上 下
38 / 120
初夜

しおりを挟む
「徳増、落ち着いて」

「お嬢、いや優子様! ここは貴女が怒らなくてはいけないところでしょう?」

「……わたしが徳増を連れてきたから同じようにされたのでしょう。あ、あなたを責めてる訳じゃないのよ、わたしが決めたの。後悔はしてないから」

 こんな場所に構えた別宅の意味は言わずもがな、羽根休みだろう。人目を避け愛人と籠もる目的で使用されるのが通例だ。

 徳増を連れ立って嫁いできた優子に対し、別宅の客室へ通すのは秀人らしい仕返しと言える。かなり子供地味た真似であるが、逆に何もしてこない方が優子は不気味と感じてしまう。正妻と認めない旨を露骨に示されれば、認めて貰えるよう努めるしかない。

「それでも貴女程の女性がこんな仕打ちをされるのは我慢ならない」

「ありがとう。頑張る、わたし」

「が、頑張る? な、何をです?」

「何をって? それは妻として認めて貰うように、よ」

「ですから何を?」

「え? 具体的にはまだ考えてないけれど、お料理とか? お裁縫? そうだ! 徳増は何をしたらいいと思う?」

 優子のやる気の方向性を誤解した徳増は慌てた。これから初夜を迎える優子に励むと言われたら、まぁそうなる。
 こめかみに手をやり、徳増は大きく息を吐く。

「周囲からあの男の妻として認識されるのが、そんなに大事ですか? 理解できない。獣の従属になるなど私なら耐え難い」

「たとえ徳増が耐え難くても、秀人様と結婚したのはわたし。お願い、ここまできて秀人様を悪く言うのはよして」

「……」

「これから先、秀人様への暴言はわたしへの暴言とみなすから。いいわね?」

「……承知しました」

 徳増が頷くまで暫し間がおかれ、不満を無理やり飲み込む首元は苦しそう。しかし優子は見ない振りをする。徳増が優子を想っているからこそ口を出したいのは分かっている、一番の味方は徳増であるのも変わらないが暁月家に嫁いだケジメはしっかりつけなければいけない。
 同じ頃、ドアが開く。乾いた拍手が響いてきた。

「これはこれは、犬の躾を見られるとは。いい前戯になった」

 秀人は満足な笑みを携え、二人の正面へ腰掛けた。

「酒井さんは?」

「何故、酒井を自宅にあげないといけない? あいつは秘書だ。仕事と私用は切り離さないと良い関係は保てないぞ。で、だ。使用人、茶を淹れろ」

 この発言は優子へ向けたというより徳増に言っている。徳増は逆らわず無言で指示を受け入れ、足早に部屋を出て行った。

「あの、勝手が分からないのでは? 厨房の場所や食器の支度とか。わたし、手伝ってきますね」

「待て、いちいち説明してやらなくても探すだろうよ。それよりお前は身体を磨いてこい」

「……え」

「そうか、勝手が分からないなら浴室の場所を教えてやろうか? なんなら身体の清め方も教えてやろうか?」

「い、いえ、だ、大丈夫です」

「なら俺はここで茶を飲んで待ってる」

 さぁ早くいけと手を仰ぐ秀人。ふと優子は秀人の指に注目した。薬指に光るものがはめられている。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ブラコンな妹がヤンデレを拗らし兄と子作りするはなし

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:26

離婚してくださいませ。旦那様。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:674pt お気に入り:84

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,698pt お気に入り:4,077

なんで元婚約者が私に執着してくるの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14,244pt お気に入り:1,876

冷たい婚約者に不貞を疑いをかけられ確かめられる話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:32

婚約破棄の翌日に謝罪されるも、再び婚約する気はありません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,637pt お気に入り:6,430

彼女を悪役だと宣うのなら、彼女に何をされたか言ってみろ!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,370pt お気に入り:107

ある国の王の後悔

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,881pt お気に入り:98

処理中です...