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世話焼き侍従と訳あり王子 第二章

1-2 苺とパンケーキ

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 玄関を開けたら風が抜けて、ああ窓が開いてたなと思った。水をまくついでに開花が近い花の状態を確かめていたら一時間ほどたっていた。
 買い物とやらを済ませたらしいバッシュが、キッチンで動く音がする。自分のテリトリーで感じる他人の気配に、ほんの一瞬足がすくんだ。

 ごうんごうんと回る洗濯機に隠れて、洗面台で爪の間に挟まった土をほじくりながら深呼吸する。

 なにをビビってんだよ。さっきは大丈夫だっただろ。

 あれはちょっと顔がいいだけの胸筋ゴリラだ。もしかしたらドラミングくらいはするかもしれないが、一応のお行儀もわきまえているから噛みつかないし、触ったりしない。

 手を振って水滴を飛ばす。キャビネットの取っ手に引っ掛けてあった、いつ洗ったかも忘れたタオルは回収され、新しいものに取り換えられていた。

「おかえりなさいませ」

 ダイニングへ行くと、待ち構えていたバッシュに椅子を引かれる。一度も使った記憶のないコンロではフライパンが火にかけられていた。ふたの隙間から甘い匂いがする。

「なにしてるんだ」
「朝食のご用意を。少々お時間をいただきますので、お先に果物をどうぞ」

 二人掛けのテーブルに置かれた空色の小鉢に、いちごが盛ってあった。

 生のものを見たのはいつぶりだろう。

 ご丁寧にヘタが外してあるので、ぷりぷりと水をはじく赤い実をひとつ摘まんでかじりついた。じゅわっと果汁があふれ、頬の内側がきゅっとなる。甘味よりだいぶ酸味が勝っているけれど、外から戻ったばかりのエリオットにはちょうどいい。

「手は洗いましたか?」

 うるさいナニーだな。

「それで、家探ししておれを理解できた?」

 椅子に腰かけ、コンロに向かう背中に問いかけた。
 腕を動かすたび、広い背中に形の違うしわが生まれる。人目に触れないように潜ませた生き物が、ベストの下でしなやかに呼吸をしているみたいだ。

 振り返らないまま、バッシュは「それなりに」と答えた。

「言ってみろよ」
「まず、ご自宅の中については極端に無精でいらっしゃる。掃除、洗濯を日常的に行う習慣をお持ちではなく、室内が乱雑でも頓着なさらない」
「名推理だな、ホームズ」

 二粒目を尖ったほうからかじる。いちごって、上と下とどっちが甘いんだっけ。そもそもどっちが上でどっちが下?

「少なくとも春先からこちら、ランチやディナー、また人を訪ねるなどの余暇的な外出はなさっておられませんね」

 間違いない。エリオットにとっては毎日が自宅での余暇だ。

「クローゼットを拝見いたしましたが、カジュアルからフォーマルまで各種TPOに対応できるものが一通りお揃いでしたので、ジャージですべての外出をすませる方ではないと拝察いたします。ただ、いまだに冬物が手前にかかったままでしたので、春先、と申し上げました」
「へぇ、他には?」
「どこか近場に、ガーデンをお持ちでしょうか」
「居間の本棚に、花卉やら庭造りに関する本が山のようにあるからな」
「書籍のみでしたら、引きこもりの妄想遊びかとも思えますが」

 おいこら侍従、仮面がめくれてるぞ。

「ご自身をニートと仰いますが、ヘインズさまに身体的な不健康さは見受けられません。日常的な外出および体を使った作業を行っていらっしゃるのではと。それに、シャンプーや石けんは量販店で購入できる安価なものですが、ハンドソープだけは洗浄力の強い業務用。床に大型の詰め替えボトルもございましたので、頻繁に手を使っておられる。衣類のほうも、ほとんどが土や植物にこすれてできる汚れでございました」

 そのガーデンが真上にあると言ったら、この男はどんな顔をするだろうと考えて、得意げにされたら癪だからエリオットは黙っていた。

「さらに申し上げるならば」

 ようやく振り返ったバッシュが、手にした皿をエリオットの前にサーブした。

「食生活が壊滅的です」

 白いブレート皿に、ソーセージとスクランブルエッグを添えたパンケーキ。

 女子か。

「冷蔵庫には水と栄養ゼリー。パンやパスタは冷凍で、パントリーにはインスタント。肉や魚と言った素材、生野菜は皆無です。一本の包丁もお持ちでなく、ずいぶん器用に生活しておいでですね」
「一人暮らしなんてそんなもんだろ」
「一人暮らしでも、適度に外食をするならまだ釣り合いが取れるかと」

 嫌味を言いながらカトラリーを並べ、食洗器が完ぺきな仕事をしたマグカップにティーポットから紅茶を注ぐ。

「どうせ外食なんてしないよ」

 人と会話すると、こんなに喉が渇くもんだっけ。

 昨日から、普段の三か月分くらいの会話をしている気がする。エリオットはマグを掴み、湯気の立つ紅茶を舐めた。

「……ん?」
「お好みに合いませんか?」
「いや……」
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