上 下
44 / 159
第五章

不本意です

しおりを挟む
    「僕、あの時の事を謝りたかったのに、そんな機会もなくて……」

    良い歳した男の子が今にも泣きそうになりながら必死に訴えかけてくる。私、ちょっと急いでいるんだけどなー。その話、後じゃダメ?    とは言い辛い雰囲気だ。

    「それに、聞いたよ。アゼルとの婚約が決まったって。……そうだよな。こんな僕よりアゼルのが良いよな。皆噂してる。精霊姫が見初めた王子の恋物語を」
    「……は?    何その事実無根なフザケた噂は」

     婚約だけは事実だけど。

    「王家から話を持ちかけられて、伯爵令嬢でしかない私が断れると?    ……あの礼儀も知らない俺様坊っちゃまってばついこないだウチのリゾートへ来たとき『俺はこの婚約を認めていない』とか宣言してたけど、それはこっちの台詞よ。声には出さないけどね」

    それ以外ガセネタでしかない話を皆知って信じていると!?
    ああ、ただでさえ面倒な学園生活に早速さらなる暗雲が立ち込めてきたみたい。

   「ちなみに例の件については、ウチの執事が実は王様の影だったらしくてね。……脅されはしたけど、まぁそんなに気にしてないから、そんなこの世の終わりみたいな顔をしないでよ」

    既に背は彼の方が大きいのに、捨て犬みたいな顔をするからついつい頭を撫でて可愛がる。

   「それじゃ、式も始まるから私もう行くね」

    その上で少し強引だけども力尽くで彼を引き剥がし、バイバイと手を振った。――初日から遅刻なんかして面倒なのに目をつけられたら厄介だしね。

    受付の列にそっと紛れ込み最後尾に並ぶ。
    ホッと一息吐いて、念のため敵の様子を伺う。
    何列かある中、王族の彼は特別扱いで専用の列に一人で並び、何かと世話を焼かれていた。

    それを当然の顔――どころか得意気な様子で受付の話をウンウン聞いている。
    あ、その隣の列でチラチラ彼を気にしている女の子、見覚えがある。あれは悪役令嬢の公爵令嬢だ。王子ルートを選ぶとヒロインの私は彼女に苛められる。

    ルートをプレイする気はないけど、現実世界で婚約してしまっている私は彼女からしたら、ルート確定したのと同じ事だろうからね。
    出来る自衛はしないと。
    教科書や教材を無駄にしたくはないし。

    ついでに彼女の――というか王子の近くに他の攻略対象及び各悪役令嬢を確認。

    「――ああ、君が噂の『精霊姫』か。ではこの番号の席へどうぞ」
    席番の記されたメモ書きを渡され、講堂内に誘導される。まるで映画館のような――ただ、スクリーンの代わりに体育館の舞台のような物が設置されている。

    ゲームのプロローグにあった背景画像と全く同じ設え。私のクラスもやはり一組だった。
    ゲームの、序章が今、始まる――
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7,143pt お気に入り:138

充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,463pt お気に入り:46

お前のこと、猫ちゃんて呼んだろか!!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:43

転生貴族の異世界無双生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:2,212

異世界転移!?~俺だけかと思ったら廃村寸前の俺の田舎の村ごとだったやつ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:6,540pt お気に入り:218

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,583pt お気に入り:91

行き遅れの伯爵令嬢は男装して魔法学校の教師になります

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:32

処理中です...