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魔族の国

10-5 侯爵家のタウンハウス

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    イマルによれば、ここは例の前侯爵が使っていた屋敷らしい。
    前侯爵は自領に複数のマナーハウスと、王都に一軒のタウンハウス――つまりここだ――を持っていたそうだけど、色々やらかし処刑されたタイミングで領地は王家に没収されたため、その位を継いだイマルに残されたのもこの屋敷のみだったらしい。
    代々の侯爵家が治めてきた土地は辺境ながら豊かな土地で、彼らは社交シーズン以外の大半を自領で過ごしていたから、タウンハウスもこのような郊外で間に合っていた。
    そしてこの目立たぬ郊外のタウンハウスは前侯爵にとっても悪行を隠すのにもってこいだった、と。
    イマルにとっては悪夢そのものの屋敷。
    私だったらとっととぶち壊したくなりそうだけど……。
    「アホか。壊すのにも金がかかるんだぞ。しかも俺には利用価値の見出だせない無駄に豪奢な『侯爵家に相応しい屋敷』とやらを新たに建てるならさらに金がかかる。売ろうにもやらかした野郎の屋敷を欲しがる物好きは居ないし、それでも無理に売ろうとすれば足元を見られる」
    だから、一度大掃除に人を雇って手を入れた以外は模様替えすらしないままなのだと言う。
    「どうせ城勤めで普段はあの部屋で間に合うから滅多にこちらには戻らないしな」
    最低限、屋敷の管理に必要な使用人は居るけれど、元伯爵家のお嬢様が呆れる程度には人が少な過ぎて、突然の客人に涙目の家令にマリーが同情の視線を向けていた。
    「まあ、適当に寛いでくれ」
    取り敢えず居間に通された私達にイマルはそう適当に投げ、彼自身は王への報告をしに行くと一人登城。
    当然テレビもないし特に娯楽もない、ただ豪奢なソファーセットがあるだけのだだっ広い居間に動揺する私とケント、そして涼しい顔でお茶を優雅に楽しむマリーだけが残された。
    うーん、マリーは絵になる。こう見るとやっぱり貴族のお嬢様なんだよね、マリーは。
    さて。こんな立派で高そうな物だらけの室内で暴れる訳にはいかないし、さりとて忙しい使用人の手を煩わせ、手合わせ出来そうな場所への案内を頼むのも気が引けるし……何しよう? 
    静か過ぎて落ち着かなくなる部屋の中、ケントと目で会話する。
    「あら、そんなところで何をしているの?」
    立派過ぎるソファーに座るのが躊躇われて、ラグの敷かれた――これもふかふか過ぎて怖い――床にちょんと体育座りしたまま動けない私達に余裕のある笑みを向けるマリー。
    「ここで怯んでは王城ではどうするつもりなのかしら?    ここはイマルの屋敷ですが、同時に侯爵家のお屋敷です。ちょうど良いですわ。マナーを学ぶのに実践訓練が出来る最高の機会ですもの。さあ、ソファーにお掛けになって。お茶の飲み方の実践訓練から始めましょうか」
    他にすることもなく、マリーの微笑みから逃れる策もなく。
    私達はそのままマリーのマナー講座ハードモードに挑む事となり。
    仕事を終えて帰宅したイマルにそれを目撃され、イイ笑顔で見守られながらマナー講座第二弾、ディナー編~地獄ヘルモード~へ移行。
   ケントと二人、涙目になりながら、味のよく分からない夕食を腹に詰める次第となった。
    ああ、これぞ懐かしイマルクオリティ。
    これは……この屋敷に留まる間は続くだろう。私はケントと明日以降の試練に互いの健闘を祈りつつ、各自に与えられた客間で眠りについた。
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