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―― 第六章(終章)―― 春の兆しとチョコレート
【070】梅の蕾と春の兆し
翌日は、先に夜市と舞子が玄関の前に立った。
見送りに出た桜子と礼人は、並んで二人を見る。
「いってらっしゃい、舞子さ……舞子」
名前だけで呼ぼうと、桜子は思った。すると目を丸くしてから、実に嬉しそうに舞子が微笑む。
「ありがとう、桜子」
二人の親しげな様子に、礼人は咳払いをしてから夜市を見る。
そして舞子に腕を組まれている夜市に言った。
「そっちこそ幸せそうじゃないか」
「なっ」
「俺は知ってる。六角から、チョコレートが欲しいとお前が――」
「言うな!」
「はいはい。いってらっしゃい」
そんなやりとりをしてから、二人が出かけた。礼人が桜子を見る。
「俺達も少ししたら出よう」
「はい」
柔和に笑った桜子に、礼人が頷いた。
こうして紅茶を一杯飲んでから、二人は馬車に乗った。そして帝都の大通りで下ろしてもらってから、少し歩く。紙芝居を、子ども達が見ている。
手を繋いで並んで歩き、二人は角を曲がった。人通りの少ない路地だが、進んだ先に公園がある。進んでいくと、二人の正面に黒い外套が見えた。ハッとした様子で、腕で礼人が桜子を庇う。そこには――斑目の姿があった。斑目は、暗い色の金髪を揺らすと、実に楽しそうに笑う。
「なになに、デート?」
「百鬼夜行を逃れたの?」
ほぼ同時に斑目と礼人が声を出した。すると一拍おいてから、斑目が肩を揺らして笑った。
「元々俺は参加していないからね。ほら? 俺、協力的なあやかしだから」
「どの口で」
礼人が睨み付ける。その背に桜子は隠れた。足手まといにならないようにするためだ。
「取引にはきちんと応じる西洋の怪異だよ、俺は。いやぁ、横濱の好々爺に取引を持ちかけられてね」
その言葉に、虚を突かれたように礼人が目を見開く。
「……、……まさか」
「かもねぇ。どうかなぁ。僕は人の心は読めないからね」
「条件は?」
「僕の体の研究をしたいらしい。この前なんて肝臓を抜かれたよ。いやぁ、僕は自分に肝臓があることを知らなかった。すぐに再生したけれどね」
礼人は斑目を険しい顔で睨み付けている。
腹部に触れている斑目は、それから桜子と目を合わせると、にこりと笑った。
「義理の孫を傷つけた復讐をすると殴り込んできた石頭かと思ったら、案外柔軟に話が出来た。安心していい、今、少なくともこの瞬間の僕は敵では無くなったのだから」
「でも桜子を傷つけた事実に変わりはないよ。俺はきみを許さない」
礼人のきっぱりとした声に、斑目が肩を竦める。
「その瞳。お祖父さん似なんだね。じゃあ、またどこかで。次も敵でないことを祈っているといいよ。存在もしない、神に」
そういうと斑目は、ゆっくりと歩き去る。
いつも携帯している軍銃を抜きかけた礼人は、しかしちらりと桜子を見ると、その手を下ろした。
「ごめん、取り逃がすよ。ここでの交戦は危険だから」
「すみません、私が邪魔なばかりに」
「ううん、違います。俺がきみを心配なだけ。とりあえず、公園に行こう」
斑目の姿が完全に見えなくなったとき、礼人が言った。開けた場所の方が、襲われたときに柔軟に対応出来るからだろう。
手を繋がれ、腕を引かれて桜子は公園へと向かった。
そして二人で、梅の木のそばに立つ。桜子は何気なく視線を上げて気がついた。
「蕾が……」
「ん? ああ、咲きかけてるね」
「もう……春が来るんですね」
「そうだね」
礼人はそう言うと、桜子の手をより強くひき、無人の公園で桜子を抱きしめた。
「今年の春も、来年の春も、一緒にいてくれる?」
「勿論です」
「うん。俺は、きみとともにいられるように、きちんと危険なあやかしは倒すよ」
「礼人様……」
それを聞いてから、桜子は礼人と視線を合わせた。緑色の瞳が、己を見ている。
「ねぇ、桜子さん。これからバレンタインのお返しを買いたいんだけど、なにがいい? 不安だったら早く帰ろうか?」
「……礼人様。それも……よい夫婦になるための、質問ですか?」
桜子は、いつか礼人が話していた言葉を思い出しながら告げた。
礼人の気遣いは、いつだって嬉しい。だが、舞子と夜市のように、思えば明確に、お互いの感情を伝えあったことはない。漠然とそう思っていると、礼人が小首を傾げた。
