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察せない本心
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ーー食事が冷めている。
泣き腫らした目で優子は卓につき、秀人の席を見詰めていた。夜になっても帰ってこない、今夜はきっと戻らないのだろう。
「温め直しましょう」
「……いいの、大丈夫よ」
徳増が皿をいったん下げようとすると、かぶりを振る。振った際、首筋につく跡がはっきり覗いた。場所が場所だけに手当てを辞退した徳増だが、目を背けたくなるくらい痛々しい。
「いえ、冷めた料理を召し上がるのはいけません。宜しければ口当たりのよいものを作り直しますか?」
「ありがとう、でも本当に大丈夫だから」
「かしこまりました」
「そろそろ頂こうかな」
秀人に配慮し、夕食の食材に肉を選ぶ。わざわざ徳増に調理させた手前、残すのも失礼だ。
優子は待ちくたびれた表情をわざとらしく作り、食べようとする。
が、口が開かなかった。
「無理はなさらないで下さい。食欲がないのでしょう?」
「……残したら悪いわ。それにこんなに美味しそうなのに」
「悪いとお思いでしたら、何があったかお話して下さいませんか? そんなに泣かれてお辛いのでしょう? 1人で抱え込まないで、さぁ?」
こんな顔をしていれば徳増が心配しないはずがない。全力で優子を労ろうとする。
「……ありがとう徳増。考えてみたら絵の件はあなたが関わってるのよね? わたしに考える時間を作ろうとしてくれたのでしょう?」
「敬吾さんが優子様を描きたいと言ったので橋渡しをしたまで。こうなってしまった以上、時間稼ぎは出来なかった」
悔しさを滲ます徳増。あの寝室の惨状をみた限りでは優子たちが一線を越えたと思っても無理もない。
「ううん、秀人様は別の女性の所へ行かれたから……時間はできたの」
優子は顔を覆う。改めて惨めさが込み上げる。
「別の女性とは?」
「お相手は知らないけど、いらっしゃると思うわ。わたしで満足できないなら、他の方を求められても仕方ない……」
「満足?……いや失礼、それはどのような意味合いでしょうか? あ、やはりいいです。推察できます」
遠回しな言い方で2人の身体の相性が思わしくなかったのだと曲解させる。
「獣め、優子様になんという辱めを」
舌打ちする口元を覆う。優子はそんな姿をみ、もう一度首を横に振った。
「秀人様はわたしなんか抱きたくないのよ?」
「は? ーーつまり、優子様はあの男と一線を超えられていないと?」
直球にどう返せばよいか、視線を泳がす優子。徳増は明らかにほっと胸を撫で下ろしており、自分が少なくとも取り返しがつかない事にはなっていないと感じる。
「……お嬢様、今ならまだ引き返せますよ」
お嬢様呼びに戻す徳増が側で膝をつく。
「流石にもう、あの男がどんな人間なのか、お分かりになったでしょう?」
「引き返すって、それは無理。結婚してしまったのよ?」
徳増がどんなに有能であろうと時を戻すのは不可能だ。絵の題材となって時間稼ぎをしても秀人と向き合う気力が回復するか怪しい。
「……っ」
優子の瞳から涙が溢れてくる。
「ごめんな、さい」
「どうして謝るのですか?」
「お姉様の代わりになるとか、秀人様を理解していけるとか、思い上がりが情けないーーやっぱり徳増の言う通り、全部あなたの言う通りなの。あなたはいつも正しかった」
徳増は黙って耳を傾け、卑下し続ける唇へ差し指を押し当てた。
「これ以上、私の敬愛するお嬢様を悪く仰らないで? お育てした私が悲しくなります。私はお嬢様に泣かれてしまうと自制が利かなくなります。あなたを傷付ける全てをどんな手を使おうと排除したくなる」
