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第五章 拒絶の向こう側
おれだけを見て、感じてよ【2】
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*****
私の手から、青ラベルの清涼飲料水のペットボトルを受け取ると、大地は無言で口をつけた。
そんな大地を横目にベッドに入ると、ボトルの半分を飲みかけた大地が、眉をひそめて私を見てきた。
「……一緒に寝るつもりなわけ?」
「そうよ。悪い? ってか、一人で飲んでないで、私にも寄越しなさいよ。のど、カラッカラなんだから」
飲みかけのボトルに手を伸ばした。
仕方なさそうに私に手渡しながら大地は溜息をつき、
「まぁいいけど」
と、横を向く。
「……ねぇ、大地」
先ほどの会話で気になったことを、口にだした。
「あんたは、さ。別に、もう一人の大地を、嫌いなわけじゃ、ないわよね?
困らせたいとか、思ってない……よね?」
恐る恐る尋ねると、大地は面白くなさそうに鼻で笑った。
「嫌いだよ。『こいつ』良いコちゃんでムカツクし。『こいつ』さえいなければ、あんたのこと独り占めできるじゃん。
……あの榊原って人に頼んで『消して』もらおうかなって思うくらいには、ヤな奴だよ、おれにとっては」
私が言葉を失うと、それを見た大地は肩をすくめてみせた。
「ま、そんなことしたら、あんたがおれなんか相手にしなくなるだろうから、しないけどさ」
私に背を向け、大地は布団に潜りこむ。
かすかに見せられた寂しそうな表情に、思わず大地の肩を引き寄せる。
「……何度も言うけど……あんたも、『大地』なのよ? だから、私にとっては、あんたも大事な存在なの。
どちらも大切にしたいと思っているんだから、変な言い方、しないで」
「───気が多いんだな、あんた」
肩ごしに、冷めた目で大地が私を見る。
……なんで、こうなっちゃうんだろ。
「ねぇ、大地……私は、いまのあんたにも、もう一人のあんたにも『消えて』欲しくないの。
榊原医師にも言ったわ。あんた達ふたりを、ひとつにして欲しいって」
「……ごった煮スープって、不味そうだよな」
「は?」
「ふたつの人格をひとつにするなんて……言い方を変えれば、そういうことだろ? ……味の調和は、とれるのかってことだよ」
大地が本棚を指して、私に向き直る。
「あんた『五番目のサリー』って知ってるか?
五つもの人格を抱えた女が、精神科医によって人格を統合してもらう話だけど……話は、統合したとこで終わってるんだ」
大地のいわんとすることの意味をはかりかねて、大地を見つめた。
その眼が、複雑な色彩を放って、私を見返す。
「つまり、そのあと彼女がどうなったのかは、分からない。
……ふたたび、人格がバラバラになったのかもしれないし、あるいは、六番目のサリーが生まれたのかも知れないんだ」
───不安定な治療だと、先の読めない治療なのだと、大地が言っていることに気づく。
「じゃあ……このままでいるほうが、いいっていうの?」
「さぁね」
投げやりに言って、大地は私に背を向けた。
「おれが決めることじゃない。結論をだすのは、あんただよ、舞さん。
……きっと『こいつ』も、そう言うはずだ」
「大地……」
「───ただ」
とまどって大地の背中を見つめていると、何かを思うように、大地が私を振り返ってきた。
「……いや、なんでもない。もう寝るから、話かけるなよ?」
こちらを見たのは一瞬で、今度は二度と私を見ずに、大地は眠りについてしまった。
*****
夢うつつのなか、大地の唇が私の耳たぶに触れて、何か言っていた。
「……える、から……大丈夫だよ。ずっと困らせて、ごめん」
くすぐったい息遣いに、目を覚ましたいのに、まぶたが重くて……目が開けられなかった。
「……大地……なに言って……。いまは眠い、から……起きたら……」
話を聞いてあげるから、そんな悲しい声ださないのよ。
と言うつもりが、言葉にならなくて。
私はまた、深い眠りの底に落ちていった……。
私の手から、青ラベルの清涼飲料水のペットボトルを受け取ると、大地は無言で口をつけた。
そんな大地を横目にベッドに入ると、ボトルの半分を飲みかけた大地が、眉をひそめて私を見てきた。
「……一緒に寝るつもりなわけ?」
「そうよ。悪い? ってか、一人で飲んでないで、私にも寄越しなさいよ。のど、カラッカラなんだから」
飲みかけのボトルに手を伸ばした。
仕方なさそうに私に手渡しながら大地は溜息をつき、
「まぁいいけど」
と、横を向く。
「……ねぇ、大地」
先ほどの会話で気になったことを、口にだした。
「あんたは、さ。別に、もう一人の大地を、嫌いなわけじゃ、ないわよね?
