取った。
「…よろしくお願いします。」
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