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番外編1 とあるメイドと幼いオリヴィアの遭遇
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「淑女の心得」「最高のテーブルマナー」「貴族名鑑」
おおよそ、いまだ舌ったらずな幼児が読むには相応しくないような分厚い本を幾つも抱えて、オリヴィアは普段あまり使われない屋敷の奥まった部屋に居た。
今日もブラック伯爵邸はザワザワと落ち着きがなく、使用人達はあちらこちらを駆け回っている。
と、オリヴィアが一人過ごす部屋の扉をノックする音がした。始めは聞き違いかと返事もせずにいたオリヴィアだが、再び扉をノックする音がしたあとに、外から控えめにかけられる声がひとつ。
「…オリヴィアお嬢様?こちらにいらっしゃいますか?」
「えっ?」
まさか自分が探されているとは思いもしなかったオリヴィアは驚きに裏返った声を出してしまう。
「は、はいっ!どうぞっ」
「失礼致します」
そうしてお茶の準備と共に部屋へ入ってきたのは、あのメイドだった。
「あ、あの…?」
「三時のお茶をお持ち致しました。こちらでお召し上がりでよろしかったでしょうか?」
「えっ?ええ…え?」
「?」
〝三時のお茶〟。ベティが気づいてくれる時はまだしも、母の体調が悪化してからはすっかり屋敷の使用人達に忘れられたオリヴィアのティータイムが準備されていることに、オリヴィア自身が戸惑う。
「あの…うれしいのだけれど、私のお茶のじゅんびをしちぇいる時間があるなら、お母さまのおせわを…」
見た目も可愛い色とりどりのマカロンにクッキー、良い香りの漂う濃い琥珀色のお茶に、たっぷりのミルクに蜂蜜。オリヴィアの為に用意されたというそれらを目にしてごくりと生唾を飲んで、しかしオリヴィアはぎゅっと目を瞑ってそれらを意識の外に追い出そうとする。けれども、メイドはオリヴィアの前に膝をつくと真っ直ぐにオリヴィアの揺れる瞳を覗き込む。
「オリヴィアお嬢様。奥様専用の使用人は今五人もいます。それからお医者様と、看護師も二人。私は本日、オリヴィアお嬢様のお世話を任されているので、ここで奥様の元へ寄越されたら仕事放棄になってしまいます」
「…ちゅまり?」
「つまり、私は今からオリヴィアお嬢様のお茶のお世話を致します」
オリヴィアは柔らかく小さい唇をくっと噛む。
そんなオリヴィアを部屋のソファーへ誘導しそっとふかふかなそこへ小さなお尻を沈み込ませると、メイドはローテーブルの上にお茶の準備をさっと済ます。
「さ、オリヴィアお嬢様。お茶のご用意が整いました」
「ありが──」
「ところでっ」
「?」
オリヴィアの言葉を遮り、なぜかメイドもオリヴィアの向かいのソファーに腰を落ち着かせるとにっと悪戯っぽく笑う。
「オリヴィアお嬢様がお部屋にいらっしゃらなくて、随分探し回りました。その間にお茶が冷めてしまって淹れ直したりもして」
「そ、それは、ごめんなちゃい…」
さっと顔色を青くしたオリヴィアに、メイドは慌ててオリヴィア以上に顔色を青くする。
「ちっ、違います!オリヴィアお嬢様!つまり私が言いたいことは──」
何やらゴソゴソとスカートのポケットを漁っていたメイドがじゃじゃん!と懐中時計を取り出すとその文字盤をオリヴィアの目の前にかざして見せる。
「オリヴィアお嬢様を探し回った分、時間をくってしまって…私今から休憩時間なんですっ!」
「……きゅうけい、じかん?」
ぽかり。オリヴィアの噛み締められて少し赤くなってしまった唇がまあるく開く。
「な、の、でー、私もここで一緒にお茶休憩させてもらいまーす」
いつの間に用意したのか、自分の分のカップにお茶をついだメイドがだらんとソファーの背もたれに寄りかかる。
「…あなたって、変わっちぇるわ」
「肝が据わっている自覚はあります」
にやりと笑い、それから至極平然と本当にお茶を飲み出したメイドにオリヴィアは初めこそあっけに取られたものの、まぁ、休憩なのだからいいか。と若干メイドの考えに流されるように出した結論に従いメイドと二人しばしのお茶の時間を楽しんだ。