中腰体勢から優子を抱き寄せる。相変わらず優しいだけの抱擁に優子は声を上げて泣く。
ーー食事が冷めている。
泣き腫らした目で優子は卓につき、秀人の席を見詰めていた。夜になっても帰ってこない、今夜はきっと戻らないのだろう。
「温め直しましょう」
「……いいの、大丈夫よ」
徳増が皿をいったん下げようとすると、かぶりを振る。振った際、首筋につく跡がはっきり覗いた。場所が場所だけに手当てを辞退した徳増だが、目を背けたくなるくらい痛々しい。
「いえ、冷めた料理を召し上がるのはいけません。宜しければ口当たりのよいものを作り直しますか?」
「ありがとう、でも本当に大丈夫だから」
「かしこまりました」
「そろそろ頂こうかな」
秀人に配慮し、夕食の食材に肉を選ぶ。わざわざ徳増に調理させた手前、残すのも失礼だ。
優子は待ちくたびれた表情をわざとらしく作り、食べようとする。
が、口が開かなかった。
「無理はなさらないで下さい。食欲がないのでしょう?」
「……残したら悪いわ。それにこんなに美味しそうなのに」
「悪いとお思いでしたら、何があったかお話して下さいませんか? そんなに泣かれてお辛いのでしょう? 1人で抱え込まないで、さぁ?」
こんな顔をしていれば徳増が心配しないはずがない。全力で優子を労ろうとする。
「……ありがとう徳増。考えてみたら絵の件はあなたが関わってるのよね? わたしに考える時間を作ろうとしてくれたのでしょう?」
「敬吾さんが優子様を描きたいと言ったので橋渡しをしたまで。こうなってしまった以上、時間稼ぎは出来なかった」
悔しさを滲ます徳増。あの寝室の惨状をみた限りでは優子たちが一線を越えたと思っても無理もない。
「ううん、秀人様は別の女性の所へ行かれたから……時間はできたの」
優子は顔を覆う。改めて惨めさが込み上げる。
「別の女性とは?」
「お相手は知らないけど、いらっしゃると思うわ。わたしで満足できないなら、他の方を求められても仕方ない……」
「満足?……いや失礼、それはどのような意味合いでしょうか? あ、やはりいいです。推察できます」
遠回しな言い方で2人の身体の相性が思わしくなかったのだと曲解させる。
「獣め、優子様になんという辱めを」
舌打ちする口元を覆う。優子はそんな姿をみ、もう一度首を横に振った。
「秀人様はわたしなんか抱きたくないのよ?」
「は? ーーつまり、優子様はあの男と一線を超えられていないと?」
直球にどう返せばよいか、視線を泳がす優子。徳増は明らかにほっと胸を撫で下ろしており、自分が少なくとも取り返しがつかない事にはなっていないと感じる。
「……お嬢様、今ならまだ引き返せますよ」
お嬢様呼びに戻す徳増が側で膝をつく。
「流石にもう、あの男がどんな人間なのか、お分かりになったでしょう?」
「引き返すって、それは無理。結婚してしまったのよ?」
徳増がどんなに有能であろうと時を戻すのは不可能だ。絵の題材となって時間稼ぎをしても秀人と向き合う気力が回復するか怪しい。
「……っ」
優子の瞳から涙が溢れてくる。
「ごめんな、さい」
「どうして謝るのですか?」
「お姉様の代わりになるとか、秀人様を理解していけるとか、思い上がりが情けないーーやっぱり徳増の言う通り、全部あなたの言う通りなの。あなたはいつも正しかった」
徳増は黙って耳を傾け、卑下し続ける唇へ差し指を押し当てた。
「これ以上、私の敬愛するお嬢様を悪く仰らないで? お育てした私が悲しくなります。私はお嬢様に泣かれてしまうと自制が利かなくなります。あなたを傷付ける全てをどんな手を使おうと排除したくなる」
中腰体勢から優子を抱き寄せる。相変わらず優しいだけの抱擁に優子は声を上げて泣く。
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