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本編
第十四章 恋は思案の外(3)
しおりを挟む「瑠璃様は引っ込んでいて頂きたい。私は銃太郎に尋ねておりますので」
「うぐ」
「銃太郎、話せ」
「いえ、さっきの話は言葉のあやと申しますか──」
哀れな事に鳴海に睨まれ、瑠璃からも圧力が掛けられ、その目は忙しなく瑠璃と鳴海を行き来する。
逡巡する銃太郎を前に、瑠璃は腹を括った。
「ハァ……鳴海、銃太郎殿を虐めるでないわ」
「っおぉ!? ちょ、私は何も、ちょこっと尋ねただけではございませんか! 瑠璃様が要らん圧をお掛けになるから……!」
「ぇわっ!? わ、私が銃太郎殿を虐めていると申すのかそなた!?」
主従喧嘩に発展しかけたその時、助之丞が割って入り間を執り成したが、結局のところ秘匿は適わず先日の黄山との顛末は銃太郎の口から鳴海へ報告される運びとなったのである。
「……銃太郎、それと青山。お前らはどうなのだ。瑠璃様のお側に在るということは、即ち主君の御意志に従う覚悟は出来ているものと見做すが、それで良かろうな」
鳴海が重々しく問うところを見ると、二人にも全幅の信頼を置いているわけではなさそうだ。
対する銃太郎と助之丞もまた、その気配を感じ取ったか、一様に面持ちを険しくする。
「無論です」
一言きっぱりと返す銃太郎に比して、助之丞はややあってから瑠璃に目を向けた。
「俺は──、瑠璃姫の思うようにさせてやりたいと思っています。城の方針は勿論支持しますけど、それがもしこいつを苦しめるようなことがあれば、その時はこいつを守ることを優先したい」
その場の誰もが、助之丞の言葉に息を呑んだ。中でも鳴海は瞠目し、ほんの刹那、狼狽の色を滲ませる。やがて鳴海は瑠璃を振り向くと、顔色を伺うように一瞥した。
「では、瑠璃様の護衛をしかと頼んだぞ」
自ら問い質したわりに、二人の答えには一切触れず、鳴海は瑠璃を託すと見送りもせず踵を返して行ってしまったのだった。
***
大方、目付がその辺りにいる。
それなりの手練を付けているのだろうとは思うが、大概瑠璃にも気配で分かっていた。
そして更には右手に銃太郎、左手に助之丞という格好で北条谷へ向けて歩むが、どことなく両者の雰囲気は張り詰めたものであった。
特に銃太郎のほうは何が気に入らないのか、仏頂面を一層険しくしている。そんな近寄り難い雰囲気に加えて先の身重の妻女の影がちらちらと念頭をよぎり、何となく瑠璃も助之丞のほうへ寄りがちになっていた。
「す、助之丞。もし差し支えなければ帰りも伴を頼めるかの」
「当然だろ、俺が行くまで勝手に出歩いたりするなよ?」
「いや待て、青山を待っていては遅くなるかもしれない。私が責任を持って城まで送り届けるから心配しなくていい」
助之丞が答えれば、賺さず銃太郎の牽制が入る。
先の言い合いを引き摺ってか、両者共に不機嫌そうな棘が声に表れていた。
「いや、しかし銃太郎殿を煩わせるのはやはり良くない。そなたは他に気遣うべき者が──」
銃太郎としては勤めのうちと考えているのだろうが、身重の妻を差し置いてはやはり気が咎める。
先日は突然のことで目を背けてしまったが、しっかり向き合わねばならない。そう腹を決めて来たことを思い起こし、瑠璃は銃太郎を振り仰いだ。
狐に摘まれたような妙な面持ちの銃太郎と目が合い、瑠璃はきりりと表情を引き締める。
「私なぞに構うよりも、そなたは妻女の身を思い遣って然るべきじゃぞ。私のことは心配無用じゃ」
ちくりと不思議な胸の痛みを感じつつも、瑠璃はきっぱりと告げた。
が、銃太郎ばかりか助之丞までも目を丸くした。
「えーと……、瑠璃姫? 何それ、何の話?」
「何って、銃太郎殿の御新造のことじゃ。やや子を授かっておるのじゃろ?」
助之丞は心底解せぬといった様子で、真偽を問うように銃太郎の顔を確かめる。
当の銃太郎といえば、呆然と瑠璃を見たきりその動きを止めてしまっていた。心なしか血の気が引いているようにも見え、まさか触れてはいけないことだったのかと焦ったが、既に口の端に載せてしまったあとだ。
「──いやいや待て待て。瑠璃、私がいつ江戸から戻ったかは、知っている、よな?」
銃太郎は愕然とした面持ちのままに、恐恐とした声で訊ねる。
「それは当然知っておる」
「江戸にいた私が、どうやって祝言を挙げて子をなせると思うんだ……」
「!?」
「流石に気付いているかと思っていたが、そうか……やはり誤解したままだったのか……」
言われて漸く、不自然であることに思い至る。数年に亘って江戸にいた銃太郎が妻を娶るのはなかなかに考えにくいことだった。
深く考えず見たままを鵜呑みしていたことを自覚する。流石にものを知らぬ年でもないのに、と恥じ入る思いがした。
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