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第五章 拒絶の向こう側
おれだけを見て、感じてよ【1】
しおりを挟む「………………本当に、来たんだ」
あきれたように言う大地に、ムッと眉を寄せた。
「何よ。私のこと、からかったとでも言うの?」
ベッドに寝転んで本を読んでいたらしい大地を、部屋の入り口でにらんだ。
……昼間からずっと悩みまくっていた自分が、バカみたいだ。
いままでの大地と違う風に見えて、だからこそ真剣に、自分が《望まれている》気がしたのに。
大地は、大地。
だけど、私に対する態度も言葉遣いも、全然違っていて。
いまの大地と夜を過ごすっていうのは……なんだか、前の大地に対する『裏切り』のように思えていたから。
それなのに───。
「私とする気がないなら、いいわよ。お邪魔さま。
明日は早く起きて、父さん見送ってあげてね?」
早口で言いきって部屋をあとにしようとした私の耳に、盛大な溜息が聞こえた。
「……大人げないな、あんたって。じゃあ言い方を変えてやるよ。
───来てくれるとは思わなかったから、嬉しいよ、舞さん」
棒読みで告げられても、ドキッとしてしまう私を察したかのように、大地がのどの奥でくっと笑いながらベッドを降りる。
「───これで、満足?」
「あんたねぇ~」
頬をひきつらせて思いつく限りの文句を言ってやろうとしたのに、いつもと勝手が違い言葉につまった。
手にした本を棚に戻し、大地が私を見る。
「……なんで、そんなとこにつっ立ってるんだよ? 早く来いよ、こっち」
誘う目つきがいやらしくて、なんだか、怖かった。
けれども、怖じけづいた自分を見透かされるのが悔しくて……平気な振りをして、大地の側に寄った。
瞬間、抱きすくめられて、自分の身体が強張っているのを実感する。
「そんなにおびえられたら、キスもできないよ。……舞さん?」
ささやきは、あきらかにからかう口調だった。
なのに、いままでと違う響きに聞こえるのは、私の名前を何かを思うように告げるから、かもしれない。
キスもできないと言った舌の根も渇かぬうちに、うなじを伝う唇と、布ごしに背中を撫でていく指先。
……その、動き。
ベッドに押し倒されながら、あえぐように名前を呼ぶ───確信をもって。
「……大地……」
呼びかけて、自分からも近づく。
後ろ髪に触れて、大地の匂いを呼吸する。
……同じ、匂い。
当たり前のことなのに、その事実に安心して、ようやく身体の緊張もとけていった。
それが伝わったのか、大地はよりいっそう大胆に、私の弱いところを、指で唇で舌でもって攻め始めた。
「……っ……」
時々、痛いくらいに強く愛撫されて、涙がにじむと、大地はごめんと短く言って、目元に唇を寄せてきた。
……そこに浮かぶ愉悦に気づき、たまらなくなって大地の背中に爪を立てる。
───こいつ、絶対わざとだ。
「……何? もっと、激しくされたいの?」
自分の背にまわされた私の手をつかみ寄せ、意地悪く、笑う。
乱暴に両手が押さえこまれて、私の身体のあらゆる柔らかな部分に歯が立てられた。
そうして大地は、痛みが、痛みだけではないことを、私の身体に思い知らせていく。
「……ひょっとして、いつもより濡れてたりする? 実はMだったんだね、舞さん?」
声が枯れるほど人をあえがせておいて。
にっこりと底意地悪そうに笑う大地が憎らしいのに……愛おしく思えて、不思議だった。
こんな風に、いまの大地を受け入れることができるだなんて。
……身も、心も。
「……大地……好きよ……。だから……キス、して……」
かすれた声で言った私を、大地がとまどったように見返してきた。
その反応に、いたずらっぽく笑ってみせる。
「キスするの、怖い……? 噛みつかれそうで……」
私の身体には幾つものくちづけを落としたのに。
いっこうに、私の唇にはやってこない大地の唇の意味を、指摘してやる。
「……遠慮、してるんでしょ……? もう一人の、自分に」
漠然と感じていたこと。
いまの大地は、もう一人の自分を羨み、妬みながら……どこかで『何か』を、譲っているように思えた。
「……あんたは……何を遠慮して……何を、譲っているの……?」
さきほどまでの愉悦に満ちた仮面を脱ぎ捨てるようにして、大地は、押さえこんでいた私の両手を解放した。溜息と共に、答える。
「…………あんただよ、舞さん。おれが、ホントは触れちゃいけない……『こいつ』の、宝物」
言って、大地は胸を押さえた。
「何もかもあきらめて……自我さえもごまかして……。だけど『こいつ』の心のなかで、最後まで大事に……大事にされてきた、あんたへの『想い』。おれには、どうしても奪えないもの」
うつむいて、つぶやく。
「……奪っちゃ、いけない、もの……」
「───大地……あんたは、やっぱり、大地、なのね」
自由になった両手で、大地の両頬を押さえる。
思わず、笑みが浮かんだ。
「そんな風に、アホみたいに理屈っぽくて、語り始めたら止まらないとこ。
……ホント、ヤになるくらい、『大地』だわ」
「アホって……」
言いかけた大地の唇を奪って、強引に舌を求めて、逃げられないように大地の頭を抱えこんだ。
息もつかせぬほどに夢中になってキスをして、大地が応えてくれ始めると、意識が飛びそうなった。
その刹那、大地の手が私を無理やり押しやって、私の脳裏に拒絶されたキスが浮かんだ。
冷や水をかけられた思いの私の目に、大地の顔が苦しげにゆがんで、入る。
「……悪いけど、もう……上より下で、繋がりたい。
……深いとこまで、いい……?」
荒い息遣いが、長いキスのせいだけではないことが瞬時に分かって。
私はホッとしながら身体を開き、大地を受け入れた。
「───舞、さん……。いま、だけで……い……から……」
奥深くまで届けられる大地の熱に、小刻みに身体をゆすられて。
───おれだけを、見て……感じて、よ。
声も枯れはてた私に変わって、大地のせつない呼びかけだけが、何度も室内に響いていた───。
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