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第九章

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 ぶつり、と牙が肌を破り肉に食い込む。

 その感触はしっかり脳に伝わっているはずなのに、何故か痛覚だけが全く仕事をしていない。本当に、何故だが全く痛みがない。牙が刺さっているのが目で見ても、感触でも分かるのに……痛いと感じない。
 全く何の感覚もなくなる麻酔をかけられたのともまた違う、不思議な感覚だった。

 ノアはと言えば、両目を閉じ、美味しそうに血を啜りコクリと喉を鳴らしながら飲み込み、その度に少し目立ち始めた喉仏がゆっくりと上下に動く。
 ……元々見た目は極上の王子様のその様子は、さながら何かの芸術品の様で。
 それこそ血を飲み込む喉の動きが無ければ、どこかヨーロッパ辺りの美術館に飾られた彫刻みたいな――

 と、そんな感想を抱きかけた頃。私は自分の異変に気付いた――と言うか気付かざるを得なかった。
 痛みは相変わらず無いけれど、それとは全く別の、この状況で本来感じるはずの無い感覚。

 まるで、咬まれているその場所に性感帯が集中した様な――そんなはずあり得ないのに、何故だがそういう意味での快楽を強く感じる。

 「えっ、ちょ、なんで……、ひゃ!」
 一際強く啜られ、堪らず声が出てしまう。
 その声にノアが閉じていた目を開けると、いつか見た赤い色の瞳が現れ――不意に、ノアが纏う空気に強く色気が混じり。

 耐性の無い私の頭はたちまちキャパオーバーし半ばパニック状態に陥った。

 一体どれ程の時間だったのか。
 実際は大した時間ではなかったんだろうけど、混乱していて分からない。

 「……ごちそうさま。ね、痛くなかったでしょう?」
 ああ、うん。確かにね。痛みは全く無かったよ。
 けど……
 「痛くはなかったけど、何なの、あれは!」

 血を吸われていた以外、座って大人しくしていたはずが、まるで全力疾走した直後の様に呼吸が乱れる。
 多分頬も赤くなっているんだろうな……。

 「ん、あれ? 気持ち良くなかった?」
 そして奴め、どうやら確信犯の様だ。分かってて何も言わずにやったな?

 「最初は嫌がってた人も、一度吸うと何故か喜ぶんだよ、それで次は割とすんなり吸わせてくれる。……吸血鬼の生き残り戦略的な能力なのかと思ってたんだけど……」

 ああ、そうか。
 “気持ち良い”らしい事は知っていても、その方向性については正しく理解してないのか。そりゃそうだな、まだ中学生位の歳の子じゃ仕方ないのか……。

 これは。
 ノアの吸血に付き合うのは、私にとってある意味で試練になりそうだ、と。
 この時私は悟ったのであった。
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