困らせたいとか、思ってない……よね?」
恐る恐る尋ねると、大地は面白くなさそうに鼻で笑った。
「嫌いだよ。『こいつ』良いコちゃんでムカツクし。『こいつ』さえいなければ、あんたのこと独り占めできるじゃん。
……あの榊原って人に頼んで『消して』もらおうかなって思うくらいには、ヤな奴だよ、おれにとっては」
私が言葉を失うと、それを見た大地は肩をすくめてみせた。
「ま、そんなことしたら、あんたがおれなんか相手にしなくなるだろうから、しないけどさ」
私に背を向け、大地は布団に潜りこむ。
かすかに見せられた寂しそうな表情に、思わず大地の肩を引き寄せる。
「……何度も言うけど……あんたも、『大地』なのよ? だから、私にとっては、あんたも大事な存在なの。
どちらも大切にしたいと思っているんだから、変な言い方、しないで」
「───気が多いんだな、あんた」
肩ごしに、冷めた目で大地が私を見る。
……なんで、こうなっちゃうんだろ。
「ねぇ、大地……私は、いまのあんたにも、もう一人のあんたにも『消えて』欲しくないの。
榊原医師にも言ったわ。あんた達ふたりを、ひとつにして欲しいって」
「……ごった煮スープって、不味そうだよな」
「は?」
「ふたつの人格をひとつにするなんて……言い方を変えれば、そういうことだろ? ……味の調和は、とれるのかってことだよ」
大地が本棚を指して、私に向き直る。
「あんた『五番目のサリー』って知ってるか?
五つもの人格を抱えた女が、精神科医によって人格を統合してもらう話だけど……話は、統合したとこで終わってるんだ」
大地のいわんとすることの意味をはかりかねて、大地を見つめた。
その眼が、複雑な色彩を放って、私を見返す。
「つまり、そのあと彼女がどうなったのかは、分からない。
……ふたたび、人格がバラバラになったのかもしれないし、あるいは、六番目のサリーが生まれたのかも知れないんだ」
───不安定な治療だと、先の読めない治療なのだと、大地が言っていることに気づく。
「じゃあ……このままでいるほうが、いいっていうの?」
「さぁね」
投げやりに言って、大地は私に背を向けた。
「おれが決めることじゃない。結論をだすのは、あんただよ、舞さん。
……きっと『こいつ』も、そう言うはずだ」
「大地……」
「───ただ」
とまどって大地の背中を見つめていると、何かを思うように、大地が私を振り返ってきた。
「……いや、なんでもない。もう寝るから、話かけるなよ?」
こちらを見たのは一瞬で、今度は二度と私を見ずに、大地は眠りについてしまった。
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夢うつつのなか、大地の唇が私の耳たぶに触れて、何か言っていた。
「……える、から……大丈夫だよ。ずっと困らせて、ごめん」
くすぐったい息遣いに、目を覚ましたいのに、まぶたが重くて……目が開けられなかった。
「……大地……なに言って……。いまは眠い、から……起きたら……」
話を聞いてあげるから、そんな悲しい声ださないのよ。
と言うつもりが、言葉にならなくて。
私はまた、深い眠りの底に落ちていった……。
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