おおよそ、いまだ舌ったらずな幼児が読むには相応しくないような分厚い本を幾つも抱えて、オリヴィアは普段あまり使われない屋敷の奥まった部屋に居た。
今日もブラック伯爵邸はザワザワと落ち着きがなく、使用人達はあちらこちらを駆け回っている。
と、オリヴィアが一人過ごす部屋の扉をノックする音がした。始めは聞き違いかと返事もせずにいたオリヴィアだが、再び扉をノックする音がしたあとに、外から控えめにかけられる声がひとつ。
「…オリヴィアお嬢様?こちらにいらっしゃいますか?」
「えっ?」
まさか自分が探されているとは思いもしなかったオリヴィアは驚きに裏返った声を出してしまう。
「は、はいっ!どうぞっ」
「失礼致します」
そうしてお茶の準備と共に部屋へ入ってきたのは、あのメイドだった。
「あ、あの…?」
「三時のお茶をお持ち致しました。こちらでお召し上がりでよろしかったでしょうか?」
「えっ?ええ…え?」
「?」
〝三時のお茶〟。ベティが気づいてくれる時はまだしも、母の体調が悪化してからはすっかり屋敷の使用人達に忘れられたオリヴィアのティータイムが準備されていることに、オリヴィア自身が戸惑う。
「あの…うれしいのだけれど、私のお茶のじゅんびをしちぇいる時間があるなら、お母さまのおせわを…」
見た目も可愛い色とりどりのマカロンにクッキー、良い香りの漂う濃い琥珀色のお茶に、たっぷりのミルクに蜂蜜。オリヴィアの為に用意されたというそれらを目にしてごくりと生唾を飲んで、しかしオリヴィアはぎゅっと目を瞑ってそれらを意識の外に追い出そうとする。けれども、メイドはオリヴィアの前に膝をつくと真っ直ぐにオリヴィアの揺れる瞳を覗き込む。
「オリヴィアお嬢様。奥様専用の使用人は今五人もいます。それからお医者様と、看護師も二人。私は本日、オリヴィアお嬢様のお世話を任されているので、ここで奥様の元へ寄越されたら仕事放棄になってしまいます」
「…ちゅまり?」
「つまり、私は今からオリヴィアお嬢様のお茶のお世話を致します」
オリヴィアは柔らかく小さい唇をくっと噛む。
そんなオリヴィアを部屋のソファーへ誘導しそっとふかふかなそこへ小さなお尻を沈み込ませると、メイドはローテーブルの上にお茶の準備をさっと済ます。
「さ、オリヴィアお嬢様。お茶のご用意が整いました」
「ありが──」
「ところでっ」
「?」
オリヴィアの言葉を遮り、なぜかメイドもオリヴィアの向かいのソファーに腰を落ち着かせるとにっと悪戯っぽく笑う。
「オリヴィアお嬢様がお部屋にいらっしゃらなくて、随分探し回りました。その間にお茶が冷めてしまって淹れ直したりもして」
「そ、それは、ごめんなちゃい…」
さっと顔色を青くしたオリヴィアに、メイドは慌ててオリヴィア以上に顔色を青くする。
「ちっ、違います!オリヴィアお嬢様!つまり私が言いたいことは──」
何やらゴソゴソとスカートのポケットを漁っていたメイドがじゃじゃん!と懐中時計を取り出すとその文字盤をオリヴィアの目の前にかざして見せる。
「オリヴィアお嬢様を探し回った分、時間をくってしまって…私今から休憩時間なんですっ!」
「……きゅうけい、じかん?」
ぽかり。オリヴィアの噛み締められて少し赤くなってしまった唇がまあるく開く。
「な、の、でー、私もここで一緒にお茶休憩させてもらいまーす」
いつの間に用意したのか、自分の分のカップにお茶をついだメイドがだらんとソファーの背もたれに寄りかかる。
「…あなたって、変わっちぇるわ」
「肝が据わっている自覚はあります」
にやりと笑い、それから至極平然と本当にお茶を飲み出したメイドにオリヴィアは初めこそあっけに取られたものの、まぁ、休憩なのだからいいか。と若干メイドの考えに流されるように出した結論に従いメイドと二人しばしのお茶の時間を楽しんだ。
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