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世話焼き侍従と訳あり王子 第六章

7-1 絡まれるなら犬がいい

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「もしや、ヘインズ公爵ですかな?」

 声をかけられて、エリオットは足を止めた。
 ハウスの裏口から出て、見慣れたワゴンに乗り込もうとしたところだった。ゴシップ誌の記者よりは丁寧だが、無視されることを想定していない横柄さが耳障りだ。

 バッシュにも似たようなことを聞かれたが、ここまで不快じゃなかった。

 ただしイケメンに限るってやつか。

 出っ張った腹をスーツに押し込み、愛想よく寄ってくるビーグル犬のような中年の男。さりげなく前に出ながらイェオリがささやいた名前は、聞き覚えがある侯爵家のものだった。

「一度お会いしたいと思っておりましたが、いや、偶然ですな」

 偶然? うそくせー。

 当然、相手もそれを知られていると分かっていて、なんでもない顔をしている。じつに貴族らしい。ふてぶてしいのは体形だけじゃなさそうだ。

 つーか、だれだよこのオッサン。

 無害な笑みを顔に張り付けたエリオットの疑問は、しっぽを振るように男が続けた言葉で解決した。

「ピッツ女伯爵のサロンで、わたしの父がご挨拶させていただいたそうで。お披露目の場に呼んでいただけて感激しておりました」
「いえ、そんな。お披露目と言うほどでは」

 納得だ。大伯母に紹介されたうちのひとりが、計画通り家で「うわさの公爵に会った」と自慢したに違いない。エリオットが連日ハウスへ招かれていることは、少し調べれば出入りの業者からすぐに割れる。あとは例の記者のように、それらしい背格好の青年がやって来るのを待っていれば、お目通りがかなうと言うわけだ。偶然を装えば、アポイントの段階で断られることもない。

「次はぜひ、わたしの主催するクラブへお越しください。毎年、解禁日にカントリーハウスでパーティーをやります。男ばかりなので、年寄りの集まりより気楽ですよ」

 げ、狩りか。絶対に行かねーわ。

 しかもマーガレットを「年寄り」と笑っているが、二十代のエリオットにとっては五十代の侯爵も十分に年寄りだ。それに気付かないあたりが残念すぎる。

「しかし驚きましたな。貴族会では、ヘインズ家はエリオット王子が継がれるものと言われておりましたから。まさか『エリオット違い』とは」
「失礼ながら侯爵――」
「イェオリ」

『違うほうのエリオット』は、軽く手を上げて侍従を制した。

 そんなおっかない顔しなくたって分かってるよ。こいつは、じいちゃんの直系でないってふれこみの相続人を舐めくさってる。
 身分は名前じゃなくて生まれによるって考えるタイプのやつだ。

 だからこんなところで、立ち話を仕掛けられるのだ。宮殿で会った子爵とは違い、相手がだれだか分かっていてやっている分、こっちのほうがたちが悪い。

「ヘインズ公は、エリオット王子と同じ年頃ですかな」
「えぇ」
「ずいぶんお姿を拝見しておりませんが、ご親戚にあたられるのであれば、ご様子をご存じで?」
「心配ですか?」
「離宮へ移られてから十年になりますからね。しかし、近々ご公務に復帰されるとうわさでお聞きしまして」

 はーん、それで『違うほうのエリオット』を足掛かりにして、第二王子に繋ぎを付けようって算段か。

 社交から遠ざかっている第二王子は、大したパイプを持っていない。他の貴族に先んじて親しくしておけば、貴族会での影響力が増すとでも夢見ているのだろう。そし厄介なのは、そんな空想にふけるのが、おそらくこの侯爵ひとりではないと言うことだ。

「サイラスさまもご結婚なさるし、エリオットさまもお相手を考えてよいころでしょう」
「お相手……妃ですか」
「あぁ、もちろんヘインズ公もですな。わたしの姪などちょうどよい年ごろかと――」
「ご歓談中、恐れ入ります」

 一押し商品を取り出した営業マンのごとく、セールストークを始めようとした侯爵の言葉に、冷水のような声が降って来た。

 エリオットと侯爵の間に割って入ったのは、ついに我慢の限界を超えたイェオリではなく、戸口から顔を出した第三者――バッシュだった。
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