「いや、ただ単に俺が、桜子さんに喜んでほしいだけ」
「嬉しいですけれど……どうして?」
「うん?」
「私が喜ぶと、いいことがありますか?」
桜子が緊張しながら問いかけると、礼人が透き通るような目をして、小さく頷いた。
「そうだね。桜子さんが喜ぶと、俺が幸せになれる。だけど、どうして? 好きな人が喜んでくれたら、俺は嬉しいと思うけど」
「す、好き……」
「うん?」
「……」
「嫌?」
「嫌じゃないです!」
「桜子さんは?」
「私も……す、好きです!」
「うん。見てれば分かるよ。可愛いなぁ」
そう言って微笑すると、ぎゅっとより強く礼人が桜子を抱きしめた。また、欲しい言葉を貰ってしまった。だけど、自分の気持ちも伝えることができた。ほんのりと、桜子の胸が温かくなる。
こうして梅の蕾が、春の訪れの兆しを告げる中、二人は暫しの間、抱き合っていた。
「好きだよ、桜子さん」
「私も、お慕いしています」
幾度も愛の言葉を交わしながら、視線を合わせて、お互いを優しい瞳で見る。
きっと、今後も二人には、苦難も訪れる。けれど、幸福もまた、確かにここにも未来にもある。その一つ一つを、乗り越え、大切にしていきたい。礼人が隣にいてくれたならば、きっとそれができる。そう考えながら、桜子は目を伏せ、顎を少し持ち上げる。礼人が桜子の頬に手を添える。二人は今、幸せである。
―― 終 ――
見送りに出た桜子と礼人は、並んで二人を見る。
「いってらっしゃい、舞子さ……舞子」
名前だけで呼ぼうと、桜子は思った。すると目を丸くしてから、実に嬉しそうに舞子が微笑む。
「ありがとう、桜子」
二人の親しげな様子に、礼人は咳払いをしてから夜市を見る。
そして舞子に腕を組まれている夜市に言った。
「そっちこそ幸せそうじゃないか」
「なっ」
「俺は知ってる。六角から、チョコレートが欲しいとお前が――」
「言うな!」
「はいはい。いってらっしゃい」
そんなやりとりをしてから、二人が出かけた。礼人が桜子を見る。
「俺達も少ししたら出よう」
「はい」
柔和に笑った桜子に、礼人が頷いた。
こうして紅茶を一杯飲んでから、二人は馬車に乗った。そして帝都の大通りで下ろしてもらってから、少し歩く。紙芝居を、子ども達が見ている。
手を繋いで並んで歩き、二人は角を曲がった。人通りの少ない路地だが、進んだ先に公園がある。進んでいくと、二人の正面に黒い外套が見えた。ハッとした様子で、腕で礼人が桜子を庇う。そこには――斑目の姿があった。斑目は、暗い色の金髪を揺らすと、実に楽しそうに笑う。
「なになに、デート?」
「百鬼夜行を逃れたの?」
ほぼ同時に斑目と礼人が声を出した。すると一拍おいてから、斑目が肩を揺らして笑った。
「元々俺は参加していないからね。ほら? 俺、協力的なあやかしだから」
「どの口で」
礼人が睨み付ける。その背に桜子は隠れた。足手まといにならないようにするためだ。
「取引にはきちんと応じる西洋の怪異だよ、俺は。いやぁ、横濱の好々爺に取引を持ちかけられてね」
その言葉に、虚を突かれたように礼人が目を見開く。
「……、……まさか」
「かもねぇ。どうかなぁ。僕は人の心は読めないからね」
「条件は?」
「僕の体の研究をしたいらしい。この前なんて肝臓を抜かれたよ。いやぁ、僕は自分に肝臓があることを知らなかった。すぐに再生したけれどね」
礼人は斑目を険しい顔で睨み付けている。
腹部に触れている斑目は、それから桜子と目を合わせると、にこりと笑った。
「義理の孫を傷つけた復讐をすると殴り込んできた石頭かと思ったら、案外柔軟に話が出来た。安心していい、今、少なくともこの瞬間の僕は敵では無くなったのだから」
「でも桜子を傷つけた事実に変わりはないよ。俺はきみを許さない」
礼人のきっぱりとした声に、斑目が肩を竦める。
「その瞳。お祖父さん似なんだね。じゃあ、またどこかで。次も敵でないことを祈っているといいよ。存在もしない、神に」
そういうと斑目は、ゆっくりと歩き去る。
いつも携帯している軍銃を抜きかけた礼人は、しかしちらりと桜子を見ると、その手を下ろした。
「ごめん、取り逃がすよ。ここでの交戦は危険だから」
「すみません、私が邪魔なばかりに」
「ううん、違います。俺がきみを心配なだけ。とりあえず、公園に行こう」
斑目の姿が完全に見えなくなったとき、礼人が言った。開けた場所の方が、襲われたときに柔軟に対応出来るからだろう。
手を繋がれ、腕を引かれて桜子は公園へと向かった。
そして二人で、梅の木のそばに立つ。桜子は何気なく視線を上げて気がついた。
「蕾が……」
「ん? ああ、咲きかけてるね」
「もう……春が来るんですね」
「そうだね」
礼人はそう言うと、桜子の手をより強くひき、無人の公園で桜子を抱きしめた。
「今年の春も、来年の春も、一緒にいてくれる?」
「勿論です」
「うん。俺は、きみとともにいられるように、きちんと危険なあやかしは倒すよ」
「礼人様……」
それを聞いてから、桜子は礼人と視線を合わせた。緑色の瞳が、己を見ている。
「ねぇ、桜子さん。これからバレンタインのお返しを買いたいんだけど、なにがいい? 不安だったら早く帰ろうか?」
「……礼人様。それも……よい夫婦になるための、質問ですか?」
桜子は、いつか礼人が話していた言葉を思い出しながら告げた。
礼人の気遣いは、いつだって嬉しい。だが、舞子と夜市のように、思えば明確に、お互いの感情を伝えあったことはない。漠然とそう思っていると、礼人が小首を傾げた。
「いや、ただ単に俺が、桜子さんに喜んでほしいだけ」
「嬉しいですけれど……どうして?」
「うん?」
「私が喜ぶと、いいことがありますか?」
桜子が緊張しながら問いかけると、礼人が透き通るような目をして、小さく頷いた。
「そうだね。桜子さんが喜ぶと、俺が幸せになれる。だけど、どうして? 好きな人が喜んでくれたら、俺は嬉しいと思うけど」
「す、好き……」
「うん?」
「……」
「嫌?」
「嫌じゃないです!」
「桜子さんは?」
「私も……す、好きです!」
「うん。見てれば分かるよ。可愛いなぁ」
そう言って微笑すると、ぎゅっとより強く礼人が桜子を抱きしめた。また、欲しい言葉を貰ってしまった。だけど、自分の気持ちも伝えることができた。ほんのりと、桜子の胸が温かくなる。
こうして梅の蕾が、春の訪れの兆しを告げる中、二人は暫しの間、抱き合っていた。
「好きだよ、桜子さん」
「私も、お慕いしています」
幾度も愛の言葉を交わしながら、視線を合わせて、お互いを優しい瞳で見る。
きっと、今後も二人には、苦難も訪れる。けれど、幸福もまた、確かにここにも未来にもある。その一つ一つを、乗り越え、大切にしていきたい。礼人が隣にいてくれたならば、きっとそれができる。そう考えながら、桜子は目を伏せ、顎を少し持ち上げる。礼人が桜子の頬に手を添える。二人は今、幸せである。
―― 終 ――
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けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
ご覧下さり本当にありがとうございます!!!!💕
家族……悪ですよね……!!
桜子、本当に諦めが強かったと思います。
礼人のこと、かっこいいと仰って頂き嬉しいです。
色々なことが起きますが、家族に関しては……笑 続きご覧頂けましたら嬉しいです!
本当にご感想ありがとうございます!!!!
ご覧下さり、本当に本当に有難うございました!
礼人のこと大好きだと仰って頂き嬉しいです。
また軍の人々も、みんな根はいい人! 私もワクワクしながら書きました。
成長を感じて頂けたとのこと、嬉しくてたまりません。
斑目のラスト、書きながらこれで大丈夫だろうかと悩むときがあったので、すごくすごく嬉しいお言葉恐縮です。私も憎めず笑
続き、いつか書いてみたいのですが、その際にはきっと出るのではないかと思います。
なんて私も礼人に怒られそうですが笑
ハッピーエンド、書き終えることができてホッとしております。
こちらこそ、本当にご覧下さりありがとうございました!!!!
最後まで、ご覧下さりありがとうございます!
感想にとても励まされました!!
舞子と夜市は、そうですね笑
お祖父様はやるときやるタイプだとおもいます(?
多分、許しはしないけど取引はするのかなと。礼人は斬りかかると思います。
春、妄想で補完していただけると嬉しいです💕
ハッピーエンド!!
こちらこそ、ご覧下さりまことにありがとうございました!!!!